名前を呼ばせて
 空港で別れるとき、一言だけ宣言しておいた。
 手塚は意外そうな顔(彼としては本気で驚いてるに違いないんだけど、こっちも必死だったからつっこむ暇がなくて残念)で、僕に「ああ」と許可をくれた。
 でもって、アドバイスも。
「でも不二、相手は手ごわいぞ……いや、というか…それでいいのか?」
 手塚って見かけによらず純だよね。
 だから、「大人の相手なら慣れてるよ」と返して、「頑張って、戻ってきてよ。それまでを機嫌にするから」と逆に言っておいた。
 これで彼もすぐに戻る気になるかな?

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「ねえ、手塚の代わりに僕じゃ駄目?」

 あくる日から不二は攻撃を開始した。
 後ろからさりげなく(気配なく)最愛の女性(と書いてコーチと読む)「」の座るベンチに近づいて、耳元に囁く。

 はそっけなく、振り向いて、

「何をいっとる?部長なら大石が」

とシラを切る(ように不二には思えた)。

「ちがうよ。本気でわかってないの?」

 仕方ないなぁ。
 ラケットをおいて、不二は乗り出す。

「だから……」

 ちゅ。

(いくらなんでも最初からはまずいしね)

 頬に口付ける。
 相手はびくっと震えた。
「――っ!」

 悲鳴にならない悲鳴をあげる様子が初々しくて可愛い。

  「これでも?」

 わからない?
 しっかり目を覗き込んで……。

(逃さないよ)

 告げるが反応がいまいち薄い。

「悪い女性(ひと)にはおしおきが必要だね。これでもわからないのかな??」

「……なっ」

 おしおき?
 悪い人?
 
 呼び捨て……。
 はパニックになっている。

「名前、呼ばせてね」

「あのな、不二。お前、年上にむかって……」

「手塚と」

「は?」

「どういう関係だったかはおいておいてあげるよ。僕は心が広いからね」

 手塚はときどき先生って言ってたんだけど?
 覚えのないことに(それは当然、これは不二のかく乱作戦の一つである)凍るには「こいつ、心がせますぎるわい」とか考える以前に、どういうもへったくれもないだろうと、声をつまらせる。
 もはや、何がおきたのか、どうしていいか分からず途方にくれていた。

 これが不二?
 あのにこやかで、冷静で……それはもともと掴みづらい性格だとは思っていたのだけれども。
 これ以上向き合っていてはまずい。
 再び前をむいたに、不二はさっさと回り込んできて、

「聞きたくないな」

 覗きこむ。
 可愛い青少年らしい笑顔が今はどこか邪悪に見えた。

「お前、いったい何を――」

「こうすれば声きかないですむね」

 ちゅ。

 僕の初めてをもらってよ。
 他の女にはまだ唇は回避してるんだから。

 聞き捨てならない言葉とともに一回ではあきたらず、ゆっくりふりそそぐ唇に、文字通り何もいえなくさせられるベテランコーチは、最近のませがきは!!と怒っていたのだが、不二はあくまで優雅にキスを終えると、にこっとその「がき」特有の、うまい笑顔で逃れて行った。
 はてさて、この先どうなるやら。

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 一方、九州にいる手塚は本気になって復帰トレーニングにせいをだしていた。

(不二が暴走するとなると、まずい。コーチのことだ、まさかとは思うが……よもや年の差を越えて……)

「はっ……」

 いかん。
 こんな想像をするなどと……。

と、気を乱しまくりである。
 だが、その理由がやきもちではなく、チーム(とコーチ)の存続がかかっているというきわめて理性的な理由であるのはいうまでもない。

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