育てられない紫の上



って将来有望そうだよね?」

 スポーツドリンクを手に、にっこりと笑う不二に、手塚は思わず吹き出しかけた。
 放課後練習、休憩中の出来事である。

「確かに身長は小さいし、少々可笑しなお兄さんにもっていかれそうな気はあるが、今後の手塚の育て方次第ではいい線行くだろう」

「乾……あいつはあれでちゃっかりしてるぞ」

 ――誤解がある。
 手塚には彼女――を育ててる気はなかった。
 妹のように可愛がっているつもりもない。
 ……というよりも、むしろいいようにされてるのはこっちの方で、立場など彼女の方がずっと上だ。
 少なくとも手塚の経験からすればそうだ。

 隣の家で育ってきた幼馴染。
 何でもこなせる子供手塚国光が唯一苦手だったお友達探しにおいて、尊敬の的だった対象は、今も立派に『人に注目される子』になっている。
 ことに、男子テニス部への受けは絶大だった。

といえば、不二はいつの間にと呼ぶようになったんだ?」

「さあ?気付いたら、って感じかな。手塚の呼び方が移ったのかもね」

 注目の理由の半分は手塚の幼馴染というポジションにあるせい。
 後の半分彼女自身の要因。

「でもいいよね。あんな可愛い幼馴染が慕ってくれて」

「…………」

「男子学生が羨ましがる確率73パーセント」

 その微妙な数字が、なんともリアルだった。
 は目立つ美人ではないが、標準に届かない身長とはっきりした口調に元のつくりの愛らしさがミスマッチで、よく知る人間にはいいヤツとして移ったし、知らない人間からはそれなりにもてている。
 もっともモテ方から分かるとおり偶像崇拝に近いものなので、大概本人を知れば幻滅するだろう、と手塚は予測している。
 彼こそが、彼女の最大の被害者であり……しかし身内からも(の評価ゆえ)同情はされない可哀想なお人だった。

「あ、噂をすれば影だね」

か」 

 手塚は嫌な予感がした。
 わざわざ彼女が現れるということは、一波乱あるか、またはとんでもない提案が飛んでくる予兆なのである。
 元凶はあちら側から怒鳴ってきている。

「不二!練習中?」

「ううん。今は休憩。こっちにおいでよ」

 手をふる不二を、手塚がどんなに憎憎しげに見つめても、嬉しそう呼び寄せられたに遠慮はない。
 ――また女の敵をふやすだろうが……。
 「ファンの子に睨まれちゃって」と昨日愚痴っていた彼女に忠告してやりたくなるが、あの性格だ。分かっていてやっているに違いない。
 言うだけ無駄と、手塚はため息を落とした。
 まだ数分残っている休憩を早く切り上げる計算をしたが、残念ながら、コートではレギュラー陣の一部がペナルティの打ち合いをしている為、当分この特権的休憩を終わりにはできそうにない。

「いいの?」

なら歓迎だよ。ね、手塚?」

「………」

 針の筵のような視線を受けている彼女にかわって、手塚の方が胃が痛くなるほどである。
 本人は気にしてないようで、

「国光、何、渋い顔してんの?」

 首を傾げて、肩先までの髪を揺れした。
 わざとか何だか、ものすごく距離が近い。
 手塚は妙にそれが気にかかって、
 ――……お前のせいだろう。
 言ってやろうと開きかけた口を無理やり噤む。
 ――聞き流されるだけで無駄だからな。
 いっそうシワが刻まれた額を、指で撫でつけ、 

「そろそろ練習に戻るが、何のようだ?お前がここまで来るのにはわけがあるだろう?」

 怒らないように深呼吸しながら聞く。
 は「ばれたか」と可愛くない顔をし(「ちっ」と今にも舌打ちしそうな表情だ)

「国光って本当可愛くないよね?」

「……それ、僕が答えるの?」

 微妙な質問に不二を困らせた。
 ちなみに横で乾が吹き出しているのは確認せずと分かる。

「ま、いっか」


「ねえ、今日はオムライスね?」
 
 唐突に腕を引き寄せられ、耳元に囁かれたのは彼女の好きなメニューだ。
 だが……

「は?」

 ――何故だ?
 一瞬時間が止まる。
 何か特別な約束でもしただろうか?
 あるいは……。
 まるで毎日一緒に食事をしていたかのような(もっといえばいかにも新婚さん的な)可笑しな光景が浮かび、手塚は慌てて首を振る。

「だって国光、今日食事しにくるんでしょ?」

 がそういうまでには、どういう経緯がようやく納得がいった。
 二人の両親はやたら行動を共にするきらいがある。
 あらかた留守を任されたのだろう。
 ――待て。……となると、食事の買い物も……?
 パターンが読めてきた手塚は半分祈るような気持ちで尋ねてみる。
 の甘くない性格だの、ちゃっかりした本性だの、ついでに料理の腕(悪くないがおおざっぱ)だのは知っている。
 知ってはいるが……

「……俺は部活があるんだが」

「私は部活があるんですけど?」

 同じように言い返されるということは、つまり、
 ――覆すな、ということだな。

「あのな、――」

 ならば部活終了時刻に一緒に買い物に行けばいいだけの話ではないだろうか?
 するりと目の前を抜けていく彼女の腕をとり、諌めようとした途端、

「ありがと。決定ね」

「は――」

 手塚は問答無用で頭を持っていかれた。
 ――………?
 そのまま、低い体勢にひきずられ、止める間もないまま、


 ちゅっ。


 何かが音を立てて唇に触れた。
 呆然としている手塚に向かって、その持ち主は――

「ありがとう?」

 「それはそっちの台詞か?」だのなんだのと、もう一度首をかしげてから、ようやく目を合わせた手塚ににぃっと笑った。まるで悪戯が成功したかのようだ。

「……」

 思わず観客がいたことすら忘れて、手塚は捕まえた腕も離さぬそのままの状態で凍った。
 ――今のは……
 紛うことなき接吻である。

「うそ?固まっちゃった?」

 くらくらする頭はうまく働いてくれなかったが、それでも、「ま、いいけど」と切り捨てる少女に、一言文句を言わなければと慌てて引き寄せる。

「いっ?!」

 混乱したはどっちだろうか。
 手塚側からすれば、その後の行動が浮かばなかっただけのだが、
 ―― 一先ず言うことだけは言おう。 
 心に決めて説教体勢。
 逃げられぬように、思い切り腕を抱きしめていた。
 あげくに、出てきた言葉は……

「本当にお前は再教育が必要なようだな……」 

 で――。

「やっぱり育てるつもりなんだね」
「そうだな」
 乾と不二に頷かれるのは言うまでもなく……。

 ついでに、

「現代でも紫の上は幼少からでないと意味がないわけだ」

 そんな予測と、

「そのわりに、本当の意味で【教える】のは、手塚の場合まだまだ先のことになりそうだけど?」

 などという不二の下世話な突っ込みに

「国光には無理だよ?」
 と彼女にまで意味を含めて言われ、首をかしげるのも当然のことなのかもしれない。
 手塚は爆笑する三人に憤りを感じながらも、何もできずにむっとするばかり(含まれるニュアンスに気付かなかったのだから、当たり前だ)
 だが、抵抗しないどころか逆に「ほら安全だもん?」と腕の中に納まってくるのぬくもりに、怒る気がうせ、眉間のシワを軽い吐息にかえた。
 ――まあ嫌われてはいないようだし、そのうちきっと何とかなるだろう。
 育てられない紫の上の頭を小突いて、絡んでくる手を離し、周囲に練習再開を告げる。
 結局、今日もわがままを聞くことになってしまっている手塚はまだ気付かない。
 何が『何とかなる』のか、にも……。

「私のが大人なんだから好きに扱ってもいいのに」

「まあ手塚だからね」

 恐ろしい相談相手(不二)に肩を竦めてみせる彼女の気持ちにも……。



いつもお世話になっている、はなさんに……。
メッセで、その場でやったのを直してたら……気付けば連作?

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