彼の、懲りない紫の上 (シリーズU?)



「で?何でここにいるんだ?」

「んー……」

 食事が終わると、自宅に戻る。
 それは当然のことだ。
 いくら両親がでかけているからとはいえ、いくら隣の家とはいえ、彼と彼女もお年頃。そうやすやす夜に長居していい関係でもない。
 あんまりに両親が遅いと分かってる場合は、心配ゆえに長くお邪魔する場合もあるけれど、それとこれとは話が違う。

「なんでついてきた?」

 そうなのだ。
 彼こと手塚国光の、幼馴染ことは、ぴたりと彼の家まで付いてきた。
 先ほどまで彼女の家で――双方の両親のお出かけというよくあるパターンの理由で、食事をしていたのだが。

「んー、見送り?」

「玄関までで十分だ」

「ならここまでで?」

 確かに玄関だ。
 ただし手塚家の。

「……こっちが送りにいかなきゃならないだろう」

 夜更けに出すには彼女は危なすぎると、そこまでは手塚でも理解できた。
 昨今そこまで危ないこともなかろうが、乾やら不二に「はおかしげな趣味のお兄さんにもてる」というわけのわからない結論を植えつけられたからだ。そりゃもう、耳にたこができるくらいに。

「じゃ、帰らない」

「……あのな」

「たまにはいいじゃん?」

「女が軽々しくそんなことを言うもんじゃ……」

 言おうとしたが、もう遅い。
 は靴を脱いで、上がりこんでいる。
 
「家の人が戻ってくるまでなんだから、いいでしょ?」
 
「……あの人たちは遅いぞ」
 
「何ならうちにくる?」

 ――さっきまでいただろう。
 言葉を飲み込むのは、最早ここでのヒエラルキーを理解しているからだ。
 年をとると無駄に頭がよくなる、と手塚は老けたことを考えた。
 その後ふと我に返る。

「上着は……」

「ん?何か?」

 風呂上りのせいか、は可愛めのキャミソール。
 レース地でないだけましだが、一枚軽くシャツをひっかけているだけのその様は目の毒だ。
 手塚とてまだまだ青春真っ盛り。というか本気でお年頃。
 生理的現象は拭えない。
 自分でもさすがにそれだけは理解していた(相手が云々は別としても)
 ――このままの状態で数時間いろというのか。
 もう少しせめて厚いやつを、と思う手塚である。
 別に平気だ、相手はだと言い聞かせるも、このあっけないまでの警戒心のなさが、かえって自分のスイッチに触れてしまうことがあることを(苛立つからつい〜の実例を)手塚は身をもって知っている。

「寒くないのか?」

「ま、いまのとこ。国光の部屋ってやたらあったかいんだもん」
 
 それはすなわち、自室に入るということであり――
 ――まずいだろう。
 勝手にそちらに向かっていくの後姿に手塚ははっとした。

「何か?」

「いや、何か飲むかどうか聞こうと思った」

「いらない」

「そうか」

 会話の隙間、息を飲む音すら殺したくなる自分が恨めしい。
 妙に緊張しているのは、時間帯のせいだ。
 言い聞かせながら、勝手にドアを開けるを見やる。
 さらりと、はかったように首筋の髪の毛を避けるものだから、うなじが明らかになった。

「っ」
 
 ――まずい……
 こういうときは気分の問題で(だと信じている手塚である。対象は関係ないとおもってる)一度意識すると、どうにも脳裏をちらつくのだ。
 よろしくない、あんなことやらこんなことやらが……。

「どうしたの?」

 はここぞとばかりのいいタイミングで振り向く。
 その他意を、実のところ手塚もある程度、逸れたところでは気付いている。
 ――邪推はよくないが……。
 幼馴染をからかっているのだろう想像をしているのだ。
 それもそれで間違えではないのだが

「……やっぱ駄目か」

 は不満そうに言って、

「何だ?」

 尋ね返すのが礼儀だと取り違えた手塚は馬鹿正直に聞き返し、不興を買って、はたかれる。

「何でもなーい。国光には関係ないこと」

 ベッドの布団をはたくものでそこに陣取るのかとぎょっとした手塚の前で、は悠々とその下――クッションの上に腰掛けた。
 長めのスカートだから許せるが、ミニならまずい体育座りである。
 手塚はまたもひやひやして、つい目をやった。
 怒ろうと、口を開きかけたとき、は今度は本気で此方を見ていない様子だ(彼女にしては珍しいことである)

「ね、ところでさ、この間不二にきいたんだけど」

「不二に?」

 手塚にしてみても、と不二はクラスメートでもあり、名前は意外でもなかった。
 だが、聞き返すまでは普通だったはずが……

「ん」

 さもありなんと同意した彼女に、どうしてかかちんときた。
 手塚は黙り込み、はそれにすぐ反応する。

「くにみ――」

 しかし、言葉は飲み込まれてしまう。
 手塚の――

「んがっ……ふ」

 ――………何をしてるんだ?俺は……

「すっ、すまない」

「普通、手でふさぐか?」

 そう。
 両手によって。
 どうしてだか、それは手塚にも分からない。
 が、には大方飲み込めたようで、ぽむっと手を叩いた。

「馬鹿?」  

 開口一番一言残し、彼女はくるりと背を向けた。
 帰るのだろうか。
 手塚は、安堵とも切なさともとれぬ息を漏らし、また背中を見つめた。
 ――何時の間にこんなに小さくなったんだ?
 まるで、その思考は兄か父である。
 だが……

「引き止めるなら今だよ?」

 台詞に、伸ばしかけた手を止めたのも、抱きしめられるような距離で見つめられて赤くなるのも……まるで恋する少年のもので――を面白がらせ、それから少しだけ顔をゆがませさせた。
   
「国光。でも、私、今日泊ることになると思うの」

 その後の爆弾発言で、手塚の焦りはそれどころではなくなるのだけれど。

 END ?  TO BE CONTINUED?



まだ続くらしい

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