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至急家に戻った手塚は、その足で部屋に飛び込んだ。
人の気配を探る。
電気が付けっぱなしだったあたりが怪しかった。
だが人影は見当たらないし、隠れる隙間もなかった。
居間におり、母に尋ねると
「ああ、ちゃんなら来てるわよ?あら、すれちがったかしら」
彼女はそう言って、階段の方をじぃっと見つめた。
――戻るか……。
逃げられていないことにほっとする一方、ひどく胸騒ぎがするのは、これ以上目の前で拒絶を示されたらどうしようという弱気のせいである。
それでも、何とか部屋の前、ノブを回した手塚は反対に強い力で引っ張り返されて驚いた。
ノブごし、合間から覗いたは可愛くない顔を向けている。
拗ねてますと描いた表情は、きっと自分にしか分からない。
手塚は妙なところで優越感を抱いた。
が……。
「………」
これ以上開かないドアを前には、自信も喪失する。
そもそも、ここできちんと釈明――は無理でも、仲直りしなければ、そのポジションを誰かに奪われかねない。
考えるといても立ってもいられなくて、手塚はわざとノブを持つ手を少しだけ緩めた。
あちらもつられて、対抗してノブを引っ張る力が弱くなっていく。
――今だ。
「えっ」
その一瞬を狙って、手塚は片足だけ、ドアの合間の滑り込ませた。
素早く、の腕を取る。
ただそのまま奥に隠れてしまわないように、痛みのないよう細心の注意を払っての行動だ。
誤算は彼女は顔を背け、そのまま後ろを向いてしまったことだけ。
「頼むからこっちをむいてくれ」
見えていないのに丁寧に頭をさげて、祈るように言う。
は無言でいる。が、動かないところを見ると聞くつもりはあるようだった。
「……変なことするから」
「だから嫌」と彼女はくぐもった声で告げる。
「しない」
「する」
「しない」
「……本当?」
「ああ。保証は出来ないが……」
それでも、とずいっと一歩を踏み出すと、彼女の狼狽が伺えて、手塚の方が泣きそうになった。
――そんなにいやなのか?
違うだろう。
分かっている。
かといってこちらも傷つかないわけではないのだ。
――もう駄目だ。
正直なところ限界だった。
「……俺の部屋だぞ」
「知ってる」
「……」
間が持たない。
――頼むから……。
こういうことは自分の趣向じゃないと分かっている。
それどころか絶対できないと思っていたことも承知のうえだ。
挟んでいた足をスライドし、ドアのノブを一気にまわす。
入った弾みでぶつかりかけた彼女を、中に入り込んだときにはもう抱き寄せていた。
「くにみっ」
無言で唇を押し付けてしまえば、
――何をしてるんだ?
思うのは刹那で、後はどうでもよかった。
「黙ってくれ」
もう一度。
願うようにいってキスをすると、他のことなど考えられない。
どれだけ意地をはったか、我慢してきたか。
ただ夢中で、その瞬間の快楽を貪って、何度も短い時間啄ばむようにしていく。
そのうちに力がぬけたが、やがてしなだれかかって……
「いいのか?」
何が何やら……。
口を突いて出たのは、確証でも何でもなく願望だった。
「……」
冷静に考えれば、パニックになって答えられないを描き抱いて、洋服の内側から背中に指をはわせ、びくりと強張った肩を押さえつけていたというのに……。
そのときは無我夢中で、全て許されたようなエゴに支配されていた。
お互いの全てを取り払い、用意を急いた。
――『勝手にすれば』とかいつもなら出てきそうなものだが……
不安はあるが今しかない、と勝手なことを手塚は思った。
「待っ、そんっ……」
慌てて起き上がろうとした身体に脚を割るように乗り、危うく顔を引っ掻きそうだった手首を捕まえる。
「逃げるな」
「………」
怖いほどの沈黙が走って、その後……
「っ」
唇を舐めても彼女は抵抗しなかった。
気をよくする間もなく、先走る熱に任せて手塚はキスを再開した。
ようやく声を堪えている事に気付いたのは唇の端から飲み下せ切れなかった液が零れ落ちてからだ。
「頼むから声をきかせてくれ…………」
「………」
一言も漏らさぬようシッカリ噛みしめられた唇を舌先でなめとっても、は声をもらさなかった。許されているのは自分だけの思い込みでは……と嫌な感想が出る。
苦く感じた唇は、外気のせいだろうか。
「……おしゃべりがどこにいった?」
仕方なく、彼女が一番反応しそうな、怒らせることを言えば、
「るさい……」
真っ赤な目が睨みつけてきた。
上がった息ノ性だけとも思えない紅潮した頬と表情に、ホッとする。
「口、きけるじゃないか……」
「……」
仕方ないなと髪をなでる。
煽られてそれを掴んだまま、より深く――もう奪うことしか考えられない。
* * * * * * * * *
小さい悲鳴と、這い回る指先の冷たさに粟立つ肌。
優しくしたいのに、彼女は強張りきっていて。現実と理想のギャップを思い知らされる。
だが、思えば、こんな夢ばかりだったと、手塚は振り返る。
男だらけの部活では、当然のようにそういった種の話もでるわけで……気恥ずかしさから出来るだけ避けて通ったが、赤裸々にスルーできる不二や興味津々な菊丸、何故だかやたらと詳しい乾にわりと平気で質問する桃城などなど、耳に入ってしまうこともある。
あの、先輩は可愛いけど泣きそうっすね。なんてわざとらしく、リョーマが入ってきたのは意外だったが、その夜彼女の白い肌を夢の中で何度も貪ってしまったのは健全な青少年としては無理もないところである。
――夢の中でも泣いてたな……。
合意が欲しい。
彼女に許されて、満たしあうような関係を説に望んでも、幻ですら許されないのは、やはり現実のせいなのだろうか。
「やだっ……」
可愛くないことを言う唇を封じても、彼女はいやいやと頭を振って、本当に嫌われているのではと今更ながら思わせられるのだ。
かといって止められるわけでもなく……
しかも「俺は犯罪者か?」と問えば、間違えなくNOだと言える事まで、ここに来てようやく容認できる。
反応のせいではない。
――思えば、どこかで、ズルイことにが自分を嫌いでないことを知っていたのではないか?
しっかりつながれた手も、普段そらせようとして反らせきれないでいる目も――男たちが自分と彼女の関係をどうこういう理由が体感されている。
背中から腰に降りる指。
一方で膨らみを遊んで先端を口に含むと、甘い声が飛び出た。
――逃げが甘い。
本気なら彼女には隙をつけるだけの余裕が、この数分では出来てきている用に思えた。(最初は勿論無我夢中だったし、今も堪えていることは堪えているのだが)
「馬鹿、なんでこんな……」
「知ってるだろう」
ずるいのはどっち?
指の隙間に指を滑らせ、静かに縫いとめる。
濡れきったそこの熱を、自ら逃がそうと動きかけた腰を抱いて、その熱を擦れば、
「怖っ」
「平気だ」
自分を襲うような、酷く脳天に突き抜ける響きがかえった。
「っ」
堪えても限界なのはこちらの方で、潤ませた瞳を硬く閉じる彼女は、この瞬間だけは本気で心の底から恐怖しているのに、もう待てなかった。
誤魔化すようなキスは、本当におためごかしにしかならず、
「やぁ」
痛みに劈く悲鳴。
体質のせいか、何とか用意の出来ていた彼女の中に、ねじり込むが、きつくて何度も押し返されそうになる。
そのたび、ちゅくちゅくといやらしい水音が耳を刺激した。
曖昧な挿入が快楽をもたらすのか、徐々に上気した体の力が抜ける。
「すまん」
余裕なく、こわごわとすることをやめ、熟れきった果実のような匂いに誘われ、奥へ一気に腰をグラインドさせると、硬くなったそこを抵抗するように押していた部分が消えた。
突き刺された涙を舐めとり、最後の嘘に唇を舐め、声を聞くために彼女の唇を離した。
間断なく響くのは女の声なのに、時おりしてきた猥談に感じるような後ろめたさはなく、ただ高みを求めて蠢く雄も――勝手なもので、全て自分たちの間でだけは許されている感覚に陥る。
ぎゅっと瞑った目が開き、
「もっ……おかしいから……」
「綺麗だからいい」
意味の分からない、堪えるための言葉遊びに、
「んっ」
許すといわれた気がする頷きに、きゅっと溜まらなく指の合間が痛くて抱きしめれば、彼女の肢体が弓なりになり、さらに奥を許された。
締め付けて、取り込まれるような感覚に目の前がスパークし、
「っ」
目を瞑り貪ることに必死になっていた部分が沸点を越し、蜜に溺れて熱い液体を吐き出した。
一瞬で、抜くことに気付いてハッとしたがぎりぎりで持っていかれそうになったのは言うまでもない。
力尽きて、二人、息を整える時間、その後のこと……
――もう……。
覚えていられようはずがなかった。
* * * * * * * * *
意識を取りもどしたのは大体同じくらいのときか、が早いかで、
「手……なんでいつも……」
囁きにはっとする。
――好きだ……。
本当に、本当に。
どうしようもなくいとおしいと思い、絡ませたままの指に柔らかく目をむける。
「ああ、癖になっていた……」
手塚は、しっかりとつかんでいるの手首を、なぜるように触って、
当然、手を繋いでる現状にはとっくに気付いている。
……が、離さない。
「離して」
「……ああ、すまない」
とぼけることで、誤魔化す癖は最近覚えたな、と、眠さの向こうで薄っすら考えた。
卑怯だとは思う。
――だがこうでもしないと、コイツは逃げるからな。
『理由があればいいじゃない?ずるさは必要だよ』
ありがたくも痛い不二のアドバイスに、首を縦にふる。
――随分前の記憶が残っているものだ……
は下をむいたまま、「馬鹿」と呟いたが、微妙に距離をあけたまま、名残があるとはいえ服を取っ払ってしまった隙は思いのほかに冷たくかんじる。
引き寄せると、押し返してきたが、怒るとスタスタいってしまったり目をそむける彼女の特徴をしれば、これが照れ隠しなのだろうと思えなくもない。
ただ……
「……もう……や………ずるぃ……」
悲鳴のように聞こえた静止の声は何にたいするものなのか、見誤っていはいけない、そう思えた。
――意地悪がすぎたか
それでもに触れていたいのだが、普段指摘されている自分よりも酷いだろう眉間のシワをみて、手を緩め、瞼にキスだけ落としてちょっとだけ距離をおかせてやる。
わざと背中をむけてやれば、すぐ後ろに温かい感触。
「誘惑してないのに……」
か細い声は拗ねていて、
「分かってるからってズルイ……馬鹿……」
しがみつくように、だが、腕をからませず、擦り寄るの体温に手塚は納まった熱が上昇しかけて、
「勘弁してくれ……」
呟いた。
声は届いてるのだろうか。
沈黙が心地よく変わる。
吐息が寝息に変わるまで、複雑な気持ちと欲望や葛藤は果てなかったけれど、こんな日常もありなのだろう。
――拒まれないなら、このまま側に居てもいいのか……。
寝静まった彼女を抱きしめるのは我慢して――そんなことしようものなら自分がまた大変なことになる――手塚も無理やりに目を瞑った。意地悪な彼女に。
END
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