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【SIDE 幸村】
に早く終えると告げてから、気持ちを切り替えて練習に望む。
なんのかんのあっというまに時間はすぎていた。
安心して練習に打ち込めるのも、第一音楽室でなく、目の前にあれがいるからだろう。
うろつく女子は苦手というより邪魔だったが、は別だ。
いつだか蓮二にいわれ「贔屓ではなく、目立たないからだ」と答えたら、「十分に目立つ」とかえされたがそれはちがう。
控えめに、無駄なく見るのがの視線だ。
色が混じりもしないのはそっけないと、仁王はいうし、赤也は堂々と「マジで付き合ってるんすか?」ときいたが、関係ない。
冷たく楽譜を見る目が、時折揺れる……あの感じが好きなのだから。
――あれは俺が本気でやれば(プレイすれば)きっと、泣きそうになる……
その一瞬を見られないのは聊か残念だけどな
それでも、それで十分なのだ。
の見る目は俺がつけてきた。
本気の目を軽く魅せたり、悪戯に気を引くような子なら、俺をスルーしただろう。
――それでも、はで俺を選んだ……
ならばもう迷うことはない。
「どうした?をまたせてるんじゃないのか?」
先に着替えをおえた蓮二が後ろから声をかけた。
一人で待たせるのは流石に忍びないから護衛はつけてある。
が、それをあえて蓮二にいうのもどうかとおもう(これで蓮二は過保護なのだ。さり気なく諭してくれることだろう)
「今行く」
上着とかばんを取って、ドアを開ける。
ブン太と、真田という組み合わせを布石したのは適切だろう。
あの二人の交流は足りないが、が核になれば嫌でもせざるをえない。片や俺の「頼みごと」として(あるいは真田は個人的にに一目おいているようだから)、、片やはまだ完全にふっきれていない憧れの対象として……間違えなくみはってくれている。
「悪いが先に失礼させてもらうよ」
後ろの蓮二と……の隣で困ったようにしていた真田、いぶかしげなブン太につげ、の腕をつかむ。
「寒くない?」
「…え?あ……精市のマフラーかりたから」
「風邪は引くな」
返そうかまよったのだろう、半端に巻かれたマフラーを、ゆっくり直して、を引き寄せる。
一歩後をついてくる癖を直すにはそんなにはかからなかったから、平気だ。自分から離しても彼女から自然に腕をつかむようになっている。
「試合明後日なんだよね?もう調整だけ?」
「ああ。後はゆったりすることの方が大切だ」
「なら、今日は……」
早めに帰れる?まさか。
ゆったりするだけなら、帰らずと家は近いのだ。
そのために残っているくせして、は鈍いというかどうしようもないところがある。
「ふう」
わざとだとわかるように息をついて見れば、「邪魔しないようにしないと……」と寂しそうな表情が見える。
――馬鹿だな……
「少し上がっていけよ」
「っていって、こないだも、遅くなっちゃったし……」
「妹も喜ぶ」
「って……前もいったのに、留守だった気がする……」
「鋭いな」
警戒、されている?
そんな気分でもないから平気なのに、はてれたのか下を向いた。
――……どうしたものかな。
こういうときいつもならば適度にからかってやるのだが、あまり気が乗らない。
というのも、今朝の一言が突き刺さっているからだろうか。
よりによって赤也が発した言葉が、俺としては盲点をつかれやけに耳から離れない。
『部長たちってどうやってつきあうことになったんすか?』
どうやってというか、自然に、だ。そう答えるほかない。
でも、『好きとか言ってる部長は何となく想像つくんですけど、先輩ってすげークールっぽいし……』だのという、勘違いもいい言葉に、ふと気付いた。
は好きとは言わない。
少なくとも、聞いた記憶がない。つきあようになってから。
無論、そうでなくとも証ならば嫌になるほど手に入れているのだが……、仁王の吐いた失礼な台詞――ああいう子にまっすぐ好きっていわれたいもんじゃ――に、少しだけいらだったのは事実でもある。
確かになら真っ直ぐに言うのだろう。
言わせて見てもいい、……むしろそうさせてこなかったのはなぜか、我にかえったのだ。
蓮二には、「俺には精市の方がずっとそういうことを言わないようにおもえるからな。聞きたいなら偶には自分から言えばどうだ?」と嫌味をもらったが、
「ここのところ忙しかったからな。たまにはゆっくりするのも悪くない」
言わずと十分甘い。
だからこそこうして誘ってるのではないか?そう自分で思う。
は、精市の休憩ってこと?と呟いて、嬉しそうに見えた。
「がいてもいなくても変わらないけど、たまにピアノが聞きたくなるっていったら?」
強請るようにいってやれば、
「借りられるなら弾くよ」
は静かに請け負った。
母のピアノは修理中で、妹がつかっていたエレクトーンしかないが、直ぐ側(の家)からもれる音よりは近い方がいい。
激しい曲を頼むつもりもないのなら、なおのこと。
――といっても、のことだから真剣になるんだろうな。
難易度はおとしてもいいはずだが、どうしてかは本気でしか弾かない。未練があるのでも、この先コンクールを目指すでもないが、多分素人目にもそれは真実で、彼女は手を緩めないだろう。
「ほら……」
腕から指をはずして、手で包み込む。
少し速度を上げた。
「これですぐひけるだろ?」
細い指先は意外とたくましく、彼女の本分(ピアノ)をおもいおこさせたが少しは温まるはずだ。
手袋なしの指先を遊ぶように撫でれば、は「あ」とか「え」とか分からない声を上げた。
やがて、
「リクエストは?」
控えめに尋ねる。
本当はある。
――愛の夢第三番……
昼休み弾いてた曲のタイトルは、きかせていた相手(ブン太)にはわからないだろうが俺にはわかった。
が好きな曲だ。(音楽としてはもっと激しい好みなのだが弾くのは間違えなく好きだとふんでいる)
だが、敢えて言わない。
「自分で考えて選べないのか?……応援用ってことで」
「あ、そうか……休めるようなやつ、ね。うん……」
考えはじめたのだろうか。
また無口になる。
基本的に二人いても、そうそうもりあがったりしないのだが(だから赤也に首をかしげられるんだろうが)は本格的にかんがえこんでいるらしい。からめた指先をくすぐるように動かしても、反応がにぶかった。
住宅地を静かに二つ、影が並ぶ。
家には誰もいない、とはいかないが、ならば大歓迎だ。
昔が憧れた光景を俺は再現してやって、もう少しだけその身体をひきよせた。
彼女の集中を途切れない程度に、一歩だけ近づけるように。
* * * * *
家には幸か不幸か置手紙が残っており、どうやら両親・妹ともに食事にいってしまったらしい。何か買って帰るという言葉と添えられたのは「ちゃんをあまり遅くまでひきとめないように」という文句だった。
の親には大抵連絡がいっているし、特別遅くした記憶もないが、決まり文句みたいなもんだろう。
手紙を片付け、を招き入れれば彼女は気楽にあがってきた。
なれてしまった日常。
昔からあったはずの一度は途切れたそれに、ほっとしながら、がエレクトーンのふたをあけるのを横目で眺めてた。
♪…………
着信が一度あり、メールだと音で気付いたので、それをとめる。
一通は蓮二からで一通は仁王だ。
蓮二の用件は大体予想がついた。に無理をさせるな、だの、ちゃんとやすんでるかだのだ。 もう一通は予想外だったため、ロックを解除し、メールを読む。
『ブンちゃんが泣いてるぞよ』
――……それはつまり、蓮二にきいたのか?
あるいは予想がついたのかもしれない。
ソウイウ痕を残さない、なんてこと、俺はしてこなかった。
牽制のつもりもないが、あれもそうなるのだろうか。
悪戯に首筋につけた痕は暫くきえず、襟足から眺めては気づかないにほくそえんだりはしていたものの、他人にその場所までとはいえ、見られること自体許しがたい。
恐らくピアノをひくとき……前かがみになったときにおさえられたのだろうが。
そういえば痕をつけたのも、こういうときだった。
ピアノを引き出す前に、座る彼女に後ろから近づいて、軽く吸い付いた。
そのままもつれ込んでしまうこともできたが敢えて何も言わず、には「おどろかせたかっただけだ」とそっけなくいった。
彼女のピアノは……神聖にみえて、それ以上何かすることがためらわれたせいもある。
いわば、ピアノは彼女のコートで……そしてここはアウェイだ。
――特にそうする気分ではなかったんだけどな……
誘われているのだろうか。邪魔な髪を一つに束ねたとき、はらりと一筋降りる黒……妙にあでやかに見えてしまうのは性なのだろうか。
は決めたのか、指先を白い鍵盤に滑らす。
合間を確かめるように、ゆっくりと……エレクトーンの間を調整する様子は誘うようにも思えて仕方ない。
「何にするんだ?」
声をかけたときには、自分は彼女のまうしろに居た。
「あ……」
おどろいてふりむくよりさきに、彼女の指を辿る。
ぴくりとふるえるのを無視して、「弾けよ」と促せば、は「しずらい」とむっとした。
「弾けるよ。だから……」
「無理とは言わないけど……折角なら……」
――いい音をきかせたい?
殊勝なこころがけは嫌いではない。
ただし……
「これで安らぐっていったら?」
「…………うそつき」
嘘じゃないんだが?
答えかけたときには演奏ははじまっていた。指を俺はその手のうえから離し、耳をかたむける。
椅子の後ろ側から覗くのはどうかとおもい、裏側に少しずらしてこしかければ、背中が背中にぶつかり、あつくなった。
「身体が本調子なのは分かるけど無茶な練習は……」
「やめてるだろ?」
――だから何も言わずに進めろ。
言葉をとぎれさせたが、引き始められた曲に正直調子が狂った。
が好むところの、クラシックではなかったそれは……
――随分と少女趣味なんだな……。
ディズニーの曲だった。
昔、すきでなくて、退屈して二人でねてたあの映画の。
それを今更何故ひくのか?
タイトルだけで考えるのなら一つだが、としてはらしくない。
「ジャズのコンピレーションできいたの」
「ああ……」
それでか。
だが、タイトルの意味合いの方がどうにも表に出てしまう。
だからだろうか。
――『俺には精市の方がよっぽど言わないように思えるが……』
偶には自分から言ってみたらどうだ?と笑う幼馴染も大概人が悪いうえ、(とちがって)俺をわかっていないとおもったが……
――それもありかもしれない……
そんなきになる。
いつか王子様が。
それが曲のタイトルだ。
だれのことで、誰がむかえにきたかは悪いがはずすつもりはない。
の考えの半分は音楽で……邪魔に入る余裕はない。
それを、こうした音楽にすら介入できるのだとすれば……
――特別、か……
言葉など求めるつもりはないし、音楽があれば十分だが
――試合で返せ、ときこえなくもないな。
自分が最高のもので返すのならば、それでへの気持ちになるだろう。
好きと、例えまだ一度もいっていなくても……
――蓮二の提案をそのまま飲むのは癪だからな。
それでいてに報いたくないわけでもないのだから困ったものだ。
今日は取り合えず……
「次は?」
「一曲でいい……」
尋ねるの体を受け止めて
――だから、抱かせろよ?
無理を承知でキスをするが……
明後日、試合には介入してもいい。
勿論試合中に何か含むことなどできないが、最短で終わらせて……その後で相手をしてやれば、同等になるだろう。
音楽の合間をも埋めるような想いをもってくれているのならば、テニスの時間を一緒に楽しませて、そのうえオプションをつけてやるのも悪くはない。そう思えた。
「明後日は言葉にするから……」
――好きだといってやるから。
だから、今日は黙らせるまで。
唇を塞いで、別の音をたてる。
かわりに、音楽コンポのスイッチを入れた。
流れる曲はの好きな革命……
しれば「おあつらえ向きだな」と皮肉をいうだろう部員も、きにならない。
彼女の声の方がずっといい音楽であればこそ、彼女の好きな曲で消して……少しでも楽にしてやるだけ。
あくまで、俺の耳には届けさせてやるが。
啼くかわり……無理にききださないかわり、
「偶には『好き』だといったらどうだ?」
「避けないくせに」
やだとあわてた彼女に囁けば、泣きそうな中で少し後悔したように……
「分かるからいらないって…」
急いで言い訳。
一拍おいて、「好き」と形づくりかける唇を、だが俺は塞いだ。
先に言われてはたまらない――
「もう少し……」
我慢してればいい。
音楽の奏でる不吉な旋律などもうきにかける余裕もないのだろうから。
END
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