【SIDE 日吉】
毎度毎度だがあの人は何をやってるのだろう?
メデルのならば……
「……日吉」
「はい」
「今なんていった?」
「今日なら限定で甘いものを受け取りますが」
「…………ええと?」
どうやらまたぐだぐだとくだらないことを考えているらしい。
この、どうしようもないマネージャーは、顔に「?」を浮かべながら、俺の差し出した手を見つめている。
他の女子に比べてずっとマシとはいえ、この先輩という人も、おしゃべりが好きで……気のせいでも自信過剰でもなく、わりとしょっちゅう自分を構ってくると思う。
ならば義理くらい用意していいだろう。
……と、例年静かに、義理せんべい(チョコレートでない辺りがどうかと思うが旨いうえ、甘いものが苦手なので黙っておく)を受け取っていた。
だが、今年はどうやら違うらしい。
今朝方、でかでかと貼られた『今年の義理はありません マネージャー様』の文字を見たから間違えない。
――だというのに、この人ときたら……
首を傾げる少女(年上とは思えない。……思いたくもないが)に、ヒントを一つ。
「今日限定です」
「……強調するほどのこと?」
「そっちこそ、話を逸らすほどのことですか?」
やっぱりこれってそういうこと?
「今日は何の日ですか?」
分かっているはずだ。
禁止したはずの部室には、今朝から大量のチョコレート。
俺でなくとも、もう一生食べたくなくなるほどの(例外は眼鏡の先輩とよく寝てるあの人くらい)甘ったるい匂い。
俺は当然一枚たりとも貰っていない(例年和菓子程度は受け取っていたが今年はそれすらしていない)
「今日は何の日ですか?といったんですが。……先輩」
「毎年苦労させられてるのが誰だと思ってる?……バレンタインだよ、バレンタイン!」
今度は逆切れされた。
――本当にこの人ときたら……
そこまでして逃げたいか?
何を要求されたと思っているのだろう(たかがチョコレートじゃないか?)
「だから貰ってもいいと」
言ったんですか?
ずいっと一歩踏み出すと、何やら警戒された模様。
だが、危機感が見えないのが問題だ。理由を履き違えられてるんじゃないか、不安になってくる。
「……ヒヨは、全部捨ててたって話きいたんだけど」
「人聞きの悪いこといわないで下さい。差出人不明のものは捨てましたが」
「で?他は?」
「丁重に一件一件返して回りました」
「なら、いらないって流れになるよね、ここは」
「いいえ」
ここは迷わず断定。
腕に抱えてるものが、誰のためかわかっているからこそ譲れない。
「鳳の分ももらうんで」
聞かれていたのか、と先輩の顔が語る。
そうだ。
昨日の放課後、鳳の馬鹿が、ぬけぬけと先輩に「誕生日プレゼントとしてほしいんですよ。一緒じゃなくて」と催促しているのを俺は目撃している。
……当然、諦めさせた。(後で、アイツは先輩経由で俺をからかってるだけで他意はないのだ、ときかされたから、もう一発軽く腹部にお見舞いしておいた。あれくらいじゃへこたれないだろう) 先輩は困ったようにしているが、この分なら、何とか……
「お?」
……と、横から食えない人が来た。
ただでさえ髪がうざったいのに、甘ったるい匂いをぷんぷんさせる分、不快度はうなぎのぼりだ。
――この先輩は……鬼門だ……
人気があるのが不明だが、跡部部長が、毎年脅迫の勢いでチョコを嫌がるからなぜかこの人が獲得数ナンバーワンらしい。(義理堅いのは分からなくもない。が、これが本命ってどうなんだ?)
今も「何やっとるん?。そういえば俺にくれてへんもんがあるやろ?」なんて気楽なことを抜かしている。
「マネージャーの義理チョコなら去年で終了させていただきました」
「残念やわ。ってか、、毎年チョコちゃうやん?」
「せんべいのが高いのよ!あれ、跡部にも榊先生にも渡すやつだからそれなりの値段だったんだから」
ここは同意。
金欠なので、先生以外をパスさせてもらった、という言い分は分からなくもない。何せ、この人もなんだかんだで200人分を毎年用意していたのだ。
実のところ、部活内からも、「無理はさせないでやって下さい」という意見が出ていた。
「せやって、日吉も、からのせんべい貰おうとしてたんちゃう?」
「あーそれが……」
「いえ」
先輩の声をさえぎって否定をする。
――せんべい?まさか
ほしいものは、違うのだから、とそちらを向けば、びくりと彼女の肩が震えた。
何やら驚かれたようだが、横の忍足先輩と顔を見合わせている辺りが気に食わない。
だが、ほしいものは、ほしい。
しかもそれが『あの人』に行くと知っているからには、何が何でも止めたい気持ちがあった。
「俺は、今日はチョコレートしか食べないんで」
俺の意図を見透かして「ほお」と、何だか含むところのある調子の低音が返るが、今はそれも気にしている場合じゃない。
「あのね……」
「下克上です」
敵は、この人ではなく、もっと上。
――後輩の応援くらいしてください、とは言わないが……
今日だけは退いてくれと、祈るような気持ちでいると、
「なるほどな。ま、きばり」
自称眼鏡のさすらい人は、ひょいっと、先輩の頭をなでつけて(からかってるんだろう。その手には乗るか)踵を返した。
ギャラリーには先輩のファンがいるというのに、なんて考えのない……
『ひよが護ったらええやん?』
口を動かしてくれる辺りが容赦ない……
それでも、あの人は何のかんの面倒見がいいところがある。
二人きりの時間という餞別は、素直に頂戴させてもらおう。
バレンタインも何も、鳳のは俺へのあてつけで……
――だが、部室の奥のは……
「言い訳は?」
「言い訳も何も……これは長太郎の――」
「あげたいんですか?」
「……いや、便宜上というか…」
「じゃ貰います」
ひょいと手から袋を奪った。
不安がる先輩は、何気に長太郎が苦手らしいが、心配しないでいい。俺が何とかする。目で、通じるとは思えないながら、平気ですよ、と少しだけ表情を緩めてみせる。
そのまま……指をつかんで、顔を覗き込めば……
――反則だ……
真っ赤になった彼女は、まるで告白前のようで……
「後一個の方も白状しますか?」
それを渡させてしまったら、ゲームオーバーだと、痛感させられる。
「てか、何でしってるの?」
あれだけ視線を向けられて気づかないあんたが悪い。
部長が、嫌になるくらいチョコレートを嫌いなのに、何故、ゴディバだの、デメルだのと揉めてでも、貰おうとしてるのか?
何故、交換条件でも、その嫌いといいはっている猫の絵の箱を持ってかえるのか……
――なぜ、気づかないんだ?
「それはさておき。で?それどうするんですか?」
気づかないなら気づかないで好都合なのだろう。
――下克上だ。
「俺は猫の絵の方が好きですよ」
どんなに高価なチョコレートだろうと知ったことはない。甘かろうと嫌いな味だろうと、関係ない。
ほしいのは、あの、ロッカーで見かけた猫だけだ。
「俺は先輩の味方ですよ?」
肩越しに見えた部長の影に、宣戦布告を……。
懐いた猫のように、肩にこつんと寄りかかって静かに囁く。
あちらからは、きっと愛を囁くように見えるだろう。
実際は……まだいえやしないのだ(いったらこの人は付け上がる。それに、まだ勝ってもいないのに、できるか)
ふと、いまだ呆然とする先輩の唇に目が行きかけて慌てる。
何となく、焦られていない自分にも、またもわかっていなさそうな鈍すぎる先輩にも腹が立った。
「何なら交換条件にしますが?」
少しだけ、ならいいだろう。
これくらいのオマケは……(今日は浮かれてもいい日だと樺地がこっそり言っていた)
「……ええとそれは?」
先輩らしからぬこの愛すべき間抜けな人が、ゴディバのがいいのか?と訳の分からないことを言い出す前に、
「……俺がその猫の代わりに、懐いてやってもいいですが?」
悪戯のように、その白い手に、爪のかわりに唇は音を立て……
「……負けました」
惨敗、とさらに赤く縮こまる背中を抱きこんだ。
「好奇心が猫を殺すというのなら、あの猫のパッケージはくたばってしまえ」と、朝方に思ったのが嘘のように、今は手の内の猫が恋しい。
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