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【幸村SIDE】
廊下を急いでいると見慣れた人影が見えた。だ。ついでに言えば急ぐ理由は後ろの二人――いわずもがな女の子たちだ――にある。
朝受け取ってしまったことで義理なら〜の注釈つきながら俺は受け取り拒否をしないことになっていた。
は、といえば朝の件を見てたくせに(あの直後同じような場面に出くわしたが義理だったからか)さして気にしていないようだ。
「らしい」と思う反面、拍子抜けした。
だからだと思う。ここにきて飄々と、俺を尋ねる様子もなく音楽室に向かう彼女に、なんとも嗜虐心がこみあげてきたのは。
何、かわいいものだ。
――ほんの少し妬かせたくなっただけ……。
参謀にいったのと同じフレーズを口ずさみながら、わざと休み時間の度にうろついていた女の子たちに掴まってやる。
悪戯半分なだけに、の視線がたとえにらみつけるようなものでなかったとしても……ショックはない。(気持ちを疑って確かめるために、嫉妬させるわけじゃない。当然だ)
――でも、見てるだろ?
気にしないはずはない。
その予想も着くから演技をやめず、彼女達に対してどうして声をかけられたか分からないようごく自然に首をかしげて見せる。
「ここじゃちょっと」と渋る女の子のうちの一人をさらにわからない素振りで促せば、ようやく本命だろう小さな箱が取り出された。
本当は受け取るべきじゃないだろうが、今朝「義理ならば」と注釈はつけたのだ。
本命がまぎれててもそれは俺の関与するところじゃない。
少しだけ、吃驚した顔と、「ごめん」の一言を付加えて、その後徐に「彼女がいるから〜」と【そちら】を見やる。
が……その頃には肝心の彼女――はさり気なく去ろうとしてた。
特に逃げるでもなく、すたすたといつもの歩調だったから、後姿はまだ残っているのが腹立たしい。
「っ……」
正直なところ、その頃には余裕がなくなっていたのかもしれない。
が何も言わないのは予想していたし、少なくとも完全に無関心ではないと分かっているつもりだったが……何も言われない彼女の態度に何かが壊れたきがした。
「好きだよ」と控え目に、でもまっすぐ告げたが俺をどう思っているか知り尽くしていたつもりが、一瞬全て見えなくなって……それがどうにも面白くない。
だからここで放っておくほど酷い男になるつもりもないから、ほらみろ、と文句を言う脳内の柳蓮二に言い訳をしながら、彼女を追うけれど。
先ほどの少女のことなどどうでもいい。
ただの腕を掴み、こちらを向かせ――
すると、
「何?」
先ほどの光景などみなかったように、は口にして……
だから……
――何でそう自然にできる?
かっと頭に血が上るような、余裕のない真似はできないし、実際ここまできての気持ちを疑うなんて馬鹿馬鹿しい……とも冷静に思う。
ただ、なんといっていいかわからないが、無性に腹が立った。
彼女面を許さなかった自分は、付き合っていなかった頃の……自分だ。
今は違う。
なのになぜは、逃げる?
もう好きだと告げたのに。
―― そ れ よ り な ん で 俺 は……
本当は嫉妬させて気持ちを確かめるなんて子供みたいなことするつもりもなくて……ただ……
――ただ……何だっていうんだ?
「何が不満?ねぇ、は俺の何?嫉妬くらいしてもいいだろ」
「……不満?それはそっちの話だよ。――……わかんないの?」
怒気を含んだ声が、「気にしてないわけじゃない」と告げても、どうしてか止まらなかった。
「あてつけか?」
好きなように怒ればいいし、束縛すればいいのに。
「何故何もいわない?」
「なんで……そう……」
――泣きそうなんだ?
側に居るのに。
「なんで……いつもは――」
ぶつけられた感情が理解できない。
嫉妬では……ないと分かっても。
好きだと告げあっても、側に居てもとっくに繋がっていても……貪欲にそれ以上を求めているからなのか、それとも……
「なんで……」
口にした瞬間、応えは唐突に落ちてきた。
――そうか……ワカラナイことがショックなのか……
それでも、どうにもやめようがなくて……
「権利を勝手に手ばなして何がしたい?……ピアノだって……すればいい。俺も止めないって知ってる」
権利を勝手に手ばなして何がしたい?
気持ちとは裏腹に爆発したみたいに感情はこみ上げて、言葉が投げつけられる。
思いやりも減ったくれもない、とどこかで自分が笑った。
ただ、それでも「自由でいてほしい」とどこかで願っている「本気」の声だった。
なのに……
「それを……いうの……」
精市が、言うんだ。
キッと、彼女の視線が険しくなる。
絶対触れてはいけないこと、だと俺が勝手に思っていたからかもしれない。
ただ、その目が、ピアノの一言にゆがむ。
「何もあきらめてなんてない。何も捨ててなんて……。ただ選んだだけなのに……」
真田だって分かりかけてきてた!……と、伸ばした手が振り払われるのにどれだけかかっただろうか。
一瞬だったはずだ。
だが、するりと抜けて、は俺が驚く間に視界から消えた。
廊下の角を曲るそのすばしこい少女も、本気で追えば捉えられたはずだ。
それが出来ないのは、偏に【理由】がワカラナイから。
それから……泣きはらしたような目。
――感情が高ぶって目が赤くなるなんて、らしくもない?
いや、昔はよく泣いていたはずだ。
負けず嫌いで、プライドの高いコだったから、当然みたいに泣くくせに、それもいとうて――
「なんだよ……」
――俺が苛めたみたいじゃないか……。
* * * *
謝らなければとは……思った。
が、その後、数日は俺を避けだした。
翌日の放課後、さすがに可笑しいと思っただろうチームメイトが心配しだす。
蓮二は何も言わなかったが、それがかえって堪えたかもしれない。
ふと、
「別れるかも……な」
のことについて事情をきいてきたブン太に口をついて出た言葉がことの重さを表して……どうしてか、途方にくれた。
こんなふうになったことは、離れていてもなかった。
そもそも離れてる期間はお互い「そういうものだ」と何か信じあっていたし、が再び近づいてきたことも……嬉しくはあれど当然として受け止めていたのは本当だ。
「っざけ……!」
言葉を呑んで殴りかかりかねない勢いのブン太にすら歯向かう気力はなく……
――別れるかもしれない、か……
口にした言葉の重みが、後になって襲う。
「――すまない……」
――ブン太……
知ってるんだ。
お前がどれだけを好きかも、俺含めて気にしてくれているかも……
だが……
「……伝わると思ってたんだ」
自分ですら言葉にならないアヤフヤな気持ちや、俺がに求める全てを、は汲み取ると思っていた。
それが傲慢だとしって、好きだと、きちんと告げたからこそ、ちゃんと分かると思っていた。
――だから、がショックを受けるどころか自分を避けだしたことに本当の意味で衝撃
を受けたのは俺だ。
分かってると思っていたことをあっさり「知らない」といわれたような、そんな哀
しい感覚を、俺にどうしろっていうんだ。
が悪いといったわけじゃない。
ただ気持ちと裏腹に気付けば傷つけてしまうのは――。
のピアノの音が、たまに響いて……そこで止まる。
本当に綺麗で、自分が触れてはいけないもののように感じた。
その調べを無駄にはしたくない、と、ただそう……思った。
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