【幸村SIDE】
「」
ピアノの音は響いていた。
彼女が俺のために弾く曲は、俺が好きな曲だけだと思っていたが、よく考えてみればそもそも彼女が好きな曲でもあった。
傲慢になることと、理解することは違う。
ならば、は今、俺を思って弾いてるのだろうか?好きで弾いてるのだろうか?
「きかなければ分からないこともあるんだな」
思わずそんな言葉が漏れた。
何でもわかるつもりでいたのは、こちらの勝手だったのだろうか?
ぼそりとした喋り方は決して「伝えるため」のものではないから、には届かなかったのだろう。
「部活は?」
気づいたは、不安半分、いぶかしさ半分にたずねてくれる。
「早く切り上げた」
「公私混同はよくない」
――わかってるじゃないか?
これが公私混同で、が俺にとって(めったなことで部活の方を犯す気はないが)何より優先しかねない「プライベート」ってことが。
どこまでか分からなくとも、彼女はもう知ってるはずだ。
「たまにはいいんだ」
言い切って、手を伸ばす。
昔よくしたように、ピアノの後ろから手を伸ばして、譜面をめくる。
ついでに、手首を掴んで「もう痛くはないんだ?」ときけば、「とっくに治ってるって」という非難のような声が聞こえた。
「それから……予想してたより細くなってて、吃驚した……」
「そりゃ……成長度が違う……」
そう平静を装って言いつつも、震えてるのは何故だろうか。
撫ぜた指先をそっと包見込むと、そのまま後ろから抱きしめたい衝動に襲われた。
――もう待つ必要は?
こちらから手にいれたいと、掴み取ることをしてこないで居ただけだろう?
「行き成り……触らないで」
困惑してるのだろう。
「行き成り、でなければいいのか?」
そうなるとまた、から頼んでもらわないと何もできないだろ?
それでは駄目なんだ。
「触らないで」
拒絶するも、本当にいやだといってるようには思えない。
――だって、手を振り払わないじゃないか?
振り払えないだけかもしれない?
いや、まさか……。
「駄目か?」
無理やり言うことを利かせるつもりはないんだ。
信じてもらえなければ済し崩しになるだろうが(何もしないという選択肢はない。残念ながら……)、そうなったとしてもにこちらを向かせるだけの自信はできていた。
「キスを……」
――していい?
耳元に囁かれると、弱いのはなぜか?
は覚えてるだろうか。
俺がそうやって言うことを聞かせてきたのも、思えば切欠があるのだ。ちゃんとした動機と理屈と……の同意が。
「権利はあるはずだろう?」
強がって笑うのも、本当の意味での「強がり」にはならない。
は否定せず、唇を享受していた。
真剣になり過ぎない程度にちらりと視線を走らせ、怖がらせないようゆっくりと時間をかけてその内側に潜り込む。
ごくごく自然な流れでキスをしている……
――もっとと思うけれど……
物足りないだなんていうのは、男のサガで、ここまで承諾する理由は、にはまだなくて普通なんだ。
昔気に入った遊びとして、俺とがしていた、耳元での「秘密の約束」ごっこを、そこまで延長させるに時間がかかるとも思えないから……。
――今は耳元に囁けば何でもかなえてくれろとはいわない。
やがての体後からがぬけてこちらにしなだれるまで、自分で哂いたくなるほど甘くしてやった。
くぐもった声が漏れても、無理に貪らないよう、堪えることも今は簡単だった。(この間とは大違いだ)
「ブン太の甘さがうつったみたいだな」
真田は「幸村の方が甘い」と苦言を残し、蓮二は「できるんなら最初からそうしろ」というんだろうが 本当は違う。
ブン太みたいにしたかった。柳みたいになりたかったし、真田みたいな素直さがあればいいとおもった。
俺は何もいわず、いえず、気づきすらしなかった。
――いや……
「気づかなかったわけじゃない」
ただ好きな子ほど苛めたい、とか、そういう気も全くなかった(無意識ならば少しはあると、認めてもいい。譲歩して)だがそれ以上に……
「精市の……馬鹿」
「ああ」
「権利があるからって何してもいいの?」
認めるんだか認めないんだか、なんとも微妙な答えに顔を思わずしかめる。
ただ、今はそれでも、と思わなくはなかった。
「告白のつもりか?」
今度はわざとらしくいい、情感たっぷりに音を立てて噛み付く。
が素直に「からかうのはなし」と言ったとき、「本気なら?」と聞けなかった。
ただ、率直に……もう一度髪の毛を撫でて、耳元に「どっちがだ」とあきれた声をもらすだけだ。
「お願いしてくれるんならそういうことにしてあげる」
真っ赤な表情を隠そうと早口になる彼女に、もしも「お願い」があるというのなら一つだけ。
俺という存在を許してくれろ。
ただ側によりそって、すきとはいえずに、それでも求めてやまない俺を。
「逃げられるとおもうな」
もう二度と離さないとはいえない、気まぐれさも恋の凶暴さもあるんだろう。
――でも恐らく……
このまま、だけはそばにいると思うのだ。
今までがそうだったように。今度こそ思い込みでなく、そうさせてもらいたい、と――
小さく頷く白い首筋に、俺は軽く噛み付いた……
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