【丸井SIDE】
「丸井君、すみませんが……」
柳生が来たのはその日の昼のことで、何でおれ?とか思いながら招かれるまま出て行った。
……で、突然告げられた言葉(ていうか質問?)に目を丸くしたわけだ。
「幸村君と彼女の付き合いは長いんでしょうか……。その……恋人になってから、もですが……」
確かに、コートの端で待ってる子や、部室に来る子は居なかったから、「自分たちの部長はフリーだろう」と漠然と決め付けてたが、言われて見りゃ「彼女」が誰を指すか漠然と予想できるくらい、それくらい近くに――はいた。
「幼馴染だってんだろぃ?柳とかも。聞いたことあるけど。でも付き合ってるって話は聞かないぜ?」
「そう、ですか」
「つーか柳生、何でそう思ったんだよ。切欠があったろぃ?」
「いや、校内ではしたない行動はどうかと思いまして……」
「ああ!……ってキスとか?」
言ったら顔を真っ赤にして――紳士は清廉潔白。まあ年頃の男の子だからそこまで綺麗じゃねーけどな――「大きな声をださないように」と叱られた。
「ま、ありじゃね?ちょっとくらいなら、高等部にもなりゃなしってことはないだろぃ。幸村君がっていうとちょっとイメージできないけど……」
軽く一気に撒くしたてたら、
「イメージじゃないのは、さんもです」
と、言われた。
そういえば、といえば、大人しいので有名だった。
よく言えば目立たないいい子、悪く言えば地味。
そんな印象で、幸村といる図はごくごく普通に見えたし、そういや誰かがつきあってるだの噂したことも最初こそ会ったかもしれない(幼馴染だって発覚してからすっかり出なくなった)。
でもそれ以上にはなりえないだろうってくらい、いっちゃなんだか、『幸村精市』という男の隣には華に欠ける。
逆を言えば、だからこそ気にせず日常風景だと通り過ぎていられたんだと思う。
彼女が時おり一緒に帰るために校門にいたり(これはその後気付いた)、生徒会関連で(これも後で思い出したが、そういえば生徒会会計だか書記だかの地味な役割も引き受けてた)ちょこっと話によってたことも。
他の女子より明らかにうちの部(主に部長)との接触が多くても「ああ、いるなー」程度にしか捕らえなかったのはその辺が原因だ。
ついでに、興味を惹かれたのは、その柳生の言葉のせいだった。
「破廉恥な、とか真田なら切れそうだな」
「全くです」
「……ってーと、そんなに激しかったんか」
「………」
黙りこくるとこを見ると図星、か。
本当意表をつかれる。
「でもよ、『』って中学んときもあんま来なかったよな?部活」
柳や幸村が呼ぶ名前の方が名字より馴染んでついつい口にしたが、そこは紳士も同じように耳慣れているせいかスルーした。
「時おりフェンス越しに仕事の話にはきていましたし、試合には呼ばれてたようですが、そのとおりなんです」
「……んじゃ、俺らに見せたくないとか?」
ありえない話とはいわない。
――仁王がいるし。
「仁王君が原因でしょうか」
ほら、やっぱ紳士もそう予想をつけている。
でも……
「うちの部長が手放さないでいるのも珍しいよな。そんなに好きなんかな」
「さあ……どうなんでしょう……」
「んだよ?幸村君を疑うのん?紳士」
茶化すように言ったところで、タイムアウト。
チャイムの音が次の時間を知らせた。
でもってもう一つ、確かめるべきことがある。
「何で俺?」
――聞くなら柳でいいじゃん?
言おうとして、止める。
柳は教えないだろう。何か知っていたとしても。
そういうヤツだった。
紳士は、ご丁寧にも言葉を飲み込んだ俺の意図を察して、その続きで推理を述べる。
「参謀はともかく、もしも幸村君が隠そうとしているのなら、仁王君に聞いてはいけないでしょう?副部長にはいえませんし……桑原君は悩みかねない。その点、君はしっかりしているから」
「『他人の者に手ぇ出す趣味はなく、気楽に相談できる』ってか?けど、仁王もあれで真面目だと思うけど?」
「そうですが、あんまり部長を引っ掻き回しても可哀想ですから」
「そりゃそっか」
――幸村はネタが薄い分、好まれそうではあるな。
察して、俺も頷いた。
「大会には響かないと思うし、俺らってわりと個人主義じゃね?」
「そうですが――どうも気になったもので」
「あんまりよろしくない関係かと?」
「……ええ、どうしてか分かりませんが率直に言えばそうなりますね」
――へぇ紳士がそういうか。
「可笑しいですか?」
「いんや」
部長だろうとなかろうと、幸村に対して心配をするものは今までなくて――柳ですら放っておいているから何もないと思っていたが、ここにきて、遊んでる気配、しかも幼馴染が相手。舞台が学校ともくれば、それは気にもなるってもんだ。
『』に面識はなかったが、それなら作ればいい。
柳生の不安を吹き飛ばそうって気分でなくとも心は決まったから、
「部活前にでも見てみっか」
「はい」
会議終了。
単純な好奇心と、一抹の不安とをくるみこんで、俺は柳生に声をかけた。
具体的にどうするかは、まずその後で考えればいい。
そのときは、それくらいのノリでいた。
* * * * *
「あのよ、お前幸村のこと好きなん?」
相手は簡単に捕まった。
行こうと思っていたら、プリントを抱えた彼女に、俺の方が捕獲されたのだ。(どうやら中身は予算案の決定版らしい。これを幸村にとどけりゃいいのな?)
それでもって――
「うん。まあ」
「へぇ」
あっさり認めると思ってなかった質問に一言で答えたものだから、こっちの方がビックリさせられることになる。
「でも私が勝手に好きなだけだよ?」
なんて、軽く片思いを宣言されては、驚きも二倍だ。
噂だけでもされてるのだし、幼馴染ともなれば期待していいのに。
そう思ったりもする。
でも、笑って言いながら、例えば微かに指が震えてたり――
「迷惑かもしれないし」
平気そうにしてても、ちょっと苦しさが見え隠れしてたりする表情とか。
何か可哀想になってきて、俺は、
――聞くべきじゃなかったかも。
思うが後の祭り。
「本当すきなのな」
笑ってた彼女がどんなに幸村を好きかしって……意外だと思ったから言葉は問うような響をもっていたのだろう。
「なんで?」と問い返されて、ちょっと困った。
「うーん。そうかなとは思ってたけど、どっちかっていうと、幸村君のがお前のことを好きなのかと思ってたし。だってわりと側にいるじゃん」
「ちがうよ。幸――精市がすきなのはテニス」
「何?テニスにヤキモチやくタイプ?」
「テニス」と憎憎しげに告げられてちょっと幻滅しかけたが、『』はそれに気付いて慌てたように着けたした。
「あ、違う違う、テニスやってる精市が好きだし、皆も楽しそうだし。私もテニスじゃないけど一生懸命になることが他にあるから分かるんだよ?」
「じゃ、何でそういうこと言えんだよ」
「精市って器用そうでアレで不器用でしょ?他のことなんて見られない人だと思うし。……まあ勝手に思ってるだけだけどね。でも、そうだとしても別に責める気はないし――……ただテニスにだけ誠実であれば、私はそれでいいって思ってるから」
「上手く言えないけど、分かるかな?」と小首をかしげる彼女は、どうも他の女みたいに、俺の印象への点数稼ぎで否定したんではなさそうだ。
本当のところよくは分からなかったけど、まあ、「テニス馬鹿な幸村が好き」って気持ちは痛いほど伝わってきて、「さすがは幸村の幼馴染」と感心してしまった。
「だから付き合ってない、っていうんか」
「そう。それでも側にいたいから、私が勝手に近寄ってってるって感じで」
「へえ。でも幸村もゆ、……お前のこと――」
「ううん」
引っかかったのはこのときが最初だ。
よくよく考えればもう少し前にも不自然な否定があったような気がする。
側に居ていいと許すなら、既にそれは好意だと思う。
一つに真摯に打ち込む人間だからこそ、そう、本能で感じられる。
なのに、目の前の少女はそれが嫌だとでもいうように、かたくなな表情を浮かべて、
「幸がすきなのは私じゃないんだよ」
小さく繰り返して、疲れたような笑顔をつけた。
諦めたわけじゃなくて、本当に「好き」で側にいるんだろうけれど、その横顔はどこか冷めていた。
俺は何だか背筋がぞっとした。
彼女の言い分が理解できそうになかった。
なんというか「異質」だった。それが一番近い感想だ。
「私の一番も、別に幸だけじゃないんだけどな。でも、精市を放っておきたくもないんだ。あの時みたいに……」
「あの時って、あの……」
「中3のとき」
「そういや、悪いけどお前のこと見なかったな」
「病室でドッキングしないの、可笑しいでしょ?あれだけ頻繁にいってたのに」
「知ってんの?俺らが、結構入れ替わりでいってたって」
「蓮ちゃん――柳に教えてもらった」
「そっか」
彼女も柳の幼馴染なんだよな(つーか蓮ちゃん呼びはぜひともネタにしたい。仁王にでも教えて、二人でからかおうっと)
「私ね、行かなかったんだわ。お見舞い」
「何で?……恐くて?」
それなら、分かる。
俺も覚えている。
突然発症したらしい、幸村の大病は俺らの頭じゃ理解しえないくらい、重くて……立場上やむを得ない(だけじゃなく、アイツは平気なんだろうが)真田や、柳を抜かして、俺も最初のうちは近寄れなかったものだ。
そのうち、「お菓子を食べにおいで」につられて、行くようになったけれど、それも数回のこと。
毎度毎度行っていたら俺らだって可笑しくなる。
病院の白さや、あの特有の消毒のにおいは人を不安にさせる作用がある。俺はそう思っている。
だから、「恐い」「不安」なら分かると思った。
そうして、聞いたのだが、出た答えは――
「嫌がると思ったの。精市が――。
励まされるのも、優しさも全部ありがたいと思って力には変えられる人なんだろうけど、あれでも弱いところもあるから」
「へ?」
予想外だった。
――だって俺らがいったところで、関係なしに、「来たけりゃ来ればいいし、こなくても治してくるよ」とか言ってしまえるヤツだ。
――それのどこが「弱い」?
「勿論、ものすごく強靭な精神力には違いないだろうけど。『私』じゃ、テニスできないつらさも分からないし。分かったふりされても、分からないといわれても納得行かないと思うから」
色々考えた挙句行かなかった、とは言う。
弱いの強いの含めて結論が出せないまま、気付けば彼は復帰していた、と。
「…っと、さー……考えすぎって言われるだろ?」
「そうなんだよね。――あ、名前でいいよ。えっと、丸井君?さっきもいいかけてたよね?柳とかもそのままだから別に気にしないし」
「あ、そう?じゃ『』で。こっちもブン太でいいから。……で、は、それで行かなかったことを後悔して……?」
「うん。意地になってはっつく気もないんだ。今更だけど、ただ、一緒にいたかったのにいられなかった自分への自己満足でもいいから近くにいようと思って。今なら本当に迷惑ならさっさと『ウザイ』って切られるだろうからね」
「あの、――?」
――『ウザイ』って、いうか?
普通。自分で。
ついでに、あの「幸村」が?
あんまりイメージしたくない。
「ん?精市はそういうとこはっきりしてるから。嫌いなら嫌い、面倒なら面倒。言わないようで、にこにこバッサリ切り捨てると思うよ?」
『文句を言われなければ一緒にいてもいいってことだから』
と、は「どうしようもないなぁ」とあっさり話を終わらせてくれる。
何だか一気に幸村の暗黒面を見かけた気がして、驚愕した。
でも、それと同時に、幸村との仲の良さにはちょっとそれはそれで妬ける。
自負じゃなくて、分かり合ってる、って感じがして、それを少しも鼻にかけないはすごいと思った。
そこにきて、
「ところで部活行かなくていいの?」
悪戯に笑った顔をみたものだから……その悪戯っぽい表情がどこか幸村にも重なって――同時に、ものすごく魅力的に見えてしまった。
――やべぇ、俺捕まりそうかも。
こっそり心で呟いて慌てた。
ついでのように付け足す声。
「でもさ。お前の考えさっぱりわっかんねーのな。今からでも言えばいいのに、一緒にいたいって」
励ましも込めてそういってやれば、
「うん」
返事はよくとも絶対言わないくせに彼女の顔に笑顔が戻る。
何となくこの先の行動にも予想が付いてきた。
あれだけ幸村っぽけりゃ「天邪鬼」上等な性格に違いない。
「別の男にした方がいいと思うぞ。それだけ『いい』性格なら引っ掛けられっだろ?」
軽口を返して、
「それならブン太にするよ」
――それは反則だろぃ。
「冗談」
おいおい待ってくれ。
本物の笑顔にやられてはならんときがある。
次の刹那、俺はグランドに向かって――ふと方向転換する直前、
「」
呼ぶ声と、同時に動く彼女の視線を見つけた。
スローモーションで、切なくなる横顔とその先の彼……
「幸――」
「ブン太。探してた。……急いでいかないと真田がご立腹だよ」
「あ、え……」
思わず止まってしまったせいか。
俺の動作を止めたのは何故だか幸村本人で――意味なくぱくぱく口を動かした俺を気まずそうに眺めるのがだった。
「あ、やっべ。でも部長さんはここにいるじゃん。その前にジャッカルのやつ、相方置いていくなってーの!」
「ふふ、俺は仕事だから特別。――生徒会の会計さんに用があるから」
「あ、そうなんだ」
「そう。そういえば知らなかったか?俺の幼馴染、会計をしてる。」
「『』だろぃ?知ってる」
「へえ。柳から聞いたのか?」
一瞬、空気が冷たくなった。
それは幻だろうか?
「まー……」
――いや、柳生と、後は俺の好奇心。
そう答えたら殺されると確信できる程度に雰囲気は読めたのだが……。
それはともなく、已む無く柳を犠牲にすることにして、俺は黙りを決め込んだ。
「そうか。まあ、それならいい。――彼女は忙しいが、試合には来ているみたいだし、一応皆にも知ってもらわないと困るからな」
「真田はしってんのか?」
「『幼馴染だから』とはいってある」
「へえ」
意味ありげにいえば、
「彼女じゃない。けど――」
台詞に泣きそうな彼女を、知ってか知らずか、幸村は平然と言ってのけた。
だが、勘違いしてるのはどっちなのだろうか。
『けど』に籠められた、「手を出すな」と続く言葉は明白で……
――本当に好きじゃないなら牽制してんなよ?とか思ったら悪ぃかよ?
そう考えた時点で、多分俺の負け。
その上、幸村は俺だけにわかるように口を動かしたんだ。
「(ブン太には)『あげない』」だと?
「ごめんね、ブンちゃん。仕事の話があるみたいだから」
「いいって。じゃ、部長!部活、先いってんな」
いつの間に選ばれた「ブンちゃん」って柳とお揃いの(アイツは蓮ちゃんだ。このインパクトはもう忘れられねー)あだ名に、距離をかみ締めながら……ついでに幸村の不可解な行動(でも見間違えかもしれない)に首をかしげながら、俺は部活に向かう。
幸村君は俺にとって、優しい人で、時おりおっかないけどいい部長。
でも、今日はホントに恐く感じられたのも事実で……
「あげない、ってそういうことだろぃ?」
冗談かもしれない。
よりによって、その幼馴染を俺が……とか?思ってたりするのか?
「ありえねぇ」
呟いたときは、まだ予感。
「あげない」の意味に籠められた「取れるものならどうぞ」の余裕に胸糞が悪くなるだなんて、思いもしなかった。そう、まだこのときは……。
to be continued……
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