SIDE 滝
「最後だから」
こぼれた言葉の本当の意味はそのときになってようやくわかった。
* * * *
「……あー……いーの、あれ?」
眠そうに慈郎が顎で指す先には、と跡部がいた。
コートにまだ入っていないからこちらには気付いてないつもりなんだろう。あっちもあっちでベンチ脇ときている。
ただ話してる内容に大方検討はついたから、「まーね」と慈郎には生返事をした。
レギュラーを手前にここしばらく自分の集中力が切れていることを知っていたし、跡部が珍しく気を使っていることも知っていた。
――過去のことが尾を引いているんだよね……
強い萩之介でいさせようとしていることはわかる。
そして、俺の気が散っている理由を彼女のせいだと彼が思い込んでることも。
――でも……
違うのだからどうしようもない。
わかったのか、わかってないのか、思いにふけっていたら横から軽い調子で慈郎が皮肉る。
「滝もももっと素直になればいーじゃん」
「だいぶ素直だと思うけど?」
「うわ、なんかむかつく」
さして頭になんてきてないだろうにそのまま彼は、伸びをしがてらパンチをかましてきた。
こういう子供っぽさと、どきりとするような発言のアンバランスが、らしい、と思う。
――けど、慈郎……違うんだよ……。
理由――集中できない理由は、彼女じゃない。
実際、との関係はもうかれこれ5年以上だ。
幼馴染とまではいえないだろうが、腐れ縁と呼ぶには十分すぎる。
今さら好き過ぎて……なんて可愛い理由でテニスに影響がでるはずない。
――まあ、ただ……近い、っちゃ近いか……
テニスを好きなのは、一度負かされて痛感している。ただそれをもしのぐほど気になるものができているのも事実。そしてそれは彼女ではないけれど……理由の一端であることは確かなのだ。
慈郎はわかったのかわかってないのか、ふうんとやる気のない返事をする。
そのまま「にしてもさ」、と、つなげられた言葉が
「……跡部って結構痛えーよな」
「何が?」
聞き返しながらも、少しだけ予想できて……
「無意識なんだもん」
――これ以上はきいたらいけない……
なんとなくそんなことをおもって(そうでない可能性も高いのに)耳をふさぐかわりに、彼の好きなドリンクを差し出した。
「あー!まじ?くれんの?滝、やっぱやっさC」
なんて単純なまでのハイテンションで応えてくれるけど……
「いつの間にか好きになってる、気付いてないって笑えない」
どきりとさせるようなことをやっぱりいうから彼が苦手で……それ以上に好きだ。
すかして笑ってるお前あんま好きくない……だの、といいながらも、「ばーか」なんて跡部のまねして、こつんと頭を殴りつつ、
「跡部が謝んの、きいてやれよ」
でもやっぱいいやつなんだよ、あいつ。なんて、慈郎が言うから、
「……謝られるようなことしてないよ」
「そのうちするかもしんねーし」
「そうならないかも……」
「だといーなっ」とにかっと笑う彼には悪いけど、それでもやっぱりそうなる未来が予測できるのは相手が彼女だからで……
が「跡部が好きだ」と言い出すこともこの時点で予測できてしまっていて……それはきっと自分が迷っている何か――【留学】のことだとわかってるか不明だけれど――を推し進めるためだと知っていたから、素直になれやしなかった。
それから、跡部と自分の摩擦をずっと彼女が気にしてくれていたこともしっていたから(自分が執着しない分を埋めるのはいつだって彼女だった)
「ねえ、慈郎。跡部なら……」
彼女を幸せにできる?
聞いても返ってくる答えはひとつだけだ(ずばり NO だね)
安心のために聞くのは跡部に対しても失礼だろう。
それでも、今素直に彼女を自分から遠ざけることなんてできないこともまた事実で…… 彼女を理由に、テニスから逃げたり……将来の道から逃げたりするのも間違っていると知っている。
――けれど、もう限界なんだ。
どうしたらいい?
迷いどころが多すぎて疲れてしまっていて……距離をおきたいのに、彼女だけは手放せない。
まっすぐ見て、と強要するような眼差しは……たぶんこちらが勝手にそう思っているだけなんだろうが、見透かされてしまっている分、厳しいには違いない。
「ん?」
きょとんとした慈郎に、なんでもない、といいかけて、ふっと思いついたボヤキを送る。
「ずるいのは俺かな」
跡部はに、俺のために別れろといい。その予想は勘違い半分で、しかも半分は跡部の願望でもあるから彼はそれで苦しんで……。
は、跡部を見透かしつつも俺を選んで。けど、きっと俺からいい感じで距離をとってくれるんだろう。(でもわかれるつもりはない)
「知ってるしー……お前、結構我がままだもんな」
すべて知りながら、それでも逃げることしかできない俺はやっぱりひきょう者なのだろう。
苦笑いで、に手をふって、そのまま友人をけん制しながらコートに踏み出した。
でもまさか……本当に別れることになるとは思ってもみなかった。
* * * *
「いいよ……好きにして」
どっちにしろいいの、と告げるくせに、は「跡部が好き」だなんて言い出して……ここまでで冗談、と終わる予定だったはずなのに、彼女がいつまでたっても覆さないから、ずるずると別れ話に発展してる。
「へえ、無理やりやれっていうの?」
はだけたシャツの下に手を入れても、背中にまわしても抵抗はせず身をまかせたっきり。
――これだけ熱くなるのはなぜ?
好きだから。と告げずと、伝わるほどの想いが涙となってほほを伝う。
そのくせ、絶対覆さない彼女に腹が立った。
「最後だから」
「別れてからも好きにしていいなら、別れてもいい。【跡部が好き】な間は仕方ないから」
跡部がをすきでいる……その間は仕方ないから。
通じるのだろう彼女はこくんとうなずいて……それが信じ難くも許せない。
本当は「俺が俺の問題を片付けられていない間は仕方ないから」と思っていたのに、なぜか今、自分の問題は宙に浮いてしまったかのようだ。(ただ別れることに同意できない)
「最後だから」
――させない。
絶対最後になんてさせない。
その瞬間決めた答えで、もう彼女との距離をとる必要なんてなくなったのに、何故離れることになるのか。
なんで彼女が別れるなんて言い出すのか。
……理不尽なイライラが彼女への欲と転化する。
最後にさせない、少しでも悩むくらいなら彼女もやっぱり巻き込みたい――格好つけた挙句がこれでは仕方ないけれど。
――テニスでも勉強でも、全部とれてるやつもいるじゃないか。
誰とはいわなくとも。
だからこそ、余計「彼」にまけて、選ばなくてはならないとおもいこんでいた自分が許しがたい。
熱さはもう手に入ってた。
「最後だから」
だからもっときつく。
言わないで分からせられるのならば、離れることは怖くない。
心が決まればテニスにだってもう集中できるはずだった。
なのに……
「最後だから」とこぼれた言葉の弱さに、ようやく分かったんだ。
彼女が自分のために別れようとしてること。その重さも。
自分のわがままさも。
跡部と向き合ってこないでいた、自分のおごりも、それだけ実見てた矛盾も……
そうしてふと思い出したのだ。
彼女が前に言ってた……
≪ 実は、憧れてたり、甘かったりするんだよね…… ≫
――誰に?
もうわかってる。
最後の意味が染みこんだ。
これを終わりにさせないために、
をちゃんと利用しないで、彼女だけが一番だと信じられるように出来るまで、きっちり責任をとらなきゃならないと。
「仕方ないから別れてあげるよ」
ほんのすこしの間だけ。
僕の秘密の恋は、こうしてはじめて始まった。
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