彼らの知らない秘密の憧れ

 SIDE 跡部

欲しかったのは自由な彼女だったのか、その横で笑う友人だったのか?

 *       *      *      *
「日吉か」

 人の気配に気付き、振りむかないまま横をあける。
 特別棟の屋上は知るひとぞ知る穴場だ。
 銀色のバーによりかかれば昇降口までの景色が一気に見渡せる。
 ――そういえば此所を教えられたのも滝からだったか。
 無意識に二人を探す自分を哂いながら、隣りの溜め息に意を決した。

「なんだ?
 滝のことなら心配無用だぜ。あれで終わるあいつじゃない」

「――だといいですがね」

 感慨もなさそうに日吉は「傷心中だからどうのとはいいませんが……あの人は強い癖に弱すぎるんだ」と言葉を濁した。
 口の悪いやつだ。と、思う。
 しかしそれだけじゃないことも、日吉にしては珍しい嫌味ったらしい切り出し方から感じとれた。
 そもそも日吉は忍足や慈郎など対応に困る相手は別として、基本的に礼儀正しい後輩なのだ。
 そんな彼が見れば明らかに訳知りな顔でひとりごちている。
 小さく「ややこしい人達だ」と声が聞こえては、無視するわけにもいかない。

「どういう意味だ」

 声を拾ってキッと鋭い視線をむける。
 威嚇のつもりはなかったが、ひるむだろう程度に強い目に、しかし、日吉はあっさり目を反らした。
 どうでもいい、とでも言いたげに、風にやむを得なく髪を払う仕草がかえって余裕そうだ。
 どうやらあくまで意見を撤回する気はないらしい。
 白々しく、沈黙を作ってくれる後輩に此方の方が落ち着かなくなる。
 何がいいたい、と聞けてしまえばいいんだろうが、そうはいかないポジションにまだ今の自分はある。
 そうでなくとも日吉の表情に理由が見えない。
 予想がつかない苛立ちでどうにかなってしまいそうだ。

 ――日吉が滝と親しいことは分かるが?
 だがあの日のことは知るはずがないのに何故だ?
 ……と、そう、苛立つ自分にこそ嫌気が指す。

 ――何焦ってやがる……

 脈拍が上がっているのは後ろめたい証拠だ。
 確かに、客観的に見れば自分は十分悪者だろうことも今回は分かっている。
 そしてつもりがなくても、心のどこかで望まなかったかときかれると今回ばかりは……図りかねた。
 三年を経て、あの夏と同じ夏が来て、コートでは同じような準レギュとレギュラーの入れ替わり劇が見られた。
 ただ今回は正等な方法で互角で争い……引き分けの末に部長が決定を下した。
 つまり、自分、跡部景吾が、だ。
 その結果滝はレギュラーから落ちたが、それはどう考えてもメンタル面の弱さが露呈してのことで……宍戸が再戦を挑んだ結果だ。(別のリーグに別れていたら滝は勝っていた可能性が高かった。宍戸は春に滝に一度負けている=リベンジされているというべきか)
 補欠とはいえ、レギュラー落ちはレギュラー落ちだ。
 当然といえばそれまで。

「意味は、アンタが一番よく知ってるでしょう」

 ――事実は消せない……確かにそうだ。
 滝のメンタルを考えて、彼女、に、滝と別れるよう説得したのは数箇月前のことだ。
 無論茶化していっただけだが、一時でも本気だったのは本当で、それはまさに滝のことを考えてだった。
 その結果、滝がレギュラーとして試合に打ち込む為に、彼女は結局何度も断ったそれに同意し……だというのにかえって不調になった滝が破れ、二人は別れた意義もなくした。

「俺が間違えだったとは思わないがな。
 宍戸は、相変わらず萩之介にない執着心をもってやがる」

 だから宍戸を選んだ。そこには私情も何もない。
 ――……が、もしもあいつが別れてなければ?
 そこまで圧倒的な負け方を滝は許しただろうか?
 むろんメンタルの弱い滝だから状況によっただろうが勝つか分からずと競りはしたはずだ。

 ――だが……
 別の可能性を知っている。それから、その可能性をつんだのが実は自分だということも感じているのだろう。
 そう思わないと決めている時点で、強く意識している、つまり後ろめたいのだ。

「――同情しますが、滝さんが勝つ可能性は低かった……宍戸先輩の無茶は鳳から聞いているし実際俺も見たんで」

「だろうな」

 言いながら釈然としないのは何故か。
 もうとっくに分かってしまっている自分がいる。
 朝、あの傷痕をみたときから……あるいは、彼女が別れたと口にした刹那から……
 ただ一つ気にかかるのは、何故日吉が知っているかということだったが、それも何となく想像が着いていた。

「おい、日吉、お前、とは……」

「図書委員で一緒なんで」

「変わってるだろ」

「普通とは言えませんね。年上とも思われない」

「ああ」

 けなすかにぶっきらぼうな口調はらしくなく――故に思いあたるのは唯一の可能性。
 ――そういうことかよ。
 認めるまでもなく根本的に自分に近い彼だからこそ分かる。

 ――こいつはのこと……
 分かったから言わない。
 同じならばここからは傷の舐めあいだ。
 あちらもあちらで、こちらに気付かれてること承知で、確信には触れずに続けてくる。

「軽蔑はしませんよ。あの人は男を知らないわりに、近付きすぎる。それでいてズカズカ入ってはこない。だから、ついつい……」

 適度な距離に居心地がよくなった。
 と、本心からの声を沈黙が伝えてくれた。

「チャンスじゃねぇか。そのとおり萩之介は傷心だぜ?それとも傷口に塩を塗るような真似はできねーか」

「いえ」

 俺はしない、とでもいいたいのか。
 恐らくそうなのだろう。

「部長こそいいんですか」

「何がだ?知ってんだろ。俺がアイツらを引き離した。まさか俺があの女が好きだから引き離したとでも言うんじゃねーだろうな?」

「アーン?どうなんだ、日吉よ」と、少し、威圧感を与えてみる。そうでもしなければ、日吉の質問に答えられなくなりつつある自分がいた。
 違うと分かってはいても、潜在意識のレベルでどうだったか怪しいのも本当のことなのだから仕方ない。
 否定はかえって、

「――違いますね」

 日吉が、そんなこと愚問だと、分かりきったことをいうように断定してくれることで、おさまる。

「……」

 思わず詰った言葉に、日吉は語句当たり前に、「なら尚のこと手に入れるのに障害はないはずだって言ってんですよ」と嗾けるのだが、これも
「……お前がしたいことじゃねーか」
 そう、ここまででかかって我慢した。
 小生意気な後輩は「俺はごめんだ」と笑って、顎で校舎の方ををさした。
 その先にが滝から距離を取って歩く光景がある。

「戻れといったんだよ」

 苦虫を噛み潰したようになってしまった。
 不意に自分でも気付かないような弱い声がもれた。
 彼女は少しだけ、切なそうに彼を透かし見ている。
 滝は気付いていないのだろう。
 ただこちらも無気力に哂っているのだ。

「萩之介は本気だから早く仲直りしろっていったんだ。……ただな、言うことをきかねぇ」
 愚痴なんて柄じゃないのに、言わずにいられないのは同じ気持ちを抱えているからだろうか。

「じゃじゃ馬ならなれてんじゃないんですか」

「勘弁しろ。滝萩之介の足元にも及ばない」

 だからアイツに行くべきだと告げたのだ。
 ――どうせ手には入らないのなら……か?あるいは……

「なら」

日吉はそれを待ち望んでいたかのように答えた。


「滝さんを説得するんですね」

 
 ああ、それがしたかったのかと目が覚めてくる。

 ――年貢の納めどき。

 滝に言えば全て伝わる。
 口にせずと今の時点で半分ばれたようなものなのだ。今度こそはっきりさせなくてはならなくなる。

「……ハッ、自分じゃできねーんだろ、てめぇも」とは言わない。
 
 なんでお前に諭されてんだかな?
 疑問に思うより、やっぱり納得するところが大きい。

 ――萩之介と向き合ってこなかった報いか……

  に抱いた思いがそうさせたのか、あるいはが在りし日の滝に似ていたか。
どちらにせよこうなった以上結末は自分でつけたい。
 好きになる自由は兎も角、これ以上放っておいても誰もいい想いはしない。――親友の彼女を好きだなんてドラマ、今時はやらねーし、そこまで浸れる思いじゃない。

「お前はいいのか」

 すっきりした顔をしているとはいえ、それはこの後輩の失恋をも意味する。
 だが日吉は自分より自分らしい上等な笑みを浮かべて、

「――簡単にかっさらわれる女に興味は無いんで」

 確認を一蹴してくれた。
 それから、そっと、バーを背にして、寄りかかる。
 振動がこちらの方にまで届いた。

「跡部さん、瓦屋根のうえにシーサーを見たことが?」

「なんだ?」

「番いでなきゃバランスが悪い。むしろ不吉だ」

 ――ああ。
 そういうことか。
 真意をのみ、力強く頷く。

「一緒にいないなら見ない方がマシだ」

「――同感だ」

 半身が気になって仕方ない片割れを飾りにする意味はねぇな。
  諦めるので無くちゃんと振られたうえで喧嘩なり何なりすればいい。あとは思いっきりコートで打ち合って……彼女にも文句を言う程度の関係に……いや、よそう。何もないかのような関係に戻って、たまに惚気いうなよと釘を刺す。
 ――戻れるならってのは感傷だ。
 だが……

「萩之介にはまだアイツらの世話もしてもらわなきゃならねぇからな」

 遅刻すれすれで駆け込むジローと岳人。ベランダの滝にはいつの間にか忍足が寄り添っている。

「見ろよ、あの曲者まで手懐けてんだぜ?それからお前みたいな後輩もな」

「っ」

 やられっぱなしは嫌なので最後に付け足して――慌てる日吉に礼を述べた。

「――Thanks」
 
 上等な発音は空に吸い込まれ、雲に梳けた。
 流れるままの白はそのまま気紛れな彼らを表すようだ。

「『――まだ間に合う』」

  が呟いた意味がやっと飲み込めた。
 自分もどこかで彼女に許されていたのだろう。
 大事なものが同じだから、今がある。
 裏切りにすらならない。
 は萩之介を、萩之介はを未だに特別にしている。
 互いに隠しながら、互い以外を選んだふりで誰ももう選べない。

 引導を渡すのは俺だ。
 もしくは渡されるのは――

 色付いた白い肌と、泣きそうに笑うとき滝と被る表情が胸に染みた。
 彼女だけがすきだった。
 ただ滝萩之介に象られた彼女だから……。

  それは、彼らの知らない秘密の憧れ



気まぐれに休憩中 書き上げてみたり。
 もうちょい 男っぽさをだしたかったんですが……たまにはセンチメンタルになることもあるんやで?男だってBYめがね??? という啓示が下りました。(……本当か?

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