「今日はどうする?」
柳が言い、
「いかない」
私が答える。
廊下をすれ違う数秒。
これで通じる自分達を、うらやむ数人。馬鹿にする数人。
この人からテニスをとったらもてないと信じてるからヤキモチをやく理由はない。
89パーセント。
そのパーセンテージの正しさは彼も承知。
計算 打算 + α
「そっちには行かないけど、私も用事がある」
だから待ってるわけじゃないが、一緒に帰ろう。
返事はないが、今更不安にすらなれないわな。
通じてるに決まってる。
私は柳を無視して歩き出す。
「弦一郎と打ち合わせがある。試合のことで」
後ろから追う声に、
「五時半。ニアミスまでは許す。こっちも委員会」
左手で軽く答えて退場。
うわ……
まわりに呆れられてる。
まるで果し合いのような、あるいは呆れた昼ドラみたいな二人だって。
「うーん……内情は熱いんだけど?」
「誰もそうは思わないって」
所在無く待たせておいた(というか勝手にヤツの登場と同時に私から距離を置いた)友人に、尋ねたら、本格的にげっそりされてしまい、ますますへこんだ。
後できいたら、逆サイドの廊下、柳も真田に、「何が悪いんだ?」ときいて、「けしからん」と怒られたらしい。
ついでに「健全だろう?」とやり返したため、「柳生(言うまでもなく私に騙されてる)とお前の趣味だけはわからん」と呆れられたとか。
「遊び人が好きなのか?真田よ……」
「は?、あんたなんか悪いもんもんでも拾って食った?」
いや、そういうんじゃなくて……。
なんというか計算そのまま、清純そのものに見えるはずだよね?私。
柳が私を好きな理由はソレ。
私が柳を好きなのも、ほどほどに優等生風なところ。
そして周囲は首をかしげる。
「なんでカップルなんだ??似合うが、何だか可笑しい」とは彼らの言い分。
冷めて見えるらしい。
どこが?
* * * * * * * *
放課後の図書館。
使用方法はいろいろでも、漫画やドラマのように人がいたり、人気がなかったりすることはない。ほどよい人のいり具合。
六人ってところ。……半端でいやだけれど。
もうしめる時間だから、そろそろ退散して、司書さんが見回る前、閉館三十分間ならばたぶん三人。委員会関係(係)が私ともう一人。残りは偶然居合わせる常連さん。
悪くない環境にクスリと笑みをこぼしかけて、私は堪えた。
念のため、書庫にもぐりこんで、ドアに細工を施した。
図書館の扉がCLOSEDになっても逆側、書庫のドアから出入りが可能になる仕組み。
全てのチェックをしてから、司書さんを呼び出すのは私の仕事。
これは必要なことだから、何か言われる所以もない。
ヤツがここの鍵を持ってるのは決して偶然でなくても……私が渡していないのだから、問題にはなりえない。
「」
数分後、運動後のジャージ姿で柳がやってきた。
軽くシャワーを浴びただけの身体からはまだ湯気が昇っていて、何だか面白い。
バッグを下ろすか否かの間に私はその腕を取った。
「あったかい」
「運動してきたからな。こっちは熱い」
書庫に滑り込んだ大きな身体を止めて、何とか狭い書庫に二人分場所を確保する。
抱きついてしまった方が手っ取り早いし、体勢的にも楽なのだけれど、そうしない方が楽しいし、私たちにはこの曖昧な距離こそが必要だったから。
「さて、しようか――」
秘密の時間が始まる……。
* * * * * * * *
「ん……」
「なるほどここはこうなってるのか」
「やっ……ちょっと早く……どうにか……」
「待て、。俺ももう……」
声だけきいていると妖しいことをこの上ないことはわかってる。
だが、期待されても困る。
種証してしまえば馬鹿みたいなこと。
コレは書庫の手入れだ。
中には膨大な書物(学園関係秘密書類もまぎれてる)。
柳と私が目をつけないはずがない。
抱きついてしまった方が都合がいい場合もあるが、今はかなり高いところまで続いている棚の二階を私がみている状態。
柳は一階で、私が渡した本を見て、必要なければ返していく。
早い話が肩車だ。
制服は当然スカートだから少し恥ずかしいが、躊躇はなくなった。(今まで何もなかったし、誤まって見つかる確率も高すぎた。
危険回避は合言葉だ。
そんなスリルよりも、もっと上を狙いたい。
と、思っていたのだけれど――。
うまく、荷台(がわりの柳)を飛び降りた私に柳が一言。
「今日、弦一郎と話していて思ったんだが、お前は計算なのか?」
「何が?」
それがたぶんきっかけ。
そして……
「っ……」
キス。
「確かめるか……」
「なっ……」
ヤツの言い分がさっぱりわからなかったのは始めてだったと思う。
それ以上に突発的なことに逆らう気もうせて、呆然と手繰り寄せられる手に身を任せるだけ。
挙句に「なんだったの?」ときいたら、「さあな?」と返された。
こちらは計算を働かせてないよ?
始めて、負けた気がした。
* * * * * * *
「へえ、先輩、それで俺んとこにきたんすか?」
「違う」
正確には柳のいる予定だったところへだ。
彼は一足早く部室を出て、珍しくこの苦手な後輩が捕まってしまったのだけれど。
ちなみに当然だが、キスの後のことは秘密。
それでっていうのは柳を探しての意味。
「即答、ひでーよ」
「じゃ、切原君。何を教えてくれるのかしら?」
「柳先輩の答え」
「……柳の?教わるようなことないわよ?」
「別れたんでしょ?なんか珍しくかみ合ってねーって噂が朝から」
「……はい?」
そんな覚えはない。
反芻。
あの後会話はこう続いた。
『お前はそれを計算でやってるのか?』
「何それ?」
『そうか……(以下何か考え込んだ様子で無言)』
+KISS+α。
……ここから柳を推察しろといわれても、さすがに参った。
お手上げだ。
でも、これだけは確実。
だから切原のあほ(阿呆に降格処分決定)に言う。
「なら帰り際にキスなんてしないと思うの」
優しかったし。
何だかよくわからないけれど、やたら滅多ら甘やかされてる気がしたし。
「は?」
ふと、トリップしていた頭が冷えて、目の前を見れば、呆けた顔の後輩。
「え……?切原君?」
素が出た?
というか、出来るだけ優等生面してたかったのに……もしかして口走った?
いやそんなはずない……。
今時キスくらいはOKよね?
ただし、真田基準に引っかかるなんて知られたら、
「不潔です」
「や、や、柳生君?」
そう、この人がこうなる(般若の形相・通称『マナーと紳士淑女の嗜みの鬼』)。
今の会話きいてたりしないわよね???
いなそうだと判断(90パーセント確実)。
即、一言、インパクト勝負で、
「ショッキングなことを聞かされて思わず、繰り返してしまったわ……」
少し声は裏返ったが、切原の意識が戻る前に私は話を進めることに成功。
「そうなんですか。では言い出したのは……」
「げっ」
切原ゴメン。
まあ騒々しい人間が助かるから哀れみは形ばかりでしかないのだが……。
そして、戻られた紳士が問う。
「珍しいですね」
「ちょっと柳を探しに」
「それならば……」
紳士は後ろを指し、後ろには……
「」
その人がいた。
* * * * * * * *
「あれ、もしかして計算?」
「何がだ?」
柳は首をかしげた。
珍しい。
ようやく答えにありつけたと思ったら今度はこれか。
昨日の理由はこちらを脅そうと思ってのことかと思ったのに、そうじゃないらしい。
ヤキモチやかせようとでもしたのかなぁと馬鹿なアイディアを思いついた自分が悔しい。
柳がそんな馬鹿なことするわけがないのに、よめないなんて。
もういいや。
取りあえず、感想だ。
別れてないことだけは確実で、こうしてすぐに(条件反射?)手を差し伸べてくれる彼は計算であっても私のものなのだから。
「ドキドキした」
「……?」
「柳が何を考えてるのか初めてわからなかった」
「ああ」
アノトキだけじゃなくて、今も、その前も。
いつも冷静だった分だけ、狂った座標に無駄に跳ねた鼓動を覚えている。
心電図みたいな、その軌跡はまだ続いていて、柳生君の目を気にしながらも(この辺の計算高さは絶対失えない)柳に精一杯近寄った。
本当の意味では初めてでもなんでもないのに(未遂だけどそういうことがなかったともいえない、当然柳とだけど……)何がこんなに苦しいとも付かず、私はヤツを覗き込む。
「こっちもなんだが……」
「へ?」
「計算づくで全てこなせるお前だから…………のは計算だと思ってたんだが」
「何?聞こえな――」
「あ、あの……ちょっと二人して部室でなんて話を……」
あ、柳生君いたの?
どうするよ、柳?
「不潔以上に無粋も嫌いだと柳生は言……」
「言いませんが、真意は伝わりました。出て行きますよ」
口癖有効活用。
柳にポイント有り。
柳生君は出て行った。
残されるのは二人だけ。
柳と私だ。
* * * * * * * * * *
「「あの……」」
「なんだ?」
「いえ、そっちから」
「いや、の話をきいてから……」
会話のペースが崩れたままだった。
いつもなら数文字でわかるのに、何これ?
「俺は今が考えていることが当てられないらしい」
少しして、柳がそう切り出した。
「奇遇。私も今柳の考えがわからなくなってるの」
次は私だ。
そのまま続けるんだ。
……この辺のペースはわかるよ?
「切原に言われた。別れたのかって。……不覚にも動揺したみたい」
「気を回しすぎたか?」
「かな?今、柳が私を好きなのはわかってる……大切にシテくれたし……」
「………」
顔が赤くなっている自信もある。
コレも今までなかったことで、戸惑った。
何って……柳まで微妙に苦笑してる。(珍しい)
「……はっきり言うと怒られる予想(70パーセントだ)がついていて言いづらい」
柳は何もいえなくなった私をそのまま引き寄せて、今度はしっかりたたせ(無言でしゃきっとしろといわれてる気分になって私は気をつけの姿勢をとった)一言コメントした。
「どこまでが計算で誘ってるのか、図ってみようとしたんだが……」
ハイ?
世界ストップ。
あまりに動揺しすぎて、ヤツが何を言っているのか分からないに違いない。
もっと深く計算して……
「計算はやめておけ。素直になっただけだ。……言葉はともかく【+α】は」
「……それって……」
私の頭脳は急速回転。
柳の昨日の心情を再現していた。
柳は、あの体勢でいつまでもつか、私が試していたのだと思っていて……
それで毎放課後仏頂面で、スリルを楽しむどころか自ら我慢の苦渋をしいて、その秘密を暴こうとしていて……
とうとう答えを聞いたはいいが、計算ミスで自分の方が持たなくなったと?
……そんな都合のいい話…… 私の妄想よね?
私はそんなふうに思われる柄じゃ……
「(答えは)もう確かめたからな」
「ならなんで私がわからないの?」
「直接聞かないとわからないこともあるそうだ」
「それが今?」
「告白はお互い気持ちが確実だと思っていたから、いつの間にか『付き合う』ことになってスルーしていただろう?」
「そういえば」
言った記憶も言われた記憶もない。
これで彼氏彼女で通ってしまう環境も自分達も相当間違っていると思うが。
事実、それで問題なかったし。
不安になどならなかった。
触れる許可も、キスも何となく……。
その後も……。
でなんで今更?
「わからなかった。だから、聞いてきた」
「データ収集で可能な返答だったの?」
「らしい。一番簡単なのに何故わからんかと怒られた。弦一郎曰く、それが本当の恋というものだと。あんまりに真剣に言うから思わず聞き入ってしまった。計算だけで相手が読めないからいいそうだ。恋愛ならば手管があり、計算で制覇できるがそうもいかないのは何故だろう?と聞いたらはたかれそうになった」
「……ぷっ……」
真田が大真面目な顔で恋愛をとく図を思い描いて、私は思わず吹き出してしまった。
でも、そうか。
それもありなのか。
阿呆みたいな計算と打算ごっこの目的も、よく考えれば柳と私の間だけでは「どっちがよりすきでいるか」だったり「より相手に好かれるか」だったりするわけで……痴話げんかだの惚気だのに他ならない。気づいて、愕然とする。
時に、急速にドキドキし始めた鼓動やら、展開が読めずはらはらする行動も……納得してもいい。
「ね、わかったんだけど……」
私は身長の高すぎる柳の首根っこをつかんで、出来るだけ近寄せると耳元に囁きを落とそうとし……
逆に捕まってしまう。
吐息はなくても、色気もなくても、一言、
「あの瞬間、ようやく恋に落ちたとお前は言う」
100パーセント当てるつもりの柳の声に。
相手を見失った瞬間にこそ落ちるから、恋は「盲目」というのだろう。
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オマケ
「今日はどうする?」
柳が言い、
「いかない」
私は答える。
廊下をすれ違う数秒。
「そっちには行かないけど、私も用事がある」
「六時。正門前」
柳は去っていき、
「了解」
私も左手で軽く答えて退場。
まわりに呆れられることがなくなった。
だが……前以上に、引き気味で見られているような……
「先輩!」
「切原君、一体何?」
横から飛んできた彼に聞いたら、周囲の反応の理由がわかった。
「最近、ヤクザと情婦ごっこしてるんすか?」
「え?普通に優等生のままにみえるはずじゃ……」
「まあ、先輩達、もともと無駄に分かり合ってるっていうか、最近益々通じ合ってるってやつっすよね?」
いえ、逆にわからない部分が出来たんですが……。
「やたら視線が熱っぽくて妖しいって噂っすよ?」
そして私は首をかしげる。
「なんてカップルなんだ??似合うがまずいだろ」が周囲の言い分?
アダルティに見えるらしい。
どこが?
E N D
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