いたちごっこにピリオドを@

 淡々とした素振りながら、今日の私はがやっぱり異常だった。
 午後の練習後はものすごく会いたくなかったのに、観月が教室の前で待っててくれたくらいのことで(そりゃ初めてだけど)馬鹿みたいに嬉しい。
 自分を阿呆だと思う。
 ルドルフから帰える途中はもやもやした気分を引きずってたが、こうして並んで話して、観月が好きだなぁと思ったりして。
 それが恋なのかどうかとか、あんまり考えたくなかったが、そのせいだけじゃない。
 私は既に選んでる。
 現状維持。むしろ退行することを。

『綺麗なお姉さんで居ていいですか?』

 判りにくく投げかけたら、観月のやつがあまりに痛々しい表情でこちらを見た。
 意地悪半分に聞いた質問の答えも拍子抜けするほど素直だったから、私のお礼の意味も知らずに顔を引きつらせた観月を見てみぬ振りした。
 マフラーを直してあげて、肩に触れた時間がやけに長く感じたことも、代わりに直されて首に触れた指先の冷たさも、ついでに無視した。

「もう少し先まで送りますよ。最近変質者が多いですから、貴女とはいえ危ないでしょう」

「一言余計」

「んふ」

 一度話題がいつもどおり戻ってしまえば空気も悪くなく、どっちかっていうと穏やか。
 観月は別れ道を越してもそういって着いて来て、そのまま悪くない沈黙が続いた。
 駅に後後数十メートルでつく辺りになって、妙に悔しい気がした。
 少し惜しい気がするのはこの先観月と二人で歩く時間がもっと短くなるからだ。
 今日みたいに特別じゃなくても。

「そうそう、今日塾の時間振り替えた」

 思いついたかに、私は話しだす。 
 つい先頃、塾のクラスを振り替えてきた。
 英語以外――つまるところ観月と被る場所を。
 ただ全部は極端だし、それもまたそれで「何か違う」と思ったから、隣の席のやつだけ。
 一番話していた数学の授業だった。
 グレイド(レベル)の同じクラスが二つあったから、そちらを志望した。
 時間の都合だと嘘を付いたとき、先生が「無理するなよ」と声をかけてくれたのは何を察してなのだろう。
 大人の勘違いだとは思っても息がつまりそうになった。

「知ってます。先生と話しているところを通りかかりました」

 振った会話を観月はスルーしようとした。
 私もそれに付き合って、小さく口の中で「それだけ……」とぼやいたが、そしたら余計に寂しくなった。

「他でも会えますよ」

「……うん」

「帰りも送ります」

「それは……」

「危ないですから。それと、

「何?」

「無理に避けるのも不自然です。それより、貴女は忘れ物をどうするつもりですか?どうせプリントとかノートとか消しゴムとかシャーペンとか……そのほか諸々何だって忘れて近所に迷惑をかけるのでしょう?……クラスなんて変えようものなら誰に被害がいくことやら。同じクラスの授業だけはせめて他に迷惑かけないで下さいよ?」

「……観月にはいいの?」

「忘れないようにしなさい」

 その通りですね。
 言おうと思ったのに笑えない。
 だが観月は気にしてないみたい。
 スタスタ、さっきから同じ速度で歩いてる。
 実はいつもよりちょっと遅いが、それも私のせいだろうし。
 意地っ張りな私としては、さすがにこれ以上スピードを落とせなかった。
 何だかなぁ。
 最後の信号のところに来るまで結局、また無言だ。

「そうそう」

 今度は観月だった。
 思いついたように私に言う。

「伝達が遅れました。次の休みは部活はありません」

「明後日?」

「塾も休みです」

 いいのか?それ……
 そういう意味で。
 ためしに聞いてみる。

「そっちには行かない方がいいよね?」

「寮に残る連中も多いですしね。……どこがいいですか?」

 『 どこがいいですか? 』
 当たってたんだ……。
 私は喜ぶ以前に吃驚が先に立つ。てか仰天。

「いいの?試合、まだ一つあるんでしょ?それに勉強……内部入試、させられるって……」

「親善試合に興味はありません。負けたから試験があるのは承知ですが、僕がパスしないわけないでしょう?」

 でも……と口を開きかけたら「んふ」と観月は笑って言った。

「決まりですね」

 信号はとっくに青になってたが、私たちはそのまま左に逸れて、「青学とルドの近く抜かすね」だの「塾の付近は止めた方がいいでしょう」だの、今までしてきたみたいに(そんな暇今までなかったのにも関わらず)なれた様子で話を詰めて、

「あ、そう!あんまり交通費、かかるのも駄目ね」

「ならお宅に向かいましょうか?」

「え……」

 それはマズイ。
 家族がいます。
 目立つし、恥ずかしいし。
 慌てた私を楽しそうに見て、観月様はのたまった。

「冗談です。……近くにシネコンがあったでしょう?割引を赤澤が持ってました」

 つまり映画を見ようと?
 うちの最寄の駅で。
 そんなマイナーな地区のものを……? 

「なんで持ってるの?」

「寮の付近にもあったでしょうが、同じ系列の映画館」

「寮の……ってことは赤澤のご近所ってことか」

「そうなりますね」

 素直に信じれば観月はそれを何らかの方法でうまく赤澤からとりあげたってことになる。
 ――どう巻き上げたんだか……。
 想像すると笑えた。
 もっとも、可能性の高いのはどちらかというと、それを口実に別の手段で入手することなんだが、真相をそこまで深く知る必要は目下ない。
 ただ、見せてくれたチケットは話題のファンタジー映画で、数年前、分厚い本と格闘してた観月を思い出させた。
 あの頃はまだろくに話もしてなくて、
『四回目ですけど、これだけは手放せなくて』
 そう笑っていった言葉をきいたのはもっと後、再読に励む彼からだった。
 作者の親友も著名な作家で、私はそっちも好きだったから意地を張ってそちらの優位を訴えたが、実のところ連続公開される映画を毎年楽しみにしてた。原作も、観月と同じく、全ての地名を覚える程度にははまってたから。
 そんなところまで調べたとは思えなかったので、

「観てる暇がなかったんです。貴女もでしょう?」

 聞かれて恐々としながら頷いた。
 
「練習につきあってたらすっかり忘れてた。それだけは行こうって決めてたのに」

「では明後日。午前九時半駅前で」

 評判と休日を考えて、早めの時間設定。
 最寄の駅は恐らく遅刻常習犯の私を危険視してのこと。
 観月の思考が読めてくる。
 信号を渡りながら、観月の方を見てたら、

――」

 突然下の名前を呼ばれた。

「何?」

 自分で驚くほど自然に答えられたと同時に、表情も内心を移さなかったようだ。

「反応が普通だ……。何で何も言わないんですか?」

 かえって観月が動揺する。
 可笑しい。

「赤澤にきいたから」

「なっ……」

「知らないでしょ?中等部の受験のときからずっと数学は同じクラスだったこと」

 なのに、観月は「とは昔馴染み」だといった。
 最初に会った頃はそう呼んでたって。
 平静を装った私に対して、観月の動揺は広がると踏んだが、そうは問屋がおろさないようだ。
 彼こそ冷静に、

「知ってます。120人いるクラスでした」

 事実を言って、反対にこちらをぎょっとさせた。
 「んふ」と思わせぶりに笑う。

「……後から知った情報ですよ」

「騙された……びっくりしちゃったじゃない」

「じゃあ、黙ってた方がロマンティックでよかったかもしれませんね。でも、貴女にはどうせばれますから」

「うん。その件だけはごまかせないね」

 観月を好きな友人に色々協力させられて、教え込まれて――その間、結果として私は観月ばかり観てたことになる。
 相手の視線に気づかぬはずがない。
 勝ったつもりでほくそ笑んだら、観月はますます楽しそうに声をたてた。

「僕の観察は楽しかったですか?」

「なんっ………」

「最初話すまでは当然分かりませんでしたよ。人数が多すぎましたし。でも、知り合ってからも貴女は話しかければいいのに躊躇して、なかなか話そうとしなかった」

「だってそれは――」

 それは、観月が――
 言いかけたが辞めておく。
 代わりに、赤澤たちに教え込んだ偽物のエピソードを伝えた。
 『名字と名前を間違えていた』という説だ。
 観月はただ頷いて聞いていた。

「あれは失敗でした……」

 感想は一言だけ。
 何でとも何を話したとも言わない。
 後悔してる事実は明白で、推測どおりだったから、私は敢えて突っ込まなかった。

「明後日、寝坊したら先に行きますよ」

 話が変わる。
 バスターミナルを越えて、駅が見えてきたから多少急ぎで打ち合わせを始める感じだ。
 私も焦る。
 立ち止まってしまったらいつ帰っていいのか、タイミングが図れそうもない。

「しないって」

 それでも口答えしたら、観月は各段に機嫌よくなった。

「さもなければ家まで迎えに行きますよ」

 ――相変わらずこういうときだけ上機嫌なヤツ。
 冗談だと分かってても、のせられてしまう。

「やめて……」

「顔、真っ赤ですね?」

「……からかわないでよ」

 本当頬が熱い。
 手をあてて、何とか恥ずかしいのをごまかそうとしたら、

――」

 低めの声で呼ばれた。

 ――ズルイ。
 これこそ反則だ。
 私は口を閉じる。

「明後日までの間だけです。この呼び方も」

 観月は言った。

「『部活のときは駄目ってだけ』じゃなかったの?癖なんだから、時々は出ても可笑しくないのに」

 あてつけに恨みまがしい視線を送っても、彼はちっとも答えてなかった。
 少し寂しそうな顔で、

「これじゃ、かえって意識させてしまうでしょうから」

 誰を、とは言わず、答えを示す。
 もしかしたら私を、なのかもしれない。
 観月の考えで読めないのはそこだ。
 私は観月にとって、それなりに特別なのだとは分かっても、私が観月を好きだから特別になってくれてるだけなのかもしれない。
 この先私が観月を好きにならないように――。
 少なくとも裕太の前では好きな素振りを見せるなと牽制してるのかもしれない。

「貴女が呼ぶのもかまいませんよ」

 ――はじめ。
 名前のことだ。
 すんなり出てきた。
 でもいいのか?
 ――それ、私が君を特別っていってるのと同じだよ。

「期間限定ならかまいません」

「明後日まで?」

「ええ、そうです」

 駅に入る。
 大き目のターミナルだから、改札まではほんの少しの猶予。
 私は、改札に吸い込まれていく自分と、観月をファーストネームで呼ぶ自分がどこかで重なった。
 楽しい時間はすぐに過ぎてしまう、というフレーズが頭の中を舞った。
 
「なら、やめとく」

 明後日までだって、何度でも唱えてしまうだろう。
 ましてや本人相手に投げかけてしまえば口癖になってしまう。
 それに観月はやっぱり観月だと思いたかった。
 「観月」のままでも、ずっと見てたいし、一緒にいたい。
 素直に思ったら、ますます頬が火照って、巻いたマフラーが不要に感じられた。

「その方が無難かもしれません」

 観月はまた意地悪く笑った。

「貴女は顔に出やすいですから」

 ――好きだって、決め付けないでよ……
 言おうとしたが、天邪鬼な私ではそれこそ告白になってしまう。
 好きでいてもいいのか?聞きそうになってしまう。
 慌てて、口を閉じた私に、

「風邪引きますよ」

 改札への道を促して、観月はいつもの如く嫌がらせを続けるのだ。
 でも、決して普段のままは行かない捻った意地悪――。

?」

 耳元に囁かれた。
 ――この人、絶対面白がってる。
 分かったところで喉に詰まる思いや変化する顔色は変えられやしないが。
 むっとした顔だけは作っておく。
 虚勢も必要だ。




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