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その日は快晴だった。
駅前に着くと十分前行動基本の観月は既に改札前に居て、
「時間通りですね」
イタズラに笑った。
ダッフルコートと、タートルネックはごく普通のチョイスだ。
珍しくまともな格好(言っちゃなんだが毎度結構スゴイのも有名)で、格好よさも倍増し。
いっそ花柄のワンピースで来いやと思わないでもないのは、突き刺さるような周囲の視線のせいだったりもする。
気分を紛らわし、お決まりのむっと拗ねた顔で答える。
「目覚まし四つセットしたの」
「四つで起きられたんですか」
駄目だ。つきあって喧嘩してるなんて勿体無い。
慌てて話をまた切り替える。
「……にしてもいい天気。今日こそテニス日和なのにね」
「今日はテニスの話抜き」と息巻いていた自分が話をふってしまう羽目に陥った。
まあ本当に、それくらいに風と日の照り具合が絶妙だったのだ。
そして、逆に、話を切り上げようとしたのは観月の方だ。
「練習しても、あるのは親善試合だけですよ?」
けれど、ふと気になった私が話を引き戻してしまう。
「うん。でも本気でやるんでしょ?……例えば強いチームにしてもらって点数稼いで」
「え?」
「あれ?考えてなかった?どうせ成績はクリアできるんだから、足掻いてもいいじゃない?計算なら切捨てかもしれないよね。でも打算ならそこはしておくべきところ」
「そうですね」
観月の表情が思考モードに入ったことを示す。
この顔を眺めるのが好きだ。
こういうときの観月は集中していて視線に気づかない。
存分に観察できて、一石二鳥だった。
周囲はこれをクールな横顔とか綺麗な顔とか評するんだろう。
――どっちかっていうと可愛いのに……。
じぃっと見つめられても平気になっちゃう様子は私にとって無防備でしかないのだ。
「隙有り」
手をつなぐのは恥ずかしいから精一杯の勇気で、コートを掴んで、ぎょっとした顔の観月を笑った。
「時間。ぎりぎりになる。急ごう」
言って、直ぐに手は離したけれど。
* * * * * * *
映画館に入るとすぐ右奥のチケット売り場に並び、券を指定席に引き換える。
全席指定のシネコンは楽でいい。
ちょうど十分間前だったので、パンフレットと飲み物を買って劇場に向かった。
着慣れた映画館がワクワクするは毎回だけど、今日は特に隣に居る人のせいで鼓動が早い。
「なんか変」
「何がですか」
「地元に観月がいるのが」
「二人で休日一緒にいる地点でありえませんね」
意地悪なことを言って、観月はパンフレットを開くがぺらぺらめくるだけ。
内容が読めていないのは明らかだった。
指摘したら「映画を見る前に見たらつまらないでしょう」と屁理屈が返る予想がつくから、私は口を閉じ――開幕までの数分、こちらの視線を感じてますます集中できなくなった観月を眺めた。
やがて映画が始まる。
数時間にわたる長編が終ると、頭の中はぼーっとするし、映画の余韻以外の感情はゼロ。
私は完璧に楽しんだあげく、ちょっぴり登場人物に貰い泣きさせられてしまった。
タイトルバックは最後まで見る主義だ。
隣に人が居ることも忘れ、じっとエンドロールを見ていたら、ラストまで見たところで、
「文句のつけどころもあるが、及第点だ……」
感じ入った呟きに耳が逸れた。
どうやら必死に眺めてたのは私だけじゃなかったらしい。
その後、私達は食事をしにファーストフード(といっても、一ランク上目の。モスとかフレッシュネスとかね)を狙って、町をうろつき、適度にすいた店を見つけて、窓際に席をとった。
長時間滞在に有効な奥で、レジからも見えにくい場所。
もっぱら話題はさっきの映画だったりして、
「なるほど始めてのデートで映画を選ぶ理由も分かるわ」
「なんですか急に」
「そういうデータないの?……だって、ほら。あんまり話題のない人たちにはうってつけでしょ?」
推測を語ったら、
「共通項がない人たちにはそうかもしれませんね。でも僕らは共通項だらけですよ」
――デートじゃないのに。
突っ込んだらきっと半端な空気が流れてしまうから、私は
「共通の知人とか?休日に赤澤の話なんてしたくないよ?」
と笑ってごまかしておいた(ごめん、部長)
その後、だーねの可愛い子好きの話やら木更津の鋭さやらに話が飛んで、夕方になるから本屋に寄りたいとどちらからともなく言い出して……。
本屋を目指した。
ちなみに言うまでもないが、その頃には名前呼びに馴れてしまって、一々ドキドキはしなくなったのだが、それでも――
「」
不意打ちの呼びかけは時折心臓に悪い。
「逆でしょう?貴女の地元なんだからしっかりしてください」
「……ひさびさなの。学校と塾の往復で本は調達できるからこないですむから」
文句も馴れてる分、聞き流せるものだから、一度早くなった鼓動が戻らない。
「行きますよ」とまた速めの速度で歩き出されて、私は急いで観月の後を追った。
* * * * * * *
「ここは専門書も多いんですね」
「うん。まあここらじゃ一番の店の本店だしね」
「で、貴女は漫画ばかり買うんですね?」
「本も買ってるっしょ?」
「読書好きなのは知ってますが、普段どんな本を読んでるかはしりませんよ。歴史ものとファンタジーについては話しましたね」
「それで十分じゃない。何?何か新しいもの読みたいの?」
文庫のコーナーでの会話。
図書館じゃないのに、声を潜めるのが本屋での買い物の可笑しさ。
そう大人だらけでもないところなのに。
観月は少し考えてから、「やっぱりない」といい、観念したように、
「お勧めを教えて下さい。僕はネタがつきました」
「じゃ、交換ね」
それから私は観月にミステリーを薦め(好きそうな洋物。ペーパーバックスで買うのは避けさせておいた。英語得意でも、その本は相当マニアックな法医学単語が混ざりすぎてる)、観月は私に最近読んだといって、簡単な新書を薦めた。
シャーロックホームズ好きだってこと知ってたのかな?
有名なシャーロキーアンが著作で、私は喜んでそれを購入した。
観月も会計を済ませ、外に出るともう暗くなりかかってる。
時間がたつのが本当に早い。
「門限は?」
「八時。食事は七時四十五分ですが」
「じゃ、そろそろ解散しとこうか」
観月は地元の人じゃないし、学校の友達はいるだろうが、部活仲間ほど仲がいいか分からない。
食事にいないのは不自然だろう。
うちも用意されてるだろうから、名残惜しいけどここまで。
「そうですね、でも駅までは送ってくださいよ」
「何それ?」
「より僕の方が危ないでしょう?」
「うわ、むかつく」
「んふ……それにここは貴女の地元ですよ?」
「……はいはい」
駅までの距離はそうない。
それをうまく迷わせて、時間稼ぎしてもいいってことだろうか。
綿密な打算は、観月の好むところだ。
女の打算は嫌いでも、今回は許してもらえると踏んだ。
逆方向にならないよう、時間も見つつ……
私は歩き出す。
瞬間。手が掠った。
そういえば、いつも手袋してる観月がなんで最近していないんだろう。
――……やめた方がいい。考えるな。
冷たい指先。
掠るのは二回目。
合図みたいに思えた。
話がなくなった今気まずくもなりたくなくて、指じゃ鼓動が伝わってしまうから、何故か私は腕を掴もうと思った。
なのに、腕に置いた手に観月が手をかぶせた
――振り払われてしまう。
思った途端、指先はするりと全て包まれて、そのままつかまれてしまう。
手を繋いだ。
観月を見たが、観月はこっちを向こうとしない。
「冷たいですね」
「寒いのに短めのスカート履いてきた私が悪いんだよ……」
「そうですね。もう少し考えたらどうですか?」
やっぱり意地悪なままだ。
観月の好きそうな雰囲気の選んできたのに。
あそこまでゴージャスじゃなくてもドレッシー系の。
悪態はつくのに、手を離さない観月を、それでも意識したりして……
――馬鹿みたい。
観月がどういうつもりなのか分からない。
特別って思っていいのかどうか、図りかねる。
それは向こうもきっと同じ。
私は好きだとは一度も言っていない。
……どの道、これで最後なのだ。
「もう少し話してたいでしょう?」
――無駄に優しいし。
いたちごっこだ。
わかんない、観月が何かんがえてんだか。
これで手切れ金のつもりなのかもしれない。
好きになるなと遠まわしに言われてるような気もした。
「うん。それじゃ一つだけ」
繋いだ指はそのまま駅が見えてきても離さずに言う。
「試合、真面目にした方がいいよ。足掻いて」
「慈善試合ですよ?」
「うん。そういうと思ってるし、ソレ分かってる。けどお願いだから」
学校側としては観月ほどの逸材を消すのは惜しいはず。
試験手続きが面倒でもめてるとすれば、慈善試合で結果を残せば無理やり繰り上げてくれるはずだ。
そうなれば観月以外の補強組も(偏差値すれすれのやつとかも)上の試験ナシであがれるかもしれない。
観月は甘い考えだと思うだろうが、家に教育関係者がいる私には別に見えてる部分がある。
単純な情報量の差だから、知ってれば観月も同じ答えを出すにちがいない。
「が言うなら」
しかたなさそうに観月は言ったが、きちんと計算してくれるはずだ。
それから、私はもう一つ付け足した。
改札まで数メートル。
「後一つ、お願い」
「何ですか?どうせ貴女も試合に来るでしょう?」
「馬鹿。その日、こっちは授業よ。平日だもん」
「あ……」
分かってなかったらしい。
観月も緊張してる?
テニスのことじゃなくて悪いなと思いつつ、それくらい許されるかと考える。
絡ませた指は動かしたらきゅっときつく反応してくれてるし……。
変な汗を掻いてて恥ずかしいぐらいだ。
ミスに気づかない振りしたら、観月はその間にもうSUICAを取り出してて――
――あと少しだ。
そう思ったら、自然に声が出てた。
かなりくだらないことだったと思う。
「今日までは許されるんでしょ?」
「ああ」
「それ」
「いつも呼んでましたよ。部活以外では」
「嘘つき」
「本当です」
観月は「んふ」と笑った。
意地悪でも嘘つきでもいいと思った。
「。――これでいいんですか?」
名前だけでってことか、何をさすのか、もう深読みもできなくなってて、必死に響いた声を忘れないようにと顔を近づけたら、軽く頭を叩かれた。
触れられたというべきかもしれない。
「」
耳元で言われたとき、髪に触れたのはそのため――私を引き寄せる代わりだったかと気づいた。
刹那、離れてしまったから遅いのに、後から『意味』に顔が熱くなる。
「名前で呼ばれるの嫌いだと思ってた」
「そうみたいですね。友達にもそうさせなかったでしょう」
「そ。でも、限定なら悪くないわ」
「今日一日耐えてたとでも?」
そのわりに嬉しそうでしたが?と観月はしたり顔で言い、そういう意味じゃないんだけど(観月限定ならいいのに)とこちらは思ったのだが、ふと思いついて、
「さあ?」
意地悪で返した。
当然、相手は堪えた表情を見せなかったけど、
「、気をつけて」
別れ際に、
「『はじめ』こそね」
驚いてSUICAをずらし、改札にひっかかりかけた観月をみて満足した。
自分で自分がむかつくくらい。
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