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学校は元からどうでもよかった。面倒だし。
それなりにいい子もいるから交友関係に悩んだり、成績もいい方だからそれで問題になったりしたことはないが、退屈だ。
でも、嫌いってほどじゃない。
ただ、観月が居ない時間がどんどん色あせて感じる。
従姉に、前、そういう時期ってあるらしいと聞いたから、まあそういうもんかもなぁと適当に過ごしてる。
でも、一番の憂鬱はヤツだ。
別に本人はどこも悪くないのだが、不二周助が目に付いて困る。
裕太との連想で困惑する日がくるなんて思わなかった。
そもそも私がこうなってるのも馬鹿兄貴こと不二が悪いような気にさえなってくる。
が、八つ当たりは本分でないので、大人しくクラスメートやってる。
特に避けるでもなく。
別に嫌いじゃないし。むしろ話は楽だから。
クラスでそこそこ仲良い子はすぐ後ろの席だったから、休み時間は大抵そこで潰す。
ただ、哀しいかな選択の授業の知り合いは不二だけだった。
話しかけるともなく会話になるのは隣の席の性。
女の目が痛い。
「裕太が一日だけ帰ってきたんだ」
不二は笑った。
嬉しそうだね、兄貴。
すっごく仏頂面になる裕太の顔が目に浮かぶ。
「そうなんだ。ふうん」
――ま、休日だしね。
話は終えられる。
無理に不二が続けなきゃ別の話題になるのが常。
「、昨日映画行った?」
唐突かつタイムリーな話題にドキッとした。
「なんで?」
「さっき、友達と話してたじゃない?あのショートカットの子……聞こえたから」
「そうそう、今話題のファンタジー。好きなのよ。……でも、ミーハーじゃないよ」
嘘をつくとき・ごまかすときの秘策っていえば、前に観月と話したな。
『一筋の真実を籠めましょう』
それからなんだっけ?
――出来るだけ自然に?
本当は口数が多いのも却下だが、本来からおしゃべりな私だからこれくらいでいいだろう。
ついでに付け足す。
「不二も原作好きでしょ?読んでたの見た」
「珍しいね。公開前だから普通気づかないよ?そのうえ洋書だった」
うまく話題転換。
……そもそも映画行くこと自体、部活やめてからはしょっちゅうだったから(ルドに手伝い行くまで)私の会話の内容には即してる。
「うん、でも見たことあるし」
「観月の?」
――おい、兄よ、その展開はどうかと思うぞ?
思うが動じないよう続ける。
「私も読んでる」
しまった。遠まわしな肯定になってしまった。
まあ、まさか一緒に行ったとは思われてないだろう。
私は手持ち無沙汰に、お互いの手元を覗いた。
不二は教科書をスタンバイ済み、こちらも。
つまり、ロッカーに取りに行くのは余計可笑しい。
こうなったら、逆に『不二のいつもどおりじゃないところ』をつくしかないか。
私は直球で聞いた。
「どうしたの?今日の不二、意地悪な顔してる。らしくないじゃん。飄々としてなよ」
多少冷たかったかもしれない。
観月の、というより、今のは不二の真似だ。
「ひどいなぁ。でもは僕が口悪いときの方が楽しそうにしてる」
そりゃ黙って嫌なこと考えてる不二より、ガスガス(なんだこの表現。けどそんな感じだ)毒吐く不二の方がいい。
考えが見えない方がおっかないし、我慢してる方がムカつく。
単純な発想だ。
ただ、思考回路垂れ流しに返答するのも癪に触るから、会話は別の展開をさせておく。
「マゾってこと?」
「かもしれないね」
「不二は両方だよね」
「ちょっとエスが強いかな」
――じゃなきゃ、こんな真綿で(私の)首を絞めるような会話しないだろ?
とうに分かってる。
「認めるんだ?」
――つか、学生らしくない会話だよ?
呆れながら言うと、不二は頷いた。
「そうだね。……まあ、ようやく分かったよ」
「何が?」
聞いても「なんでもないよ」とさらりとかわされてしまう。
前に「似てる」って言われたけど、そういえばこういうところも似てるかもしれない。
私達は立ち入る場所を自分の中でしっかり区切っている。
それ以上には入らせない。
その後はすぐ、どうでもいい会話(先生の話とか課題の話とか)に突入して、数分しないうちに授業になった。
次に不二が仕掛けてきたのは授業が終ってから。
「今度、ルドルフ、親善試合なんだってね」
「へえ。そうなんだ」
――知ってるよ。当然。
でも面倒にならないようにはじめて聞いたような顔。
「裕太からきいてない?ルドルフに手伝いに行くのやめた?」
「ううん。でも、この間休みだったし。観月とも塾、クラス代わったし、あんま会ってないから誰にも聞いてない」
「ふうん。まだ行ってるんだ。裕太も喜んでるからいいんだけど、青学なのによく許されるよね」
「こっちのテニス部に一切関係してないしね。……それに、今行かなくなったら却って不安にさせちゃうでしょ?」
――裕太を。……だから、不自然に抜けるのはまずい。
兄貴は気づいてるんだよね?
そう考えて、ふとこちらがまたしてもうっかり暴露してしまった『事実』に気づく。
「……」
不二の目が刹那的に鋭利になった。
――あーあ、やっぱこの人見過ごしてなんてくれない。
私が裕太の気持ちを知ってることはあっさりばれてしまっただろう。
ただし、向こうとしても条件は同じだ。
勝手に裕太の気持ちを暴露するなんて出来ないだろう。
ここで会話は終了。
予想通り、不二は口を噤む――と思われた。
でも、
「聞いていいかな?」
「どうぞ」
――君の聞けることは限られてるからね。
言わずに目で悟らせる。
話の分かる(読める)人間は本当に会話が楽でいい。
「切欠は分かった。現状もいい。……でも、どうして君はルドルフに行ったの?」
忠告の後に、と聞こえない声が聞こえる。
かまかけてきてるな。
こないだの忠告の時点で、私が裕太の気持ちに気づいていたかどうか、不二は知らないはずだ。
裕太の気持ちを知らせたのがほかならぬ不二のあのときの言葉だったとは思ってもいないだろう。
私が黙ってると、不二はため息をついた。
容易には吐かない私を知ったのだろう。
似てると言われてるだけあって、聡い。本当のところ、似てるのはその鋭さというか読みの速さだけだと私は思う。
不二は言葉を足した。
「質問を変えるよ。状況とかじゃなくて、具体的な出来事じゃなくて、最初のとき、どうして『行きたい』と思ったの?」
――観月に会いたいから。
答えられるか。
――裕太に会いたいから?
余計答えられない。
色々考えて、私は言った。
「どう答えて欲しいの?」
ちょっと泣きそうだったかもしれない。
思いのほかまっすぐに見つめてしまったら、不二は慌てていた。
「ごめん」
観月より珍しい、不二の本気の謝罪に私は軽く頷いた。
許す許さないじゃなくて、不二のことを好ましく思えた。当然、恋とかじゃなくて。
不二が悪いと思ったのは弟のことを考えすぎて、こちらの領域に入りかかったことに対してだろう。
本当のところ、私が謝って欲しかったのはこの現状だ。八つ当たりだとわかっていても、知らずにいたら、観月が気を病むだけで……それでもし観月から私を切ったとしても私は泣き落とすことくらいのこと出来ただろう。動けなくなってしまったのは私まで裕太のことを考えてしまったからだ。
理不尽な怒りもある。
それでも弟思いの不二は嫌いじゃない。
「君の過保護が伝播してるよ」
相手には到底わからないだろうことを告げ、自己満足で苦笑すると、私は不二を放ってロッカーへ向かった。
早く帰って勉強しよう。
私は階段をすり抜けた。
下駄箱まで行ったら、傘もないのに雨が降っていた。
諦めて私は走り出し――家に帰ると具合が悪くなり、寝込んだ。
熱は次の日まで下がらなかったが、精神的なものではなく、単純な話、風邪だ。
世の中ドラマティックには回らない。
でも、タイミングの悪さだけは一流なんだわ。これが……。
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