聞かないで(SIDE不二周助)

「なあ兄貴」

「ん?何?」

 裕太が戻ってくるのは珍しい。
 祝日だから分からなくもないが大抵は部活だし、そうでなくても寮には先輩達もいるから、当番含めて付き合いもあるみたいだしね。
 更に向こうから話しかけてくるなんて、ますます珍しい。
 帰省含めて二連続の珍事。
 ――大体予想はつくかな?
 でも、そう直球でくるとは思わなかった。

「きづいてたんだろ?」

「何を?」

「わかんねーんだったらいい」

「知ってるよ。のことでしょ?」

「っ……」

 言葉に詰まった。
 そこでとどまったりしないから墓穴掘るんだよね。

「けどよ、兄貴。観月さん、ちがうって。先輩のこと好きってわけじゃねーよ」
 
 ほら。
 ――それ、認めたようなもんだよ?
 からかいたいが、もっと興味がある内容に耳を済ませる。

「そこまで推測してたんだろうが」
 と裕太は暢気に言う。
 ついでに根拠も。(そこが重要。ゴシップ好きじゃないが裕太が自信持つことって微妙にずれてるから気になるんだよね)
 一通りのエピソードと周辺の色々をきいて、笑いそうになってしまった。

 ――騙されてるね。

 気にかかるのは名前呼びのところ。
 「いきなりで焦ったけどさ」といった裕太はごまかされてるけど、やっぱりそれ、観月のヤキモチだと思うよ?
 でも、なんで牽制しないのか不思議でもある。
 『観月はアレで裕太を大切にしてるから』
 僕には、そう笑ったが思い出された。
 ――そして、彼女と裕太を合わせたのも観月だ。……どうも引っかかるんだよね。

 やっぱり観月は別にのことなんてどうでもいいのだろうか。
 何か共謀してるとか?

「何とか言えよ」

「うーん……言っていいの?」

「……やっぱいい」

 ――だよね。
 ごまかしやすいね。本当裕太って。

 *    *  *  *  *  *  *  *
 裕太が寮に戻って次の日。
 朝練が終って教室に入ると、噂のが友達らしき子と話していた。
 女の子と一緒にいるところ――男女構わず誰かとって言うべきかな、見たことがなかったから自然と耳が行く。
 流行の映画の話だった。
 手塚に借りて、原書を読んだからすぐに話の想像がついた。
 ――これ、使えるかな。
 後で話してみよう。
 裕太のためというか、好奇心のためにも。
 時間割表で六限目の選択が隣の席だったことを思い出し、僕は彼女達の横をスルーして席についた。
 そして六時間目。

、昨日映画行った?」

「なんで?」

「さっき、友達と話してたじゃない?あのショートカットの子……聞こえたから」

「そうそう、今話題のファンタジー。好きなのよ。……でも、ミーハーじゃないよ」

 わざわざ注釈をつけるは、最近知ったのだが、かなりの映画マニアだ。
 姉さんがよく騒いでる男優とか母さんが好きだったという渋い映画のタイトルまで分かってたからまず間違えない。
 そう断って、思い出したように付け足した。

「不二も原作好きでしょ?読んでたの見た」

「珍しいね。公開前だから普通気づかないよ?そのうえ洋書だった」
  
「うん、でも見たことあるし」

 ――タイミングとしてはちょうどいいか。
 僕は会話のテンポを壊さずそのまま尋ねる。

「観月の?」

 の目は泳がない。
 ――さすがだよ。でも、そうもいかない。

「私も読んでる」

 ボロが出た。
 「も」ということは、観月も読んでたんだろう。
 
「どうしたの?今日の不二、意地悪な顔してる。らしくないじゃん。飄々としてなよ」

 話題を切り替えた。
 これも多分、何か思い当たることのある印だ。
 のってやってもいいかな。
 なかなか鋭い切り込みに、僕はには分かるくらいの微妙にわざとらしい顔を作った。

「ひどいなぁ。でもは僕が口悪いときの方が楽しそうにしてる」

「マゾってこと?」

「かもしれないね」

「不二は両方だよね」

「ちょっとエスが強いかな」

 ――じゃなきゃ、こんな会話しないよね?
 さもなければ相手じゃなきゃ。
 後者は今のところ、遠慮しておきたい。
 裕太の敵になるのはこりごりだし、そこまで『自分』が好きじゃない。
 似てるんだ、は――
 ――あ、でも……?

「認めるんだ?」

 言葉に「そうだね」と頷いて、その瞬間、悟ったことがある。

「……まあ、ようやく分かったよ」

「何が?」とは不思議そうにして、僕は「なんでもないよ」と返した。
 何って?(大したことじゃないけど)
 彼女はエム寄りだ。間違えなく。
 ――この年の会話じゃないからこれ以上口にしないけど。
 僕らの違う点はそこなのかもしれない、と僕は思っていた。
 授業が始まったから会話はそこで一度途切れる。
 後は終ってからにしよう。
 確かめたいことはまだ全然確かめられていないのだから。
 
 キンコーン

 チャイムが鳴ってもは席を立たない。
 特に急がないときはのんびりしてる。
 分かっていたから、僕もゆっくり片付けるふりで、(雨が降ってるから今日は急がない――一応引退後とは言え、クラブの練習だったり選抜の練習だったり色々ある)

「今度、ルドルフ、親善試合なんだってね」

 は「へえ」と気のない返事をした。

「裕太からきいてない?ルドルフに手伝いに行くのやめた?」

「ううん。でも、この間休みだったし。観月とは、私が塾のクラス代えてからあんま会ってないから誰にも聞いてない」

 ――塾のクラスがなんだって……?
 ここで一つ情報を掴む。
 「代えた」ってことは自主的に「代えた」んだろう。(「代わった」じゃない。いくらなんでも世間一般には追い込みのこの時期に入れ替えはない)
 なんで代わったのか、観月が絡んでる以外考えられなかった。
 そこまで必死になるつもりもなかったが、いつもの癖で僕は頭の中を整理した。
@観月に裕太の考えが読めないはずがない。したがって、裕太がをすきなのはもうばれてると思う。
A観月がを好きなら、離れる必要はない。
 話を逸らしたことといい、彼女に何か理由があるんだろうか。
 観月は一体何を企んでるんだろう。

「まだ行ってるんだ。裕太も喜んでるからいいんだけど、青学なのによく許されるよね」

 口に出した感想に嫌味が混じったのは、相手の感情を引き出しやすいようにとかそういうつもりもなく、単にぼーっとして本音が出ただけだったが、思わぬ収穫があった。

「こっちのテニス部に一切関係してないしね。……それに、今行かなくなったら却って不安にさせちゃうでしょ?」

 ――不安に?誰を?
 この間行くなと警告したのは僕。
 理由は彼女にはわかってなかった。
 ――今は?

 目が合う。
 表情が白状していた。
 申し訳なさそうな顔が、彼女は観月となんか関係なく、しっかり裕太をきちんと考えてくれてて、そのうえで対処しようとしてることを見て取らせた。
 憧れだからうまく消けそうとしてるってとこ?
 彼女は裕太をどう思ってるのかな?
 
「……でも、どうして君はルドルフに行ったの?」

 僕は(裕太が彼女を好きだと知って)行かない方いいと忠告したのに。
 あのときは気づいてなかたのだろうか?
 それとも裕太がすきだとか?(裕太には悪いが、「まさか」と思ってしまう)
 は困ったように顔をしかめた。
 そんな表情ははじめてで、僕は質問を変えた。

「どうして『行きたい』と思ったの?」

「どう答えて欲しいの?」

 その質問に、は泣きそうだった。
 まっすぐに見つめ返されてしまうえば、何もいえるはずもなく、

「ごめん」

 僕は素直に謝った。
 これは裕太が聞くことだ。
 彼女が裕太を好きかどうかなんて……

「君の過保護が伝播してるよ」

 彼女はかすかに言って、また何事もなかったかに苦笑する。
 ひっかかったのはその表情。
 反応で……僕は気づかなくていいことに気づいてしまった。
 『観月もあれで裕太のことが大切だから』
 笑う彼女がまた重なる。

 ――彼女は観月がすきなんだ。

 罪悪感の意味が変わる。
 僕はに残酷なことをしたのかもしれない。
 でも、「観月も観月で彼女を利用してるのかもしれない」と言い聞かせ、立ち去った彼女の切なさを押し殺した顔は見なかったことにした。
 そ知らぬふりができたのは、その日だけだった。 

 *    *  *  *  *  *  *
 次の日学校に行ったら毎日何もなくても一番に教室にいるはずのの姿が見つからなかった。
 英二に聞いたら、知らなかったのかと驚かれてしまった。
 思いのほかに僕らは仲がいいと認識されているらしい。
 女子のとばっちりが行ってなかったのはの強がりか、あの強さのせいで僕のことを騒いでる女子も手をだしそこねたのか、どちらかだろうが、英二までがそういう認識(態度が語ってる)なのには軽い眩暈を覚える。
 ――ただの似た者同士だよ。

「休みだって。最近よくしゃべってたよね。俺、ってよくしんないけど女子じゃ目立たない方だし、あんまクラス行事参加しないじゃん?」

「ああ結構面倒くさがりみたいだね」

「え?」

「暗いとか思ったでしょ?」

「うん」

「そうでもないよ、口悪い方だけど付き合ってみるとさっぱりしてる」

「不二はがすきなのかにゃ?」

 直球で来られると気持ちがいいな。最後の「にゃ」が精一杯のごまかしなんだろう。
 僕はすぐに説明した。

「なんですぐそういうことに結び付けたがるかな。彼女、裕太の知り合いなんだって。最近知ったんだよ」

 「意外」と英二は興味を示したが、話はどんどん切り替わる。
 そういうところは見てて飽きない。

「そう意外なことっていったらさ!って乾ん家の近くなんだって」

「ああ、そっか。あの映画館なんだ」

 昨日の彼女達の会話を思い出す。
 彼女が見に行ったのが、一度部活の休日に皆で行ったことのあるシネコンだったのかと思うと妙な偶然に笑えた。
 ――あの施設なら通い詰めてもいいかも……。
 と、英二が目を見開いた。

「え?もうきいたちゃった?」

「何を?」

「乾が見たんだって」

「だから何を?」

「そこでと一緒にいた男、観月に似てたらしいぞー。ルドルフのマネージャー!観月はじめ!そっくりだったんだってさー」

「……はは。洒落にならないよ、それ」

 「本当だって」とか「どういう繋がりだろ」とか騒いでる英二を尻目に、僕は頭を抱えた。
 ――そんな確かめ算、なくてももう展開はわかったっていうのに。
 企んでる?
 共謀?
 ――馬鹿な……。彼女は観月が好きで、観月もきっと彼女がすき。

「――……それだけじゃないか」

 英二は決定打を打つ。(人の話はきいてない。ありがたいことに……)

「付き合ってんのかなぁ」

 僕は「わからないよ」と答えたが、昨日の様子、は決して『裕太に遠慮して隠してる』って感じではなかった。
 彼女は、片思いのつもりなのだろう。
 そして観月は本気なのだ。
 直感でしかないがわかった。

「ねえ、英二。乾にきいてきて」

 英二に頼むのも、きっと自己満足以下で必要のない確かめ算。

「何を?」

「付き合ってる可能性、何パーセント?」

 答えは聞くまでもないんだけどね。
 僕なりに出した答えで行けば、99%当たってる。




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