閑話 (SIDE赤澤)

「勝ったな」

「ええ」

「なあ観月。親善試合のわりにお前――」

「赤澤、僕はいつでも真面目ですよ」

 試合は圧勝とまではいかなかったが、二年のベストメンバーではなく、三年も入ったままのチーム同士(両方持ち上がりの私立だからできた対戦だ)でルドルフに軍配が上がった。
 今度こそ引退だが、俺的にそこまで感慨をもてないでいた。
 あくまで名目は慈善試合。
 ……観月も適当な感じで練習してたからな。
 数日間、また都大会並みのスパルタに戻ったっていっても、スクール通いも半々で、そんなにつめた試合練習を取り込んだわけでもなく……言っちゃ悪ぃが、観月の気紛れだと思いこんでた。
 だが――
 ――ありゃねーだろ。
 そんな試合で、死力を尽くしてのタイブレークを演じた観月には正直驚かされた。
 横のコートで試合を終えたが、あの観月相手にしたらどうだろうか?
 ――もしかするともしかするかもしれないぜ……。
 試合後の観月に話しかけようとしたら、横から見慣れたハゲが出てきて、

「観月君、ちょっといいかね?」

 観月をかっさらっていってしまった。
 相手校に挨拶を終え、片付けに入った頃に思い出す、ハゲの正体……。
 招かれもしない学校からの来賓――教務主任だった。
 ――なんだったんだ?

 そうして、数分後。
 観月が持って返ってきたのは予想もしない進路のプレゼントだった。
 数回聞きなおした内容は……つまるところ――

「全員試験なしでパス?」

「ええ。相手が相手です。これだけの力があれば今年は運が悪かったと認められて当たり前でしょう?」

 相手の学校がやたら強豪だったことも、わざわざ日程合わせしてまで観月が手配したことも、これを見透かしてのことかと思うと恐れ入る。
 ――マジに敵に回したくねーな
 あまりのことに全員が呆然としてる。
 観月はさっさと水分補給に行ってしまった。(試合後あのままってのが異常だ。誰もとめねーって)
 見計らって、後輩に「観月さん、何かあったんですか?」と尋ねられたが心当たりはゼロだった。

「……俺もあそこまで真剣な観月、みたことねーよ」 

 独り言に、「俺もです」と後輩が返した。
 一番観月に懐いてる裕太だ。

「裕太もか。……何があったんだか。そういや、お前すげー上達したわな」

「そりゃ……頑張りましたから」

「おっ、裕太。言うようになったな」

 照れた後輩の頭をがしがしと撫でながら、ようやく実感が沸き始めた。
 ――喜んでいいんだよな?ああ。そっか……いいのか?いいんだよな!
 テニスが続けられる。
 このメンバーで。
 そういうことなのだ。
 一通りはしゃぎまわって、コート整備をしながら、 

「けどよ、俺、焦ったぜ」

「何がです?」

 裕太に打ち明けたのはずっとひっかかってたことだ。

「観月のやつ、急に滅茶苦茶な勢いで練習メニューを激化したから、なんかやけにでもなったのかと思ったしよ。秘密主義はいつものことだが、この場合士気を上げる為に言うだろ?あいつは――」

「それ、僕も気になってたんだけど」
 
 出てきたのは木更津淳だ。
 平然と言う顔に驚きは見えず、涼しげな様子で、そのままキョロキョロと周囲を見回していた。

「それはいいけど観月は?」

「今後の打ちあわせだと」

「……部長の仕事じゃ」

「いいんだよ。アイツがいれば」

 ――この先も自分にそういう厄介な役はまわってこないだろ?
 照れくささで言わなかったが、淳は分かったのだろう。

「そういうこと、だーねー」

 柳沢の台詞を真似て、タイミングよく出てきた柳沢に「真似するなだーねー」とはたかれていた。
 それなりに浮かれてるらしい。皆……
 ――ん?誰か忘れてるような……
 ふと思い浮かぶのはここのところメンバーになりきってしまった彼女のことだ。

「おい、誰かに連絡したか?」

 忘れてたも当然、マネージャー役の彼女は青学で、今日に限って平日だったから来られなかったのだ。更に言えば、観月が捕まえたきた相手の学校は体育会系だけあってある程度試合については融通がきき、こっちは変則授業のおかげの振り替え休日だった。(都内に限らず、曜日日数が足りない為別の日に休みを移動させる学校はいくつかある)
 授業は終る頃だろう。
 見回したら、名乗りでがあった。
 観月以外いないと思ってたので面食らう。

「あ、はい。俺、連絡先知ってます」

「裕太、番号しってんのか?」

「兄貴から聞いたんで」

「そっか。同じクラスだって言ってたよな。じゃ頼むわ。俺、知らねーし」

 で、思いつく。
 ――観月が連絡するもんだとばかり思ってたんだが、もしかして……

「っつか……俺らの連絡先知らなくねー?」

 ――今度聞くかな。
 考えてたら、裕太が意見した。

「知らなくても先輩、しょっちゅう来るからいいと思いますけどね」

「そりゃそうだ」

 言いながら違和感を覚えたのは、下世話なことに、この後輩の気持ちが分かってたからだったりする。
 裕太は「じゃあ」とクラブハウスに向かい、周りもいつの間にか解散していたが……

「おい、淳」

「僕に聞かないでよ。観月にでも聞けば?」

「そうすっか」

 ――ま、はいいヤツだけどな。
 裕太も分かりやすすぎるぜ……。今回は金田とかノムタクとか柳沢とか分かってなさそうでよかったが、俺も相当鈍感って言われ続けてんだけどなぁ。
 他のヤロウに連絡先を教えて欲しくないんだろう。
 からかってやりたい気もしたが、今のところ黙っておこう。
 俺は着替えの前に、観月の方に向かった。
 打ち合わせの内容を説明してもらう為。

 *    *  *  *
「観月」

「なんだ、赤澤。説明か?」

 間もなく校舎手前で、観月を捕まえたら、一声目から観月は口が悪かった。
 ――疲れてるな。
 地雷を踏まないよう気をつける。
 俺はこういうときの観月の機嫌を損ねるのの天才だ。
 まずは適当なとこから話をきいて、それから説明してもらうか。
 どうやって話をつけたかとか。
 とっかかりの話題を選ぶのは比較的簡単だった。
 思い出したことをいってみりゃいいわけで――(哀しいかな、これを身内は馬鹿の特権とよびやがる)

「そうだ。には裕太が連絡しとくってさ」

「……そうですか」

「兄貴に携帯きいたんだと。クラスメートだってのに、裕太、よくやかねーよな」

「なんですか?それは――」

「兄貴に対抗してたじゃん?……のわりに、恋のライバルにはならねーってことはあの不二周助には既に別の恋人がいるのかもしれないぜ?」

「赤澤」

 声のトーンが一つ下がった。
 ――マズィ。【不二周助】は禁句だった。
 慌てて、話を変える。

「裕太、最近のことばっかな。あれ、青い春ってやつじゃね?」

「かもしれませんね」

 この手の話題は断固阻止の観月は髪を直してなかなかないことに、コメントを返した。

「興味ねーの?観月なら注意すると思ったのに」

「とめたことなんてないでしょう。恋愛は自由ですよ」

 気のない返事が戻ってくる。
 本気で疲れてるのかもしれない。
 俺はスポーツドリンクを渡して、

「邪魔しないのか?」

 もう一度尋ねてみた。
 しつこいとは思ったが、それはそれでつまらないと思った(裕太には悪いが観月はねちねちしてないとどうにもおちつかねーんだよ。つか、張り合いがない)

「するわけないでしょうが」

 観月は答えたが俺は知ってる。
 コイツの癖は、本当はきにしてることを言われるとイライラして、足が速くなることだ。
 相変わらず裕太には綺麗な身で居て欲しいらしい。

「ん?」

 そういえば考えてこなかったんだけど、観月って……

「お前、もしかして――」

「なんですか?」

 いつもと同じ調子。
 この分じゃ、今日は進路交渉のいきさつも教えてもらえそうもないな。
 はぐらかされておいた方がいい気もするし、事実なわけねーとも思う。
 ――もしマジな話だったら、嫌だしな(ありえないとは思うけどよ)

「いや。やっぱなんでもないわ」

「ふう、全くお前ときたら……」

 聞かないでいた言葉ってのはアレだ。
 『観月、お前、もしかして、のこと好きだったりしねーよな?』
 さっさと聞いて、「ふざけるな」って否定されておいた方がよかったかもしれない。
 この日のことを思い出して、俺が後悔らしきをしたのは、その後随分してからのことだった。



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