直前直後 (不二周助SIDE)

 風邪から復帰したはさっぱりした調子だった。
 いつものように早くから来て、窓際の席で読書を始めている。
 僕は謝りたかったはずが(謝りようもないが)、急転して、何だかむしゃくしゃした。
 ――趣味が悪すぎるんだよ、は。
 やつあたりだよね?
 分かっていたから我慢して、席についたのだけれど。(彼女はこちらに気づかなかった)

 *    *  *  *  *  *  *  *
 話す機会が訪れたのはもう放課後に掛かる頃だった。
 ……といっても、今日は土曜日だから、まだ昼下がりだ。

「風邪、もういいの?」

 下駄箱で彼女を拘束。
 は予想づくだといわんばかりに「うん」と即答した。
 足を止めることなく、進みだすに続いて、僕も靴を履き替える。
 付いてくるなとも、何とも言われないのをいいことに校門まで付き添う。
 ――このまま帰したくないな。
 これからルドルフに行くのだろう。
 裕太の話と、推測――彼女の手には一見イメージにない小さいスポーツバッグが覗いていた。ご丁寧にデパートの紙袋の中に納まってる――から分かり、僕は思わず腕を掴んだ。

「どこに行くの?」

「ルドルフ」

「観月に会いに?」

 直球で聞く。
 なんでだろう?
 余裕がないのは彼女のはずだったが、僕の方が焦っていた。
 久々に見たがの目が緩んだ。

「ううん」

 ――嘘だね?
 前ならそういったのに、今日は何だか言いがたい。
 振り向いたはどっちかっていうと、僕より手塚に近い目をしてた。
 何かを決めてしまった目だ。
 ――弱い癖に。

「観月がすきなんだ?」

「付き合ってないよ」

 はかわした。
 ――ずるいね。そういうの。
 行き過ぎは分かった。
 それでも、僕が声を止められなかったのは羨ましかったからかもしれない。

「なら観月は止めた方がいい」

 もうこれ以上言うな。
 止める自分を抑えての忠告は彼女に対して本気で危惧してが半分。
 残りが半分。

「つきあってない。でも――」

 は足を止めた。

「キスした。抱きしめてくれた」

 ――あの観月が?
 策略の為だろう?
 裕太が君を好きだから、きっと操ろうとしての――

「観月が君を欲しがったから?だからどうしたの?」

 僕は笑っていた。
 に似た笑い方だと思っていた表情に、の瞳がちょっと揺れた。

「本当にそうなら奪ってる。アイツはね、そういう奴なんだ」

 そんなふうに言いながらも、僕には分かってた。
 ――観月は君が好きなんだよ。
 ズルイじゃないか。
 ……真面目に好きだなんて。
 卑怯な気持ちがあったことは否定できない。

「だから?」

 もう分かってるのかな?
 ――強がりだけがそういわせたともつかない表情を君はする。
 
「へえ?は随分観月のこと分かってるんだ?」

 ――意地悪だけがそういわせたんじゃないことを君は分かってるのかな?
 は言い聞かせるかに呟いた。
「うん。ある程度は分かるよ。似てるからね」

は僕とも似てる。そういわれてたじゃない?」

「そうだね。でも違う」

 風が冷たく感じた。
 彼女はマフラーを巻きなおし、コートの前をきゅっと握った。
 その仕草が可愛いと、僕は素直に思った。
 ――これだから女の子はズルイ。
 なんて全然女っぽくないのに。
 こういうところを好きになったのだろう裕太の気持ちが見て取れるようだ。

「じゃ、行ってきます」

「……仕方ないね」

 思わず苦笑がこぼれた。
 安心していたら、

「お兄ちゃんの過保護!」

 言いたいことを言われて、ぎょっとする。
 彼女からの本音ははじめてかもしれない。
 僕がさっき口走ったのと同じで。

「言わないでよ。わかってるんだから」

 裕太のせいにして、半分本気で裕太を心配して。
 僕が何を考えてるなんて君は知らないね。

「不二」
 と、彼女の唇からこぼれた名前には少し優越感があった。
 裕太は呼ばれない名字だ。
 そう思った僕は過保護な上に嘘つきなのだろう。
 彼女を好きとかそういうんじゃなくて――

「ごめんね」

「謝らないでよ、

 ――僕は君が羨ましいんだから。

「本人(裕太)にはでしょ?だから不二に謝るよ」

 そりゃ、裕太を悲しませないで。
 ……と、そうは思うけど。
 ――あのまっすぐな弟はそのままでいて欲しいよね?
 観月もそういうと彼女は笑ったけれど。

「だから、謝らないよ……本人にはね。謝らないですむように……『言わせない』よう、頑張るから……」

 そう告げた彼女の決心に、僕は目を見開く。
 ――ちょっと待って?……なんで?
 彼女は振り向かず、今度こそ、くるりと回って行ってしまう。

「ちがう。そんなこと望んじゃ……」

 ……間違ってるよね?
 『裕太を悲しませないでよ』
 そう願う自分も本当で、だから止める資格なんてとてもじゃないが持たなかったし、観月がどうなろうとしったこっちゃなかった。
 でも、僕は彼女が決めてしまったことを思い、酷く息が苦しくなった。
 荷物が重い。
 ――裕太の馬鹿……
 またやつあたりして、でも可愛い弟を思って……
 
「これじゃどっちの見方か、わかんないだろ……」

 ただ唖然とするだけ。




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