「行きますよ」
「寒いね、今日」
「時期が時期ですから、これからもっと寒くなります」
塾が終ると観月と一緒に帰る。
これだけは変わらない。
練習も行ってる。
――不二(兄)を振り払ったあの日も、普通にマネージャーの雑務を手伝ったし。
ボロは出てないだろう。
そもそも、淡白に見える部分があるから誰も気づいていない。
私は考えながら、観月の後を一歩遅れて着いていった。
観月がスタスタ歩くときは、表情を隠したいときだ。
「、明日から僕らは休日スクールのみになります」
観月があまりに淡々と言うものだから、私は拍子抜けした。
あの後の練習は後輩中心だから三年にとってないも同然だったし、こうくることも分からないでもない。
――さすがにスクールはいけないからね。
練習に行っても観月と会えなくなるってことだ。
「うん」
気がついたら、わりとあっさり頷く自分がいた。
「部活はあります」
「行ってくるよ、後輩のお手伝いに」
裕太に疑われない為にというより、テニス部的に私がいた方がいいと配慮してのことだろう。
観月は複雑そうな顔をしていたが悲壮でないだけいい。
私は、分かり難い観月のお願いにOKを出した。
格言う私も、上手くなっていく子たちを――裕太も含めて――見るのは青田買いしてるみたいで、ちょっぴり楽しくなってたし、作業も決して苦ではない。
「ありがとうございます」
でも、ほっとした観月のお礼が嬉しいのはまた別の話。
こぼれそうになる笑みを殺して、「当然でしょ?」と可愛くない言葉を返しておいた。
天邪鬼の度合いはますます進んでいく。
正直なところ、いつもどおりすぎて何だかなぁと思わなくもない観月との距離感だが、これも週に2回、塾の帰りの数分だからだと分かってる。
話題によっては気まずくなるし、一緒にいていい雰囲気が長く続けば妙な罪悪感も増す。
――何より部活は相当苦行だったし。
裕太と観月両方といると息が詰まることは、裕太にはごまかせても観月にはばれていたに違いない。
考え込んでいたら、もう別れる十字路まで着いていた。
「じゃ、また」
「――」
「何?」
「先生の提案なんですよ。スクールで上と混ざってやることは」
自分から配慮して私を遠ざけるつもりはない、と観月は暗に言う。
――だからそういうこと言うなってば……
好きでいていいのだと、離れるなと言われてるような身勝手な錯覚を覚えるじゃないか。
「いい機会だからデータ収集してきます」
「頑張ってね」
「ええ。ではまた。……今日は遅いですから気をつけてくださいね」
貴女を襲うもの好きなんていないでしょうが、といつかと同じ言葉を足して、観月は振り向く。
「観月こそ襲われないようにね」
――うぬぼれてんな、馬鹿。
悪態をつきながら私もUターン。
後ろから聞こえた言葉に返事はせず、歩き出す。
頭の中で馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……観月が怒り出しそうなほど唱えてから、誰にも聞こえないよう信号を渡ってるとき「ばか」と、一回だけ声にして言った。
ちっちゃなことで、一喜一憂してる私が一番馬鹿だ。
分かりきってるじゃないか?
去り際に言われた「ありがとう」の一言、聞かなければよかった。
内推(内部推薦)のテストさえ受けずにすむようになった観月が、まだ塾に通ってる原因を追求したくなる。
慌てて歩く速度を上げた。
これも観月がごまかすときの癖。
* * * * * * * *
「先輩、こっちに来てていいんですか?」
翌日、私は予告どおりルドルフに来ていた。
裕太の質問に「息抜き」と答えて、有言実行だと決意する。
真剣になってこなした観月なしの仕事はハードで考える暇をなくすのにはもってこいだった。
「なんか観月さん居ない分、無駄なことまでさせちゃって悪いっす」
「あ?アップのメニュー作り?」
「そんなことまであの人やってたんすか?」
と、これは金田。
彼が戻ってきたということはクールダウンはおしまいかな?
一年の指導係でラスト走ってたことを思い出して、私は指示を出す。
「はい、じゃ、お終いね。へたってる一年に声かけてきて。それと飲み物はハウスの前。もう出してあるから」
一気に言って、それから金田に真実を教えた。
「クールダウンとアップのコツはね、元々私が教えたのよ」
そうなのだ。
ダテにスポーツ一家ではないのだ。
教員と顧問を並行して続けてる祖父(引退・籠居中)と父から習った知識、私が無駄にするはずがなかった。
――もとを正せばスポーツはスポーツ。どの部位使ったかでちょこっと内容変えればいいんだし。
その選択をしたのが観月なのは言うまでもないけれど、今日のところは花を持たせてもらおう。
「そんなわけないでしょう。僕のおかげですよ」と、訂正する観月を思い起こしながら、私は自信満々に笑った。
当然「んふっ」とかは言わないが。
それでもって、感心する彼らに慌ててフォロー(不安もあるから)
「でも、テニス専用じゃないから、本練習のメニューは組み立てられないからね」
「さすがにそこまでさせませんよ。来てくれてるってだけで助かるしな、裕太?」
「あ……うん。……俺もそう思います。それに観月さん、練習メニューは渡してくれてるから」
『そのうち一人で作れるようになりなさい』
そういって、観月は裕太に紙を渡したらしい。
――後輩の面倒見いいのも、学年あがった後のこと考えてなのかなぁ。
不二(周助)あたりはそう思いそうだが、しっかりここの子たちには信頼されてるふうの観月に妬けてきた。
「よかった。なら、出来るだけ手伝いには来るから」
――マジにいい子たちだからね、此処の子。
どうせ勉強に時間がとられてそこまでは来られないだろうが、私はそう言った。
普通に接してる方が裕太のためにもいいと思うし――そんな打算も有り。
でも心底応援している自分もやっぱりホンモノだから、
「「ありがとうございます」」
感謝の言葉は素直に受け取る。
「いいから、その分頑張って」
一年生含めて、皆に返すつもりで。
* * * * * * * *
普通に過ごしているが、私も何も年がら年中観月のことを考えてる暇はない。
学校と家と塾――ときには図書館だったりルドルフだったりも入るが、そんな毎日のうち、急いで片付けなくてはならない問題は他にあったりする。
勉強とか勉強とか勉強とか。
これでも一応受験生だ(エスカレーター式の学校に通っているとはいえ)
「グレイドを上げませんか?」
そんな中、観月が提案したのはタイムリーな議題で、私は超能力で頭の中を読まれたんじゃないかと思った。
でも私の考えが分かる所以は今回に限っては全くといっていいほどなかった。
――じゃ、何?私と同じクラスにいたくないとか?
「怒らないで聞いてください。……聖ルドルフを受けませんか?」
「え?」
「貴女の成績は知ってます。青学は外部受験と内推の併用が可能ですよね。にリスクはない」
「それは――部の為?」
「そうです。赤澤と話しました。木更津には怒られそうですからまだ聞いてません。何より貴女次第です。……ただ、うちの学校の条件はかなりいい。大学の推薦も多いですし、悪い話じゃないでしょう?」
言いたいことは分かった。
そして、観月のことだから受験資料を既に漁ってることも――私の方の環境も。
「そうね。それで、いつ調べたの?」
「偶然です」
――なわけあるか……。
普通分からない事情なのだ。
隠してる気はなかったが、そこまで特殊な話でもなく、だからこそ気にかける部分ではない。
だが、観月は即答した。
――後付で理由、考えたのか。
私にルドルフを受験させる理由を、あるいは私がする理由を、お互い以外に見出そうと考えたのかもしれない。
最初からあった選択肢だ。
「おじいちゃんの威光が今更利くとは思えないよ?ワン・オブ・教師で引退済み」
「知らないんですか?教頭だったでしょう」
「……初耳」
コレは本当だった。
運動部の顧問で有名だったし、それだけだと思ってた。
まあそれに校長にしても雇われだ。
教頭なんてもっと関係ないだろう。
「でも、関係ないっしょ」
「だから、貴女次第です」
――見られたのか?
随分前受けた模試で、私はルドルフA判定だった。
行こうと思って迷ったことがあるのも本当(昔のことだけど)。
「気が向いたらね」
曖昧に返した私に、観月は言ったことを少し後悔したような微妙な顔をした。
自嘲する観月の気分を軽くするように、
「私はしたいようにするから。元々外部は考えてるし」
本当のことをひとつ。
それにうちはルドルフだったら文句言うどころか薦めるんだな、これが……。
――でもね、観月?
外部を考えてたのも「あの日」よりも前のこと。
じゃ、今は?
――……答えられない。
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