提案には答えない(不二周助SIDE)

 肝心なときに止められなかったくせして、僕はあれから前よりもと話すようになった。
 そのせいか英二や乾まで彼女とよく話すようになり、よくない噂も流れた。
 でも、は一向に気にしてないみたいだ。
 ――強いよね、そういうところ。 
 ただ、わりと仲のいい女子とも距離を置いて、一人でいることを好むようになったことは少し不安。本人好きで離れてるから周囲も遠慮してるだけで、いじめとかシカトともまた違うとは分かっていても、不安定に見えた。

「なあ、不二。のことで頼みたいことがあるんだが……」

 乾が話を持ちかけてきたのはその頃だ。
 と乾は幼稚園が一緒だったらしい。
 クラスが離れてて、全く接点がないから知らない人間同然だが、地元ネタで時々盛り上がっていたようだ。

「珍しいね。僕の前じゃ、そんなに話してるようには思えないんだけど?」

「卒アル委員でよく話すんだ。それでちょっとね」

「まさか乾、君も?」

「何がだ?」

「……なわけないか」

 ――はそこまでもてるタイプじゃないし。
 マニア受け?
 それはわからないが、年下受けはしそうだ。
 性格が分かられていない間は少なくとも。
 ――まったく……裕太も意表をついてくれるよ。
 
「で?何だい?乾」

「ああ、マネージャーの手伝いを頼んでもらえないかと思って」

「手伝い?でも、これからは上との合同練習じゃ――」

「三月まで大会の為、俺たちは別メニューになるらしい。その間に、新しいマネージャー候補も捕まえて置くように、先輩に頼まれてしまったね」

「ふうん」

 それでに白羽の矢がたったのか。
 納得の行く話だ。
 は一年か二年途中まで運動部に所属してたが、怪我をして止めてる。
 そこまで酷い怪我でもなく、運動に支障もなかったが、本人の語りに寄れば、「限界が見えたとき、わかったのよ。そもそも好きでやってたのかどうか危いってことが」だそうだ。
 その点、本気になれるかどうかいつもはらはらしてた僕は結局テニスが好きなのだろう。
 の目は未練のひとかけらもなく、淡々としていた。
 彼女が怪我の期間に手に入れたスキルはマネージャーとして十分乾のお眼鏡にかなったのだろう。
 そもそもが選手だから(悪いが、なんの選手だか忘れちゃったけど)乾の着眼点は間違っていない。 
 でも――

「断られるんじゃないかな?」

 コレは確信。
 一人でいるのも、テニス(青学)の話をするのも、変化は全てあの日以降のことだ。
 原因が明白すぎて、僕が攻められてるような、いらぬ錯覚を覚えるほど。
 乾も当然分かっていて、

「ルドルフか……」

 誰にともなく呟いた。
 言い聞かせるように、

「ただ、あそこはマネージャー取らない指針だろう。しかも外部でなんて、許されないぞ」

「それにしたって、応援してるチームがあるのに引き受けると思う?」

「チームじゃなくて個人じゃないのか?」

「鋭いね」

 映画館の件で乾は10パーセントをはじき出した。
 と観月は付き合っていないと思ってるんだとばかり思ってたが、この様子じゃそうでもないらしい。

「【付き合ってる】確率は低くても、が観月を好きな確率はもっと高いと思ってたよ」

「今でも?」

 状況が違うなど乾は知るよしのない。
 ただ、僕が感じてるの変化が気のせいなのかどうか、答えを求めたんだ。

「今はどうかな?……だから誘うだけ誘ってくれないか?」
 
「僕がかい?」

ならお前が一番仲が良いと思う。それにクラスも一緒だ」

 ――ちがう……。仲うんぬんの問題じゃない。
 意義はあったが口に出せなかった。

「声をかけるだけかけてみるよ」

「頼んだ」

 当たり前のように言って、乾は去ってしまった。
 ――返事なんてわかってるのに……
 それでも彼女の口から聴きたいと思った自分が一番ズルイと思えた。
 そのときの自分はきっと薄ら笑いを浮かべていたに違いない。

 *    *  *  *  *  *  *  *
 を捕まえたのは放課後すぐのことで、さっさと帰ろうとするところに声かけたら、相変わらずの調子で、「何?」と聞かれた。
 ――まるであの日の再現じゃないか。
 ただし今日は僕にも余裕がある。
 昇降口は目立つ為、一階保健室脇に場所をかえ、軽く経緯を説明する。
 彼女は黙って聞いた後、眉宇を潜めた。

「手伝い?」

「そう。が使えそうだって、乾の見立て。当たってるよね」

 ルドルフで実践してるんだから。
 意地悪くするつもりはなかったがは益々険しい顔をする。
 そうして僕は心が満たされたかに感じ――思わず、自嘲の笑みを浮かべたが、はそこには一向に気を向けず、

「汁作るの、無理」

 ぴしゃりと言う。
 観点がらしくて、ほっとした。

「そんな無茶頼まないよ」

 『どの面下げて……。』
 いっそののしられれば楽だろうが、はそんな無意味なことはしない。
 僕も無駄な会話は嫌いだ。

「答えは?NO?」

「うん、無理。忙しいから」

「でも、上に上がったらルドルフの手伝いが出来ると限らない。は一年だけ観月の応援しようだなんて、随分センチメンタルじゃない?」

 裕太の兄としていってるのか、ただを傷つけたいのか、それとも茶番を止めたいのか――僕は自分が分からないからね。
 ただ投げたいように言葉を放りたくなったり、ほんのちょっぴりの嗜虐心に動かされたりしてる。
 ――最近を見るとイライラするんだよね……
 
「三年」

 は否定でもなくそういった。
 ――平然としたふりが本当にうまいよ。
 崩せばいいのに、崩れないことは僕が一番よく知ってて、でもそれを壊してしまいたくてたまらないのも僕だ。

「何が三年?」

 はじめて憮然とした顔を見せて、

「落ちたら格好悪いから言いたくないが、これじゃもう同じだ」

 答えにならない答えを告げ、は視線を逸らす。
 その先にはテニスコートが覗いていた。
 ……重ね合わせてるんだね。
 ルドルフと……。

 「つまり――」
 言い終える前に、彼女は言葉を引き継いだ。

「外部受験。ルド受けるの」

「馬鹿?」


 ――なんだって?
 が?
 予想外なのに、反射で返した僕を誰がせめるだろうか。
 
「そうね。でも、先の進路にも有利だし」

「そこは認める。……だけど、、馬鹿でしょ?」

「だと思う」

 コートから目を戻して、彼女は軽く笑ってみせたが、その表情はあのとき以上に涙ぐんでるようで――息が詰まった。
 ――……本当に馬鹿なのは観月だよ。
 断言できる。
 しかし、は何も言わせないと言わんばかりにきゅっと口を結んでいたから、僕はその肩を叩いて、追求を止めた。
 泣きそうな笑顔で、は「知ってたでしょ?私は君より頭が悪いんだ」とまだ続ける。
 顔には自嘲は移っておらず、諦めもない。

 ――裕太、歩が悪すぎだよ……。
 この子、相当頑なだ。

 これ以上強がらせないで済むように、目を逸らし、僕は教室に戻った。

 ――きっと、僕に羨ましがられてるなんて、本人、思ってもみないだろうね。
 でも、後ろからが「決めたんだ」と零した刹那、僕は心から観月を羨んでいた。
 ――むしろ憎らしいよ…… 



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