台風には気づかない(裕太SIDE)

 昔よく台風のとき、一人だけ起きないで平然と寝てた。
 兄貴の方が怯えてたんじゃないかと思う
 ……実際、兄貴の顔見る間もなく、マジに寝てたからしりようがないんだけど。
 だから、嵐というものは目を伏せてれば怖いもなにも気づかないでいられるって知らないわけじゃない。  
 ちょっとだけ怖いと思う。
 横で誰かが怯えてても、俺は気づけない。

 *    *  *  *  *  *  *
「終ったか?」

 部屋で準備してたら金田が荷物を覗き込んで言った。
 明々後日から学年総出のスキー合宿(スキー学校)がある。
 家から大抵の必要なものは送ってもらったが、全て確認し終ってなかった俺は相当慌ててる。

「真っ只中だよ。見れば分かるだろ?」

「そう思って来たんだぜ。実は」

「なんだよ?」

 疑問に思って聞くと金田はプリントを突きつけた。
 どこの学校でもあるスキー合宿のしおりと言う代物だ。

「荷物」

 金田は一単語口にして、ニヤリと笑った。
 どうでもいいが、こいつ、最近赤澤部長に似てきてないか?
 
「分担しないか?」

「おう」

 異議なし。
 そうして、チェックしながらリストを読み上げて気づいたことが一つ。
 二人して持ってなかったもんがある。
 ――必需品じゃないがないとマズイよな……

「ドライヤー」

 ホテルには着いてるだろうが、学校の宿泊施設に一々完備されてるとは思えない。
 少ないだろう。
 そしてスキーだ……寒いのは苦手。
 そのままじゃ乾かないって話だ。

「まずいよなぁ」

 金田が言う。

「実はクラスの連中に確保しとけって頼まれてんだよ」

「なんで俺らが?」

「裕太、そういうのマメそうだろ」

 それぜってー……兄貴のせいだから。
 思うが黙りこむ。

「何せあそこは極寒の地。部屋も寒いんで有名だから」

 周助のことはさておき……確かに大問題だった。
 俺は期待の視線に耐えかねて、携帯を取り出した。

「わかった。何とかするから」
 
 金田は浮かれて戻っていき――まあアイツの分担で荷物が減ったのは喜ばしいから、そのまま我慢して俺は番号を押す。
 かける先は決まってる。
 自宅だ。
 不本意だが、周助に届けてもらう他ないようだった。

 *    *  *  *  *  *  *  *
『わかったよ。けど、僕が届けたいところだけど練習があるんだよね……』

 少し悩んで、自宅に電話してもどうせ同じだと思い、直通で兄貴にかけた。
 こっちの方が出てもらえる確率が高いからだ。
 姉貴はまだ帰ってないだろうし、母さんは夕方この時間、出かけてる可能性が高い。
 結局とるのは兄貴だから手間を省いた。
 
「え?明日明後日ってオフじゃないのか?」

 あっさり捕まえたはいいが、予想外の答えが戻ってきた。

『上との合同練習で大幅に日程が変わってるんだ。裕太のところのスクールと同じ感じだと思うよ?』

「へえ…」

 あ……感心してる場合じゃなかった。
 兄貴が駄目なら姉貴――番号は知ってるが、借りを作るのが恐ろしすぎる。
 ……どうしたものか。
 電話越しで唸っていたら、周助の方から提案された。

『そうだ、明日って金曜だよね?に頼むよ。そうしたら土曜には持ってってもらえると思うし』

先輩に?」

 嬉しくないといえば嘘になる。
 声が弾みかけたのが自分でもわかった。
 俺ときたら迂闊すぎた……(今更か?)
 
「けど悪ぃよ。そんなの……。兄貴と違って、先輩は推薦試験受けなきゃいけないんだろ?」

 テニス部がフリーパスなのは当然だが、青学の内部推薦はきちんとテストがあったはずだ。
 俺も仮に青学には通っていた身だ。
 覚えていたから聞いたら、兄貴は「は頭がいいから」と、「大丈夫」を繰り返した。
 ――そうだった。
 言われてみれば、観月さんと話してられるもんなぁと感心した記憶がある。
 いつの間にか部活のときの印象に全て上書きされて、どうでもよくなっていた情報だ。

『そうそう。頭がいいといえば、乾が目をつけてね。をマネージャーにって……』

「乾さんが?」

『うん。それで結局僕が誘ったんだけど軽く断られた』

「へ、へえ……」

 ――先輩、受けなかったんだ……
 あの腕があれば青学でもマネージャー十分にやれるだろう。
 正式な方が色々と不便がないのは事実で、断る理由はない。
 それでも彼女がルドルフを選んでくれたことに安心する。
 なんか嬉しい。
 
『ホッとした?』

「ばっ、馬鹿言うな」

 図星だ。
 ――なんでコイツはこんなに勘がいいんだ?
 兄貴は恩着せがましく付け足す。

『じゃ、ついでに教えてあげるよ。断った理由は受験だって』

「受験?じゃ俺らんとこに来てる場合じゃ――」

『ないね。でも、彼女、ルドルフ受けるって言ってたからいいのかもしれない』

「マジかよ?」

『うん、マジで』

 周助はわざとらしく真似てきたが、嘘ではないだろう。
 からかってんじゃないか半信半疑の俺に、電話越しに「心外だな」と笑った。

 *    *  *  *  *  *  *  *
「久しぶりですね」

「観月さん!今日は練習に付き合ってくれるんですか?」

 観月さんが久々にコートを訪れた。
 多分、既に上の選手のデータを集め始めてるんだろう。
 ここのところ忙しい様子でずっと顔をあわせて居なかったが元気そうで何よりだ。

「今日は時間があります。たまには後輩の面倒を見るのも先輩の務めですよ。いつも寮内で会っていますし、今更でしょうが」

「でも嬉しいです!よろしくお願いします」

 始めようとしたら横からにょっと誰か顔をだした。

「ほのぼのしいなぁ」

「赤澤。貴方も来てたんですか?」

「つーか、観月が顔を出さなすぎんだよ」

 言われてみれば一理ある。
 観月さんの性格を考えると、文句言いながら毎日出てきてもいいくらいだというのに、此処数週間会っていない。覗きにすら来ていないのだ。

「本当だーねー」
 と、最初からいた柳沢さんが言う。
 今日は先輩の集まりがいい。
 スキー合宿の前にじっくり練習ができそうで、俺は素直にワクワクした。

「柳沢まで――。木更津はどこです?」

「後から来るだーね」

 ――ダブルス練習も出来そうだな。
 俺はシングルスだけど。
 観月さんは「そうですか」と小さく頷いて、
「ではすれ違いかもしれませんね。僕は途中で抜けます。そうだ、裕太君」

「はい」

から預かってきました。正確に言えば塾の先生が言付けられてたんですが……。貴方のお兄さんに、を使わないように言っておいて下さい。おかげでいらぬ恥を掻きましたよ」

 突然取り出したのは兄貴に頼んだドライヤーだった。
 ユニフォームにきがえてからわざわざ渡されるとは思ってもなかった俺は
「あ、ありがとうございます」
 硬直しながら返事をして、あわててしまいに戻った。

 *    *  *  *  *  *  *  *
 軽いアップをストレッチを終えて練習が始まる。
 ボレーとサーブ練習、ラリー……いつもどおりのメニューだが、先輩たちがいると皆身が引き締まる。
 一年も二年も、やる気が違った。
 練習の合間、ふと疑問に思って柳沢さんにきいた。 
 練習中余計なことだけど、観月さんの様子が可笑しいから気にかかったんだ。
 別段変わったふうではないが、よく一緒に組んでたメニューも敢えて俺を避けてるみたいだったし、かといって怒ってるとか嫌ってるとか言う感じでもない。

「何かあったんですか?」

「観月は特選クラスの推薦テストがあるって聞いただーね」

 初耳だ。
 要するは選抜クラス。
 俺らの推薦とは違い、純粋に成績順で切り分けされる特別クラスで一般試験で入った人間と比べてもこのクラスの人間は桁違いに頭がいい。
 ――観月さん、勉強できるからな。

「すごいっすね。俺なんて偏差値ぎりぎりですよ。特選だなんて夢のまた夢かぁ……。そもそも上にあがれるか危いっていうのに……」

「ああ、でも裕太は今年のおかげであがれること確実だーね」

「え?」

「全国は行けなかったけど最後の試合親善試合がきいてるみたいだーね。来年よっぽどミスしない限りは安泰だーねー」
 
 あの相手の学校強豪だったから?
 ――それってつまり観月さんのおかげじゃ……
 考えこんでいたら、目の前に影が出来た。

「何の話」

 木更津さんだ。
 ええと……なんだ?
 そうだ、

「進路の話です」

「ああ、俺ら、に感謝しないとね」

 え??
 先輩?
 隣を見たら、柳沢さんも固まってた。
 初耳……だよな。

「あれ?知らなかった」

「知りません」
「知らないだーねー」

 異口同音で答える俺らに木更津先輩はクスクス笑うでもなく、真顔で返した。
 驚いてるらしい。
 ――こっちの方がびっくりだ。

「観月に、試合相手をしっかり選ぶよう忠告したの、だって」

「びっくりしただーね」

「僕も。……観月がマネージャーに欲しがるのも分かるよ」 

 木更津さんはさらりと告げて練習に戻ってしまい、俺はその言葉に止まった。
 ――観月さんもそう思ってたんだ。
 少し意外だった。
 どうも観月さんが先輩を認めてるかはわかりづらい。
 ――そういえば最近あの二人って……

「喧嘩も何も居合わせないから最近平穏だね」

「本当だーねー。と観月の言い合いは怖いけど……でも、なんか調子狂うだーねー」

「そうだな」

 感慨深く頷く先輩と俺も同じ意見だ。
 二人とも忙しいんだろうけど。
 ――ん?……一緒のときにいることがない?
 塾もばらばらみたいだ。
 俺は受験生って大変だなぁとしか思わなかった。

 嵐は、もしかしなくても目の前で起こり始めてる。
 でも俺は寝ていたのかもしれない。



MENU