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まさかこうなってから訪れることになるなんて思わなかった。
更に、ここで見つかるとも思わなかったけどね。
「つか、お前、そりゃ流石に無茶だろ」
「寮の門限すぎてる?」
ばったり会ってしまった相手はこともあろうに部長赤澤。
自宅生が、何故か今日は寮にいる。
思いながら取りあえず尋ねると、「ああ。俺は宿泊届けだしてある」と教えられた。
これはまずい。
馬鹿にしなくてもコイツは馬鹿だ。
「……誰のところだ?って聞くまでもねーよな」
でも知ってる。
最近になって分かったんだけど、こいつ、馬鹿だけどただの馬鹿じゃない。(「飛べない豚はただの豚だ」なんてフレーズ思い出しちゃったけど)
「言わないで」
「お前らつきあってんの?」
秘密とかナイショとか苦手なタイプではあるが、そこまで阿呆じゃない。
まあ信用は出来るが、信頼はできない。
本人の表情が雄弁すぎるから。
だからとっさに判断。
「なわけないでしょ」
事実は事実だが、私が何故彼のところに……かは伏せてもいいだろう。
そもそも、これから何があると決まったわけじゃないし。
「取りあえず話は後、入らせて」
「お、おう……」
赤澤は戸惑いながらも一歩どいた。
観月の部屋のドアの前から。
それから二人して、滑り込む。
観月なら、「ドアを開けておきなさい。はしたない」とか言いそうだが、赤澤に対して警戒は無用だ。赤澤の趣味規定から外れてるし、こっちもそうだから、問題ない。
「言っとくけど、私は忍び込んだんじゃないよ?」
……最初からいただけ。帰らなかっただけで。
――というか、戻ってくる観月を待ってた。
ただ「待ってて下さい」と言われたから。
それから観月はなかなか戻らず、今に至る。
午後九時。
そこまで遅い時間でもないことを時計で確認してか、赤澤も落ち着いていた。
「観月はまだ帰ってないのか?」
「流石にそろそろ帰りたいんだけど生憎ね」
「ってことは?」
「ノート。返しに貰いに来たの。適当に持って帰れって言われたけど、場所が分からなくて。観月に聞いたら『待ってくださいね』って出てっちゃって、そのまま」
「なんだ、それ」
まあそれはそうだろう。
もう一言、伝言がなければ。
赤澤は唸ってから、確認する。
「これってばれるとまずいよな?」
都合がいい。
私は思いっきり強調して答えた。
「よりによって観月となんか絶対に噂されたくないから、誰にも言わないでよ!それから……もしばれたら、『宿題とりに来て放ってかれたから暫く居たけど、観月が戻ったらすぐ帰った』ってちゃんと説明してね」
もう一つ。
「ばれたら下手にごまかさないこと。赤澤、顔に出やすいし、それで余計な誤解でもされたら困るの!」
「ああ」
「分かるでしょ?」
「だな……。観月のヤツも荒れ狂うだろうし」
よしよし。
普段の脅しがここにきて大分効いてるよ、観月。
「それから……もしばれても木更津までね。他には言わないで」
「木更津はいいのか?」
「ううん。気づく可能性があると思ったから。そうしたら本当のこといわないと怖いし」
「なるほど」
こちらも納得されてる。
――木更津、一体何してるんだ?(私も何げに警戒気味だが……)
ともかくこれで危険回避した。
* * * * * * * *
観月が戻ったのはそれからかっきり十分後のことだった。
「そこまでして、なんで待ってたんですか?」
事情を説明した後、観月は冷静な声で聞いた。
――知ってるくせに。
ううん知ってるからこそ言わせたくないし、確認するのだろう。
彼の部屋でくつろいでた――正確には棚から借りた本を床に座り込んで読んでた――私を嗜めて。
「なんでだと思う?」
「送ります。もう遅いですから」
観月は踵を返した。
話をごまかすつもりだ。
「いいよ。一人で帰れる」
「道の問題じゃありません。何時だと思ってるんです?危ないでしょう」
「塾が終るのと同じ時間」
「帰りはいつも一緒じゃないですか?」
「ならここにいていい?」
「は?」
観月は固まった。
「嘘」
そう。
この間のでお終いにするって決めたんだ。
二人で会ったり、一緒にいたりするのはどうしてか後ろめたいから。
いつもならこんな我侭言わない。
ただ半分は本当だしね。
「半分本当。寮のしまる時間聞いてきた」
「ええ」
「過ぎてる」
時計を指す。
観月らしいシンプルな壁掛け時計は、ベッドサイドに寄りかかってる私の目の前、勉強机の直ぐ上にあった。
観月は見向きもせず、「知ってます」と呟いた。
待ってる間は広いと思っていた部屋が急に狭く感じた。
しばし沈黙が走ったが、どちらからも何も言えない雰囲気だった。
――待ってるかどうか試したくせに。
今更どうしろと?
そちらをじっと見つめていたら、
「仕方ありませんね」
観月は盛大にため息をついて、根負けしたように頭を抱え込んだ。
「今日だけです」
「それ、前も言った」
「――今日は何もしない。、もう寝なさい」
「まだ早い」
「食事は済ませましたか?」
「うん」
この展開を読んでたわけじゃない。
期待しても何もないとどこかで諦めてたし、今もそうロマンティックな状況になることなんてないと哀しいから理解できてる。
「家へは?」
「知ってるくせに」
「聞いてみただけです」
昨日の会話。
塾の合間のこと。
意識しないで話すようにして話しづらくなってた私たちには久々の普通の会話だった。
『大変ですよ、スキー合宿で後輩がいないんですから』
『へえ、じゃあ寮はガラガラだね』
『ええ。当番が早く回ってきます』
『ソレは嫌かも』
『でしょう?』
『でも、うちも明日から親が旅行。当番どころか全部自分でやるんだよ』
『偶にはいい薬ですね』
観月は嘲るように――いつもの調子だ――言って、それから同じ様子で、
『ノートを貸して下さい』
誘われたと思ったのは私だけなのか。
試されてると思うのは私だけなのか。
分からない。
――ま、いいかな。友達なら問題ないし。
いや、状況的にはまずいがあっけらかんとお互い過ぎられるキャラだろう、友達なら。
恥だから誰にも言わないが、「自惚れないで下さい」「君もね」とか言い合って終るはずのアクシデントだ。
「やっぱ、帰る」
「駄目です」
「…………」
「なんですか?僕は何もしませんよ。でも今帰っても――」
「うん」
観月は言葉を詰まらせる。
こほんと咳払い。
それから――
「その…、一人なのでしょう?」
「うん」
「……………」
なら居ろと、この人が口を割ることなんてないだろう。
でも帰れと言うことも――言った自分が気に障るからありえなそうだ。
「赤澤だけですね?見られたのは」
「うん」
「なら――勝手になさい」
――何だ、それ。
頭にこなくはないが、先にちょっとだけ顔が熱くなった。
観月は何もしない。
少なくとも今日は、この先は。
でも……
「勝手にする」
私は床からベッドに座り直すと、目の前でどうしていいか分からず立ちつくす観月の手を取った。
むっとしてることはわざわざ表情を伺わなくても分かる。
「……何もしませんよ」
繰り返す言葉が弱かったが、聞き流した。
――あーあ、二人して、何やってんだか。
最近ますますもって滑稽な私たちを、別のところから二人して見てるみたいな錯覚に襲われる。
「観月、手冷たい」
「外に行ってきましたから」
「何してたの?」
「何でもいいでしょう」
「紅茶買いに?」
「飲みたいならそういえばいいでしょう?」
それから観月はポットのお湯をとりに行き(寮のシステムだ。自分で沸かすこともできるがこっちの方が簡単らしい)、私はまた一人になった。
ただ何だかこんどはほっとした。
一人で待ってたときよりずっと。
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