終った夜 始まらない朝(観月SIDE)

 電話を切ると、再び部屋に入る。
 寝入っているを見ながら、予想もしなかった昨晩の自分の行動に苦笑した。
 ――僕は一体何をしてるんでしょうね。
 また剥ぎかけてる毛布をかけ直してやる。
 極力触れないようにして――。

 平然と日常になじんでしまっているあの日以降のと、寮を留守にしてる後輩。
 状況がそうさせたのか、欲求が堪え切れなかったのか。
 ともかく今、手に入れている。
 ――たかがいっときでも。

「何をやってるんでしょう」

 気づけば独りつぶやいていた。
 ――……寝不足で頭が可笑しくなってるにちがいない。
 原因を作ったのは間違えなくで、だがそもそも仕掛けたのはこっちだった。

 *    *  *  *  *  *  *  *
 昨晩。

「ルドルフって行事、多いんだね。意外……」

「おかげで大変ですよ。明日からはスキー合宿で後輩がいないんですから」

「へえ、じゃあ寮はガラガラだね」

「ええ。だから当番が早く回ってきます」

「ソレは嫌かも」

「でしょう?」

 受験の話をしてからも、との関係は変わらなかった。
 会う時間は減るかと思ったが、特別推薦テストの話がきてこちらもグレイドをあげた。
 同じクラスで授業を受けてる。
 躊躇はあった。
 ――マネージャーの件も自分がを手元においておきたいだけでは?と聞かれると即答できませんしね。
 ……計算も当然ある。
 ――どっちが本当の気持ちなんだ?
 分からない。
 それでも時間は進み始めている。
 こうして帰宅中も、授業の話や寮での話、ごくごく当たり前に会話を交わせば軽口も叩く。
 テニスの話も避けてるわけじゃない。
 ただ――

「でも、うちも明日から親が旅行。当番どころか全部自分でやるんだよ」

 誘い文句ではないと分かりきっていても、こんな言葉にすら気を取られてしまう自分がいるのは確かだった。

「偶にはいい薬ですね」

 言いながらドキッとしていることを気づかれないよう、話を変えて――

「ノートを貸して下さい」

 ――いいえ。変える素振りで賭けに出たんです。 
 そうして、返し忘れたノートを取りに来た彼女を待たせた。
 とっくに寮の門限がすぎるまで戻らないままで。
 もしも、このドアをくぐって彼女がいたら……
 そんなことを考えて。
 

 *    *  *  *  *  *  *  *
 そして、は残っていた。
 その後、こんな状況に陥っている。
 紅茶の飲み残しと、いくつかの忘れられないやり取りと……。
 考えるうちに眠りに落ちてしまえば楽だったが、そうも行かず、寝てる間なら――と彼女を眺めた。
 ――我ながら悪趣味ですね。
 言っておくがさすがに睡眠中をいいことにどうこうするつもりはない。
 久々に安らいでる顔の彼女に安心して、明け方、眠気がうつった。

 起き上がったら朝食の時間だった。
 赤澤にひやっとする詮索をされ、木更津にはばれた。
 そして不二との電話……
 
が女だなんて……そんなこと、一番僕が知ってますよ」

 電話越しに警戒を伝えた不二兄を思い浮かべ、口にしたら、急にむしゃくしゃした。
 寝てる彼女は心地よさそうで、それがますますイライラを募らせる。

「なんで待ってたんですか……」

 答えこそ、何より知ってる。
 昨晩、触れようとすればいくらでも触れられたはずの肩が毛布をはじいて出る。
 たった数センチの距離を、ものすごく遠く感じた。
 あの日よりも、ずっと許されてる気さえ覚える。

 指を伸ばして、起そうと思ったが、出来ずに止まった。
 ――二度と触れられない……
 唇を噛んで、「その先に進んだとしても」と挑発した、あの夜の彼女に腹を立てた。

「これじゃ、逆ではないですか」

 何をしなくても、拡大していくばかりの気持ちが滑稽だった。
 触れてしまえばどうなるのか、分からない。
 ――黙ってれば何してもいいとでもいうんですか、貴女は……。
 そうじゃないだろう。
 
「ん……」

 が身じろぎをする。
 ――起きる前にせめて何か……
 僕は一瞬考えて、身をかがめた。
 キスでは覚えていられない。
 あの日の熱も記憶には残っても、直接残ってやしないのだ。

 ――いつか消えてしまうかもしれない……

 左手を取って手首に痕を残した。
 唇で吸った薬指、その指先は細くて――……そちらは目立つから諦めた。
 貸したシャツから細い首筋が覗いた。
 動いたせいか、髪の毛が乱れて、白い肌が面積を広めた。
 そちらは見ないようにして――そうでないとどうなってしまうか、本当に予想がつかない。否、つきすぎて怖い――僕は立ち上がる。

 どうか気づかないで――。
 もう遅いかもしれないが、何度も何度もそれだけを願って……部屋を後にした。
 食堂から持ってきたパンを冷蔵庫に押し込み、書置きをすることは忘れなかった。
 こういうところまで気になってしまう自分が今は哀しかった。

「何もなかったんですよ……」

 本当だとしても、これほど信憑性なく聞こえるのはどうしてだろうか。
 

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