翌日 (不二周助SIDE)

 から紙が回ってきたのは授業中だった。
 幸い席が近いから女子を経由することなく受け取れた。
 このせいでがああだこうだ疑われることはないはずだ。
 もっとも、クラスの馬鹿な女子が、彼女の噂をしたのはごく短い間で、最近は悪口すら聞かない。
 見ていてわかったのだろう。
 にとって僕は眼中にないらしいこと。
 もちろん親しくなった乾や、時折話す英二にも、だ。
 彼女の趣味はあの性格の悪いマネージャーだから当然だよ。
 僕が話しかけても気がなさそうどころか、本気で迷惑がってみえる。
 実際、そうでもないことは、さすがに僕には分かってきたが(――は意外と人見知りだし、読書中やのんびりしたいときに僕みたいなのに話しかけられると神経を使うのだろう。それも大方予想がつく)
 だから、わざわざ伝言をする要件はよっぽどのことに違いなかった。
 ――わかってるんだけど?
 数学の問題を解きながら僕はにこっそり目配せをした。
 これでしぶしぶとはいえ、休み時間にでも話す機会がもてるだろう。
 僕の方も聞きたいことが沢山ある。
 速く解けてしまった問題を目で追いながらシャーペンの芯を入れ替える。
 ついでにこっそりめくった紙には一言、端的に『ありがと』とあった。
 ――何が?誰にも言わないでいることが?
 そんな保証などどこにもない。
 たぶん、言う必要ないだろうとこっちの状況計算はしてるんだろうし、それもあながち間違ってもいないけどさ。
 ――つい天邪鬼をしたくなるよね?を見てると。
 その後、残りの授業時間がたかが十数分なのに何倍にも感じられた。
 ついでに斜め後ろから、ブラウスから覗く白い肌――掛け値なしに白いことだけは認めてもいい――をついつい凝視してしまい、跡がないことを確認。
 直後、僕が自分の品性を疑ってかかったのは言うまでもない。

 *    *  *  *  *  *  *  *
 でも、と話すのはもう少し後になる。
 昼休み、そろそろが出没する音楽室周辺にでも移動しようかとしたとき、乾に捕まってしまったから。

「駄目か」

「即答だったよ。君が頼んだ方が勝率は高かったかもしれない」

「どうかな。元々確率に関しては低めの設定だったからな」

「そうなの?」

「もしかして、の可能性に賭けていたのさ」

 ――もしかして、か。
 もしかしてが観月を好きではなかったら?
 もしかして観月がを必要としていないかったら?
 乾は知らないけど、『もしかしてが聖ルドルフに行くつもりがなかったら』?
 ――どうかな?
 僕にはそんなことはないように思えた。
 運命だなんて気障な言い方をするつもりはないが、にとって全て必然だったのだろう。

「そもそもこの学校自体に執着がないタイプだよ。あれは」

 ――正解だよ。乾。
 でも、僕はルドルフに行くことまでは告げなかった。
 裕太には教えてしまったのに。

 そう昨日の電話だ。
 偶々裕太は学校主催のスキー旅行前で要件があってかけてきたけれど、の話になったから、
『……そう、乾が目をつけてね。をマネージャーにって……』
『乾さんが?』
『うん。それで結局僕が誘ったんだけど軽く断られた』
 言ったら裕太は息をついた。
 無意識だろう。僕が「ホッとした?」と聞いたら、
『ばっ、馬鹿言うな』
 怒られてしまった。
 その後、理由は受験だと教えたんだ。
 ルドルフに、と……。
 半信半疑の裕太が「からかってるんじゃないか?」とか疑うものだから、「心外だな」と返しておいた。
 心外だな……。
 ――僕はもっと性質が悪いよ。

 その情報伝達は裕太が有利になるようにだったのか、何も知らないでいる現状を引っ掻き回したかったのか、あるいは観月に対する嫌がらせだったのか、自分でも分からない。
 ただ、後ろ暗い喜びは、自負せざるを得なかった。 

「どうかしたか?不二?」

 感慨にふけっていたら乾が聞いた。

が執着するものを考えてたんだよ」

「色々ありそうだぞ。ただ学校に執着がないとしか言ってない」

「そうだな」

 僕と違って好奇心は旺盛だ。
 ――でも……一番は『観月』なんだろうね。たぶん。
 口元にまた嫌な笑みが浮かんでしまう。
 乾は僕らの複雑さに感づいたのか、

「仲がいいとも言い切れないのか?」

「さあ?だからいったのに。今回は乾が誘うべきだったよ。僕としたことが大人気ないことを言っちゃった」

「今度、そうしなければいいだろ?」

「マネージャーは諦めることになるけどね」

「不二が言うならそうなんだな」

「たぶん」 
 僕は答え、乾は戻っていく。
 ありがとうの受け答えを、今度こそ素直に出来るよう、僕は深呼吸をした。
 ――流石に朝帰りの一件は隠しておくよ。
 何もなかったようだしね。
 *    *  *  *  *  *  *  *

 ところが、理科の実験作業の結果、とんでもないものを発見するに至る。
 実験の成果はこの際どうでもいい。
 試験管を洗うの手首に、不自然な痣が出来ていたのだ。
 マジマジと見つめていたら、目があってしまった。
 さっき【後で】って合図したまま放置したから、当然のことだ。

「何?どうかした?」

「昼話しそこねたと思って」

「残念ながら不二が想像したようなことはありません」

「さあどうだろう?」

 たぶん彼女はまだ分かってないんだ。
 誰も気づいていないがこれは指摘しておくべきだろう。
 詳しくは後にしても、不用意にさらしてばれたらことだ。

、手……」

 硝子板を渡しながら蝶みたいなそれを指したら、彼女ははっと息を飲んだ。
 すぐさま真っ赤になる。
 ――あーあ、嫌になるよね。
 どうやら結果的に、あの電話で観月を挑発してしまったらしい。

 観月にこのままやられっぱなしというのも癪だし、こんな顔をするに説明出来ない苛立ちも覚えた。
 だから、だと思う。
 提案してみたのは。

「ねえ、。僕と付き合わない?」



MENU