翌日 

「今なんていった?」

「僕と付き合わない?」

 何を聞き間違えたのかと思ったが、不二は同じ台詞を繰り返してくれた。
 途端、覚えもなかった手首の痣が熱くなった気がした。
 一瞬のことだ。
 既に水道を捻っていたからその痣ごと硝子盤を持つ手に、水がかけられてる。
 私は思わず口走っていた。

「冗談。これ、見といてよく言える」

 ――自分も気づいてなかったくせに……。
 でも、不二は自分がどのくらいフザケた提案してるのか了解しているに違いない。
 ――分かってるんだから、当然の断りよね?
 洗い終わった硝子を、布巾の上に並べながら自分に言い聞かせるが、そのときふと、私はその台詞で自分を慰めていたのかもしれないなあ、と思った。
 この痣の【真意】はこの先本人から聞くことが出来ない。
 だから、『せめて不二なら決め付けで、こちらの淡い期待を肯定してくれる』と心のどこか思ったのかもしれなかった。 
 だが、不二は何もアクションせず、いつもの曖昧な笑顔で、
「結構本気だったのに」
 と、うそぶいた。

「嘘つきは泥棒の始まりよ」

「……うん。でも、裕太には勿体無いと思ったんだ」

 何を言い出すかと文句の一つも言おうと思ったが、先に、不二がすかさず「観月にもね」と付け足したから私は黙り込んだ。

「まあ考えておいてよ」

「顔が笑ってる」

「そう?けど、が本気にするなら僕は本気になるよ?」

 ――それ、本気とは言いません。
 呆れてものも言えないとはこのことだ。
 今の不二はまるで人のものを欲しがる子供みたいに見えた。
 ここで返答も何もないが、甘えられたら楽なんだろうな、とは思った。

「怖いから遠慮しておく」

 心底から呟いたら、不二に苦笑されてしまったのだけれど。

「残念。痕が消えてから言うべきだったね」

 馬鹿か?
 冷たい視線を送ると、相手はひどくご満悦といった様子で私の手を取った。
 その仕草があの痕を私に見せ付けるようで、目をそむけた。

「受験生相手に嫌がらせも大概にしたら?」

「うっかりしてたね。なら受かってから聞くよ」

 ――それなら文句ないとでも言いたい?
 威嚇するような視線を慌てて送るが、不二はもう何も言わない。
 ただ気配が「いえるのか?」と私を責めた。
 私は不二が別に私を『好き』じゃないことを知ってる。
 だけれど、これは意味のない会話じゃない。
 受かったらどうするのか?
 私は暗に問われてる。試されてるんだ。

「気分も変わるかもしれないしね」

「……なら、そうして」

 答えなんて知ってる。
 でも、もう言い疲れた。
 感傷に浸る気はさらさらないが、この先気持ちがどう転ぶか怪しいといわれてしまえば「はいそうですね」としか返せない。
 私は踵を返す。
 悔しいが、不二の言葉は何より的確に状況を指し示していた。
 ――ねえ?どこで終らせられると?



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