独白  :終れるか否か

「久しぶりだね」

「そうですね、二年と三年と全員が集まっての練習なんてもうないと思ってました」

 練習に来るのは多分これが最後だ。
 毎回来てるわけではないが、試験までそろそろ一ヶ月を切る。
 受かれば――もしも、の仮定は好きでないが、観月の練習をまた見ることになるのかもしれない。
 ――でもなぁ。
 このままだとそれは危かった。
 勉強はしてる。
 はっきり言って、相当の量こなしてるつもりだ。
 受かる不安よりも、今私をしめてるのは――

「ところで……」

 考え込んでいたら、ストレッチ中の観月がそのままの体勢(言っちゃなんだけどなんか間抜け)で、話しかけてきた。

「あの後、平気でしたか?」

 後――痕。
 どちらか分からないが様子から見るに前者だろう。
 冷静になれ、と自分に言い聞かせる。

「ん。不二に電話してくれたんだって?ありがと」

「あの人に……何か、言われませんでした?」

 何だか可笑しい。
 観月が不二に電話をした構図を思い浮かべると笑みがこぼれる。
 しかも、本気で心配してるようだった。

「ううん。変なこと言い出されたけど、特には」

 ――勘ぐってはいないよ?決め付けてるだけで。
 またも言外に告げるが、観月が引っかかったのは別の場所だったらしい。

「変な?」

「ああ。付き合わないかって」

「え」
 
 観月が動作をとめた。
 すぐ心底嫌そうに顔をしかめ、更にそれをごまかすようストレッチを続けた――あの、座って前に身体を倒すやつ。顔が見えなくてちょうどいい。

「不二の悪い冗談だよ」

「……本気にしてないと?」

 観月が向きになるのは「私」のことでなく、相手が「不二周助」だからだ。
 分かっているから面白くなかったが、それは妬かれたかったからではない。
 ――分かるんだけどね。
 観月は観月で凄いんだよ?
 ……なんて今更言うのも難だし、気持ちが嫌になるくらい分かるから何も言わないでいた。
 作り終えたドリンクを作りながら、私は「してないよ」と答える。
 観月はそれ以上聞かない。
 聞いたら観月じゃない。
 練習は始まってる。
 マネージャーは今日の練習メニューチェックに、ハウスの方に戻ってきたに過ぎない。
 ストレッチも終えたし、もうコートに戻っても可笑しくない。
 観月はくるりと踵を返した。 
 何か言いたそうだったが、こちらから言うのは癪に触るから、やっぱり私も声をかけなかった。
 ――似てるよね。こういうとこは。不二なんかよりずっと……。
 この人はプライドの塊だと思われがちで、それもあながち間違えではないのだけれど、根底にはどこかに自信のなさがあると思う。
 覚えのある感情だから、不二とのことも決して張り合うなとは言いたくない。
 そういうところが『観月』なのだと思う。

 そんなことを考えながら、私は水筒を持ち上げた。
 相変わらず重い。
 いつもならこんなとき、もう一つを――
 誰が?どうした?

「……最近は裕太が手伝ってくれてた?」

 いや。
 私は断って、一人でやるか、金田も巻き込んでるわな。
 意地悪を言って挑発することで、私に素直に手伝わせるのはいつだって観月だ。

、遅いですよ」

 ほら――。
 観月はドアの前にこうやって、何もなかったように戻ってきて――

「貸して下さい」

 勝手に手から水筒を片方(両方は私が渡さないと知ってるからだ)奪い、「貴女という人は全く……」と悪態をつく。
 ――あ、いつもどおりだ……。
 また魔法が解けてしまったように、こないだの『お泊り事件』は忘れ去られてる。
 こういう会話は好きだったからいいのだ。
 私は「酷い」と声を返した。
 でも……

「……不二には何て答えたんですか?」

 さり気なくきいたつもりの、しっかり不自然な言葉が飛んで。

「『冗談でしょ。受験が終るまで誰とも付き合わないよ』って言った」

「『その後は?』と彼はききませんでしたか?」

 観月の質問の中で『不二』が消えた。
 私は今観月に聞かれてるのだと思った。
 既に歩き出してた観月は振り返ったまま、こちらを凝視していたし、私の目は間違えなく揺れていた。
 ――なんで君が聞くかな?
 ……観月の馬鹿。
 私は軽く首を縦に振り、それから答える。

「『その後はわかんない』」

 必要以上に声は冷たく響く。
 
「…………」

 始めて、観月は絶句してた。
 本当にびくりとしてるその様子に、私は喉元がちりちり……むずがゆいような、痛いような感覚を覚えた。
 本当の意味で声を忘れるってこんなことを言うんじゃないだろうか。
 言いたいことが何も言えない。
 精神的にでなく物理的にそうなってる感じ。

 長い沈黙の中、今の言葉は事実上の最終勧告だったのだと、私はようやく気づいた。
 ――『君を好きでいられるとは限らない』  
 本当のところ、強がりに決まってるし、あてつけなのかもしれない。八つ当たりなのかも。
 けれど不二の言葉にそれも一理あると思ってしまったのは事実だ。

 それ以上もう何もフォローできず、私は見ない素振りで水筒を指す。

「重い」

「もちませんよ。一つくらいいいでしょう?貴女ならもてます」

 ペースを取り戻した観月の顔は、でも、決して晴れてはいなかった。

「馬鹿」

 意地を張りすぎて疲れてるし、泣きたい。
 でも、どうもできない。
 空回り。
 
 頑張って素直になろうと思っても、この間の夜も――確かに、観月は拒まないけれど、何もしないわけでもないけれど……もどかしいだけ。
 ――馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿………
 私は心の内で呪詛を吐きながら、観月の後を追う。

「馬鹿は貴女でしょう」 

 ――そんなのお互い、とっくに知ってるじゃないか。
 それでも今日、期限は、つけた――……。
 受験が終ったら――。
 どうなるのかは結局分からないのだけれど。



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