噂(裕太SIDE)

 スキー合宿から戻って、一番最初に聞かされたのはとんでもない噂話だった。
 男だらけの寮だから誰かのところに女子が遊びに来たってだけて、大騒ぎになることがあるけれど、『そんなものではすまないこと』だと言う。
 野村先輩は勝手に入ってきて、そこに通りすがりの木更津先輩と柳沢先輩、何故か井戸端会議になっていた。
 ――どうでもいいけど、ここ、俺の部屋なんですけど……。
 正直、そこまで興味のある話でもなかったらから、同じく微妙そうな顔をしてる金田に目で合図をしたが、向こうは呆れながらも先輩に巻き込まれてるペースだ。
 ――まあ、俺もだけどな。
 丸く囲むような形で陣取っているから今更抜けられやしない。
 ちなみに俺の隣が、ノムタク先輩(話し手)で、横からはクスクス笑い声――木更津先輩がいつの間にかいた。
 ノムタク先輩の話はごくごく単純で、どうやらこの寮に女が忍びこんでたらしいとのこと。

「だから見たんだよ、この階で……」

「先輩、それ、見間違いなんじゃないですか?」
 というか、寮母がいるのに何故忍び込めるんだ?
 ――あ、裏側のドアって時々開いてるんだっけ。
 周助が入り込もうかなぁと物騒なことを言っていた記憶がある。
 謎の兄参観とかいって見学に来たときのことだった。

「いいや、間違えない」

「……けど、この寮結構広いし、うち以外の部では日常茶飯事なのかも」

「金田、それならクラスの寮生が毎日ぼやいてんのはなんでだよ」

 これは俺のコメント。
 一応共学だけれど寮生は寮生だからな。
 お年頃だし、それなりにそういう話は出る。
 彼女の家に上がりこむしか方法がないとか、定番のもうやったかとか……。
 こっそり、俺が先輩を浮かべてそのたび罪悪感に囚われるのは秘密だ。
 そういえば、スキーの部屋割り――金田と一緒だったんだけど、そのとき聞かれたことを思い出す。
 ――俺、ばれてんだよな。金田には。

 *    *  *  *  *  *  *  *
 先輩方どうしてるかと話を振ったときのことだ。
 
「ああ、先輩?」

 俺はいきなり核心をつかれて、回収したばかりのドライヤーを落としかけた。
 ――まずい、これは兄貴のだ。
 壊れていないかチェックするが、耳は金田の方に集中してた。
 
「好きなんだろ?先輩方も気づいてるんじゃないかな」

 金田はアッサリ痛いところをついてくるが、あの人たちはあんまりわかってねーと思うぞ?
 分かってたらからかわれないはずがない、そんなことを考えながら(あんまり嬉しくない想像だ)俺は「ああ」とか「うん?」とか曖昧な返事をした。

「本人は鈍感だからどうかわかんないけどさ」

 金田はそう前置きをしてから、

「言っちゃえば?」

 と言った。
 ――言えてれば苦労してねーよ。
 こともあろうに相手は観月さんの友達で兄貴のクラスメートなのだ。
 四面楚歌という言葉がぴたりと嵌る。
 兎にも角にも、こんなふうに既に金田にはばれてるらしい。
 ――俺、そんなにわかりやすいかぁ?
 赤澤部長ほどじゃないよな。
 言ったら金田は怒るどころか同意しそうで怖いので止めておいた。(影口でなくて真剣にそう思ってたらそれはそれで問題だと思う。俺ら、後輩だし)

 *    *  *  *  *  *  *  *
 回想にため息をついていたら、横からその金田が突付いてきた。
 意識が引き戻される。

「どうしただーね?」

 柳沢先輩が怪訝な顔をして、木更津先輩は何だか怪しい笑みを表情に浮かばせた。
 ――目を合わせたらばれるとか?
 兄貴と同種の何かを感じた俺は慌てて話を元に戻す。
 ええと、女がこの寮に忍びこんだんだよな……?

「でも、見たってことはこのフロアなんですか?」

「そうだよ、しかもなんとこともあろうに――」

 ノムタク先輩が心底楽しそうに続きを口走ろうとしたときのことだった。
 がらっと音がして、誰か入ってきた。
 言わずもがな後輩に人権はない。
 ――特に俺には何故か……。
 迷惑だともいえず、先輩達の会議の場所を提供してるのは事実だが、兄貴一匹よりはずっとましだと思う。ここは我慢だ。
 誰だ?
 視線をドアの方に向けるまでもなく、相手は会話に参加していた。

「あ?女?あーそれだろ」

 爆弾発言。

「え?でも夜中ですよ?」

 俺よりも金田の方が冷静な分対応が早かった。
 静かに赤澤部長――この人が昼間量に入り浸っているのは有名な話だから気にしない。自宅が物凄く近いせいらしい。――の言葉を待つ。

「あー……」

 気まずそうな表情をした。

「何だーね?罰ゲームか何かさせただーね?」

「そうそう。赤澤が何か無理言ったとか?あの日、寮にいたし。マネの仕事延長させたんじゃないの?」

 畳み掛けるようにダブルスコンビが推測する。
 ノムタク先輩が面白くなさそうな顔をした。
 色気のない方に話に持ってくこのコンビは冷めてるんだろうが、結構理知的で常識派だと思う。
 ただ、今回ばかりは、なんか赤澤部長がこき使うイメージは浮かばないし、違ってる気がする。
 むしろそういう無茶をさせそうなのは――

「だから、見たっていっただろ?」

 誇らしげに切り出したのはノムタク先輩だった。
 さりげなくこの人は情報収集に長けてる。
 信憑性は高い。
 赤澤先輩が言いよどんでるところをみると、興味もわいてきて(何より先輩のことだ)俺と金田は身を乗り出した。
 でも、ノムタク先輩を遮って、赤澤先輩が状況説明の役をとってしまった。

「観月に貸したノート取りにきてたんだよ。結構遅い時間まで、帰ってこなくて、俺も会って文句いわれたんだけどよ。……まあ、でもそれ、九時半のことで、その後即効観月が戻ったから、こっそり送っていったと思うぜ?」

「だから!」

 ノムタク先輩が切れた。
 話を遮られっぱなしになると、時折こういうことがあるが、みんな一瞬ビックリした。

「朝、が観月の部屋から出るのを見たんだよ」

 これにはもっと驚いて、周囲が凍った。
 でも、赤澤部長はないは思っているらしい。
 木更津先輩も「ないでしょ」と、柳沢先輩に意見を求め、頷きあってる。

「ほら、しかも、観月寝不足だっただろ」

「……そりゃ……」

 この辺は本当の情報のようだ。
 にやりと笑ったノムタク先輩はやっぱり相当の情報屋だと、俺はふとベッドの周辺を見た
 野球部に押し付けられたアレとか見つかったらやばそうだ……。

「なら、俺がきいてくるか?」

「いや、赤澤、それは……」
「それはちょっと……」
「やめとくだーね」

 みんなの声が重なった。
 結果がどうあれ観月さんを怒らせるには違いない。
 ――被害は赤澤部長だけですまないからな。
 観月さんが怒るとまずいことは俺らが共通に抱いてる認識だ。
 でも、よく考えてみれば、俺も――それから、みんなもどこかで「そう」であっても可笑しくないと予感してるのは妙な話だった。

 ――気にならないといったら嘘になるな……。
 兄貴の言葉がどこまで事実か分からないが、あれがもらしたことからですら、観月さんの気持ちは変な方向に推測できてしまう。
 極力気にしないように、とは思っても……
 ――金田のやつ、こっちみてるし。
 気になるものは気になるのだからしかたない。

 本気で動き出しそうな部長を止めることを忘れてたら、部長がきたときと同じようにドアががらりと開け放たれて――

「一体、何でこんなにたまってるんですか?」

 そこには観月さんがたっていた。
 ――どうすんだよ。
 周囲をみると、予想外の本人登場にみんなして目をそらせ、あさっての方向をむいてる。
 
「いや、お前の部屋に――……」
「なんでもないよ」

 赤澤先輩が尋ねようとして、野村先輩が止めた。
 核心してようが目撃してようが、さしものノムタク先輩でも直接聞くのはヤッパリ怖いらしい。
 そんな心を知ってか知らずか、部長は堂堂と聞いた。
 
が来てただろ?それをノムタクが見たって話で」

 ――この人、なんだかんだで強いよな……。
 意外と兄貴が苦手なタイプかもしれないと、ふと考えた。
 多分間違いない。

「ああ、なんだ。そんなことですか。彼女はノートを取りに来ただけですよ」

「だろ?だからその説明をしてたんだよ」

 これで会話は終了。
 そのあと、赤澤部長は帰り(正確には観月さんに追い出されてた)ノムタク先輩は首をかしげ、柳沢さんと木更津さんは、

「あっさりしてるってことは間違えじゃない?」

「なんだか兄妹みたいな感じだーね」

「幼馴染みたいなもんだって言うからね」

 見事に俺にとって都合の良い解釈をさせてくれる。
 でも……
 怒らない観月さんにかえって不安になる。
 先輩方が部屋を出ていった後、最後まで残った金田はぎこちなくこの話題に触れた。

「観月さんのところに、本当に居たみたいだな」

 ――まああの人は警戒心がないから。
 そうは思うが、そんな自分の考えすらどこか言い訳めいて聞こえる。

「観月さんか……仲は悪くなさそうだもんな」
 
  ぽつりと告げる声が弱くて、我ながら嫌気がさした。

「どう思ってんだろ」

 ――本当に。
 色々な思いやら光景やら、裏付けようとする景色や観月さんの癖、二人が一緒にいるシーンが頭を舞うけれど……

「譲る気ないなら頑張るしかないんじゃ」

 金田の提言はもっともだった。

「だよな」
 
 深く息を吐いて、そろそろ本当に告白しようかと自分に言い聞かせた。
 実際のところ、何度も良いかけてはタイミングが悪かったり、いえなかったりしていたというところもある。ただ勇気がないっていうのも事実だけど。

「頑張れよ」

 肩を叩いて部屋を出てった同級生にちょっと励まされて、一人になるとひっそりと告白を考えてみた。
 ――好きです、か……。
 ここまでは無難な台詞だ。
 だが、そのあとに続いて浮かぶのは、何故か甘ったるく、砂を掃きそうになるような周助の台詞ばかり……。
 あいつは絶対気障だと思う。
 人気取りのつもりはなくても、やれるのだ。
 ――サエ兄のがずっと嘘っぽくないぞ。
 ただし、俺にはああ爽やかに言える自信もない。

「やっぱ直球勝負しかねーよなぁ」

 瞬間、ふと観月さんだったら――と考えてどきっとする。 
 ストレートに言いそうだ。
 『が好きですよ』、とか。『愛してます』とか。

 気持ちがめげたのは秘密だ。
 兄貴やその幼馴染と違って、あの人の場合言いそうもないのに、妙に嵌る。

「でも……」

 ――本当のところどうなんだろ。
 何となくもやもやして気持ちが悪い、そう思った。
 単純に焦っていたのかもしれない。
 あるいは何かを見たくないような、そんな変な気分。



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