観月と知り合った切欠は実よく覚えてない。
だが、最初から狙ってた。
彼が綺麗だったから、じゃない。
問題を解きながら詰まらなそうにしてる人間だったからだ。
実際、彼の整った顔に惹かれた友達に監視を依頼されたり(私が観月の斜め後ろだったから)、それで観察してみたらちょっとした仕草に目を奪われたりしたが、基本的に今も変わらない。
私が観月の友達なのは、観月がそういうヤツだから。
でも、不二ともまた違う。
観月の場合は「詰まらないんじゃなくて、詰まらなそうにしてる」だけ。
本当は半分何かを待ってるような、そんなところがある。
私と観月は偶然塾が一緒。初等部からのお受験組で、私は一方的にヤツを見つけて……無事入学後特に話したわけでもないし、クラスも適当だったから一緒になったことがなかったが、グレイド別になった中等部で再会した。
気づけば友人。そのままズルズル。
今も英語以外の全科目同じグレイド、イコール、クラスが一緒。席は相変わらず前後だったり斜めだったり、隣の授業も一個だけある。
その授業――数学の時、問題を解き終わり時間が余った私達は話をした。
よくあることで、先生もいないから、出来る生徒はわりに好き勝手してた。
「観月、明日も試合?」
「ええ。ですから数学は間に合いませんね」
「わかった。プリント貰っておくね」
「頼みます。しか知り合いなんていませんしね。さすがに、うちの学校の人間はいないでしょう」
「ま、青学(うち)も数人だけどね。でも、よくOK出たよね」
「寮の門限があるとはいえ、そこまで遅くもありませんしね。学校側も成績をよくする分には文句はないんですよ」
んふっ……と観月は哂う。
この人、テニス特待だから、実はプレッシャーかかってる。
平気なふりでいるから、見過ごしがちない実。意識しすぎたら怒るどころか、離れてくタイプなのであえて突っ込まない。
「特待抜ければいいのに。帰国じゃなくても観月なら普通に入れるレベルでしょ?ルド」
青学よりはレベル上だが、ルドルフもこのクラスなら問題ないはずだ。
紙上で理解される偏差値がはっきり示している部分。
ではそれ以外では?
簡単なこと。
それが全てと割り切られるのは受験。
ただし、私立にはそれ以上に割り切れない「裏」もある。
何となく想像は付いていた。
「手続きが面倒です」
一言で観月は終らせるが、多分実情はこう。
『(先生達の)手続きが面倒(だから、どの道なかなか移らせてもらえないん)です』
「それに観月はテニス、本当に好きだからね」
「貴女が言うと嫌味に聞こえますね」
「……なら一度くらい見せてくれもいいのに」
私は試合に誘われたことがなく、観月は来るなとも言わなかった。
勝手にしろと言うサイン。
これが難しい。
もし行って、負けたらどうしよう。
正直スポーツしてた人間としてはそのくらい馴れもあるが、相手が観月だから。
この人平気なふりして滅茶苦茶凹むタイプだ。
観月は少しそれを恐れてて、だけど言ったら負けになるから、自ら誘うことがない。
予想でしかないが、大体当たってると思う。
だから毎回、
「止めてませんよ」
「そうね。じゃ、気が向いたらいく」
社交辞令。
ヤツは誘わず、私は行くと言わない。
表向き勝手にしろといわれても、そういうことだ。
安全策が好きなのは私達の共通点で、その瞬間、妙に似てることを意識させられる。
――本当は応援したいのに……。
向こうもそうじゃないかな、というような数瞬があるのだ。
例えばこうした瞬間、タイミングを逸らせて見ると瞳が曇ってたり、挑むように笑ってたり(不自然だ)。
――……なんてこと、最初から分かってたわけでもない。
そこまでは想像と、一緒にいた時間からの推察。
でもそれからは?
少し違う。
* * * * * * *
「なんで……」
日差しにやられてか、急に現れた影に私はくらくらした。
会わないで帰りたかった。
会いたくなかったといったら嘘になるが、呼吸が苦しい。
水がたりていないことが分かった。
でも、相手の普通でない様子が先に目について、事情を察する方が先。
ユニフォームのままの観月の顔は明らかに疲弊していた。
「なんで来たんですかっ……」
それから、苛立ちを隠さずに言う観月に、思い当たることがいくつか。
取りあえず、八つ当たりの場所もないヤツが愛しく思ったのは本当。
「来たかったから」
「……珍しいですね」
嫌味ったらしい口調で観月は言った。
青学(うち)の対戦だったようだ。そこまでは覚えてる。
しかも、負け試合らしい。
思い切って言ってみた。
これが一番いいと思ったので、真実を一声。
「うん、自分でもそう思う。だから、時間調べて来なかったの」
観月は瞬間フリーズして、あからさまにどす黒いオーラが瞬間吹き飛んでた。
「試合、見てないんですか?」
あまりにきょとんときくものだから、こちらもボヘラっと答えを返す。
子供みたいなやり取りだ(実際ガキだけど)
何だか間抜けな表情二人――客観的に滑稽だ。。
「うん。見ようかと思ってきたというよりは暇だったから……」
正直に言えば観月に会えるかもしれないから、うろついていたのかもしれない。
自分でもよくわからないが、いてもたってもいられない夕方というのがあるのだ。
塾に行くのが無性に嫌なときや、無性に帰宅を遅らせたいときがあるように。
「……そうですか……」
困惑したのは多分、このままの私じゃ文句なんて言えないからだろう。
当り散らしてしまった方がいいのは事実だし、そうされたい気もしたが、後で観月が大変だから(どうしていいか分からなくなると思う。この人、プライド高いけど不器用そうだし)
「そう。終ったの?」
「ええ」
「チームの子達は?」
「あ……」
「何?もしかして、指示忘れてた?」
「そのようですね……」
――マネージャーじゃなくて、コーチの域だよ?
思うがそれも大切な資質で、勝率は確かに上がるだろうから黙っておく。
でも……
「なら、解散でいいんじゃない?」
「そうも――」
「行かない?でも、反省会やるなら後の方がいいし。疲れてるんでしょ。観月も」
「そう……かもしれません」
珍しく素直な観月に、出来るだけ普通の顔で、私は言う。
だってこれは本当に偶然。
これくらいなら許される。
「待ってる」
観月は踵を返してしまったが、即座にふってくるはずの冷たい否定は返ってこなかった。
これが最初。
何か変わる気がした。
* * * * * * * *
何があったかって聞かれると、特に何もない。
あえて言えば……ノーカウントが一つ。
ただぐったりした観月を待って、
「行きましょうか」
促されて、制服に着替えた彼の横を歩き出す。
ドサクサ紛れに荷物を拝借。
観月は荷物まみれだったから……。
基本的にどこの運動部もそうだが、試合のときの荷物は私立だろうが公立だろうが部員が運ぶ。
スコアーやら救急箱を抱えるマネージャーは珍しくない。
データの入ったバッグをひったくると、すんなりと観月はそれを渡した。
大切なものは絶対渡さないし、レディファーストの権化みたいな人間が……。
よほど疲れていたのだろう。
本当は嫌と表情にいつもよりストレートに出る分、小気味いい感じだ。
そもそも、ここでしっかり来てくれること自体がありえないのだ。
(こちらは普通に嬉しかったりもする)
「……珍しい」
「仕方ないでしょう。きてしまったものは」
散々悪態をつかれても、その口調がいつもの観月だったから、安心した。
ホッと笑う私を見て、観月はますます顔を歪める。
怒ればいいのに――そんな気でいた私は荒っぽい調子に逆に余裕が出てきた。
捕まれた腕が痛かったが、スタスタ歩く観月が無視してない証拠のようで、とても振り払えなかった。
私は答えあわせをしてた。
観月の普段の気持ちの……
試合の話はなしで、不自然がない程度にテニスのルールを聞いたり、宿題の話をしたり……本当はこれから塾で、観月はともかく私はさぼったら大変だななんて話をした。
観月は「偶には役に立ちなさい」と、帰宅を促したが、
「ノートは頼んであるから」
「誰に迷惑をかけてるんですか?……まったく貴女ときたら……。疫病神ですね」
「失礼な」
「イライラします。さっさと塾に行きなさい」
「いいじゃない?」
「僕のノートはどうするんですか?……成績が落ちたらのせいだ」
「それくらいじゃ落ちないでしょ?」
「落ちます」
本気で哀しそうな目をするから、私は止まり、観月はこちらの様子を伺うことなく独り言のように告げた。
「僕は努力しないと出来ないんですよ」
……でも、努力して出来ちゃうのってスゴイと思うんだけど?
言おうと思う気もなく、私は観月を見てた。
……そんなのみんな同じだよ?
でも言わない。
分かるから。
似てると思ったのは多分このときだ。
「じゃ、落ちないで。私、授業出ないなんて言ってない。ノートは頼んでるけれど、私だけじゃ不安だから。もっと言えばノートじゃなくて時間だったら私がいるよ?」
――『後から教えて下さいと頼めとでもいうんですか?』なんて言わなくていい。
言ったらきっと自分を許せなくなるこの人に、私は軽く答えた。
はぐらかしがばれたら傷つくと知ってて、ぎりぎりの条件で、
「復習になるかなぁと思って。でも、携帯知らないし」
「それでここに?」
「そう。真面目に勉強したいから。利用させてよ?」
あっけらかんとした感じで。
あんまり悪役に見えない程度を狙ってみたら、私と同じ、半分だけしか相手が読めない観月は意外と簡単に折れた。
「……仕方ないですね」
見抜いてるんですよ?
って目に書いてあったのは流石だね。
これが多分ターニングポイント。
内容なんて軽すぎて……単にこの後、暇なときは会って勉強することが恒例になったことくらい。
何があったかって聞かれると、特に何もない。
あえて言えば……ノーカウントが一つ。
「もう少し好意は隠すものですよ?」
荷物を受け取り、耳元でむくれたまま告げられた言葉。
反応にからかうような笑顔で、「引っかかった」の言葉の代わり、
「んふ」と笑った観月。
素早く髪に落としたキスは自分も他人も全くみていなかった。
それってノーカウント?
誤まって頬と唇をかすった熱は錯覚かもしれない。
観月と知り合った切欠は実よく覚えてない。
だが、最初から狙ってた。
彼が綺麗だったから、じゃない。
問題は解けるくせに、解くまでの過程ごと考えこんで切り捨てきれない人間だったからだ。
そこは多分彼が自分で一番嫌いなところだから、絶対教えないけれど。
切欠は覚えてなくても、そういった矛盾したことなら全部覚えてる。
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