仲介には戻れない(赤澤SIDE)

「おい、観月……」

「何ですか?」

 ――うわぁ機嫌悪……
 裕太の部屋を出た観月は静かに微笑んでいたが、こめかみの辺りがぴくぴくしていた。
 比喩でなく、人間本当に怒るとこうなるもんなんだと、どうでもいいことに感心していた俺は、

「さっきのはどういうことでしょうね?」

 お前のせいだな?と決め付けられる視線に我に返る。
 まずは言い訳だ。
 それから事情を聞こう。

「……あ、だからノムタクが女を見たって――」

 ――俺も流石に朝までいたなんて話きいてねーよ……
 穏便にまずはそこまで言う。

「で、そこに俺が入ってって、『』だろうって……いっちまった。すまん」

 観月は音の出そうなため息をついて、

「変な噂がたったらどうするんですか?困るのは僕じゃない。彼女だ。状況を考えてください」

「受験だしな」

「分かってるなら良い」

 にべもなく、言って観月は自室に戻ろうとした。
 まだ寮が締め切られる時間には遠い。
 俺は迷わず、観月の後に続いた。
 やつもやつで、予測していたのか、部屋に招きいれる。
 お茶を入れ始めた観月をみながら、俺は話を続けた。
 ――こいつは沈黙してるときのがこえーんだよ……

「でも、ほれ、テニス部内だから、な?柳沢と木更津も信じてない顔してたから平気だろ」

「……木更津にはお前がばらしたんだろうが」

 言葉遣いが変わっている。
 これはマジに怒ってるって証拠だ。
 更に言わなければならないのは辛いが、このまま胸にとめていても仕方ない。

「本当悪ぃ。……あのよ……」

「まだあるんですか?」

「……ノムタクがを目撃したのって、あの翌日の『朝』だって言うんだが……」

 観月はその刹那、わずかに顔をこわばらせた。
 ぎらりと睨みつけるように目が険しくなったのを俺は見てしまった。
 もう疑う余地もないと思ってる。
 ――を泊めたのは本当だな。
 ただ、そのあと何があったかは知らないが、予想では観月は何もしてないと見る。
 それよりも……
 ――やべぇ……
 多分ビンゴだ。
 もっと早く気づくべきだった。

「お前――」

 を泊めたんじゃ――もっと直接的な言い方で聞こうとしたら、声を遮られた。
 しかも単刀直入すぎる台詞が返って来る。

「してませんよ」

 ――ってことはやっぱ泊めたんじゃねーか。
 口をぱくぱくさせるが、何を言いたいか分からず、俺は上品な仕草でティーポッドから透明な液体を注ぐ観月を指差していた。

「仕方ないでしょうが勝手に泊まっていったんですから」

「ぬわぁぁぁぁぁ」

「何呻いてるんです?」

 観月のことだから何とかして誤魔化すと思っていた。
 平然とされると、どう対応していいか困惑する。
 はいどうぞ、と差し出されたカップを傾け、一口啜る。
 ――熱ぃ……
 嫌がらせか?
 そんな馬鹿なことを考えて何とか気持ちをやり過ごした。

「平然としてんな。疑われてっぞ?」

「あなたが言わなければいいだけです。何もなかったんですから、も反応しませんよ。僕も」

「あー……わーったよ」

 ――言えるわけねーだろ。
 その前に、コイツがを好きだと、分かってしまった俺はどうしたらいいんだろうか。
 それこそコイツは認めないだろうに。
 以前の会話を反芻させるに、確かに観月は裕太のことを知ってるはずだ。

「裕太にはどうすんだよ」

 曖昧な言い方をする。
 三角関係なんて綺麗なものに収まるほど観月は可愛い性格をしていない。
 謀略も怖いが、何より怖いのはコイツ自身が自分で何をしでかすか分かっていないところだ。  
 自分が崩れてても気づかないタイプは性質が悪い。

「知ってますよ、彼がを好きなことは。当然でしょう?……連れてくるんじゃなかったと後悔したいところですが、彼も伸びてますし、恋愛は有効なカードですね」

 観月は「学びました」とか抜かしてる。
 平気な素振りで、カップを手に取る観月は俺がコイツの気持ちに気づいてないとでも思ってるんじゃないだろうか。
 ――ありえる。
 念のため、別の可能性も考えるが――観月がどうでも良い女を部屋に泊めるとは思えなかった。
 何せ、観月と来たらこうして俺が部屋に入るときだって警戒するのだ。
 几帳面に部屋を見回してからようやく入れる。
 ものすごく神経質なタイプだ。
 ――第一、「勝手に泊まっていった」はねーよ。
 うざってぇ。
 考えることを放棄した俺は、はっきり言ってやった。
 一度疑ったときに聞いておけばよかったんだ。
 そしたら言わないですんだだろう。たかがノートごときの話でも、の名前を皆の前で出さずにすんだはずなのだ。

「要するに、お前はが好きなんだろ」

「なんでそうなるんですか」

 どこまで本気で言ってるのか、俺には見抜けない。
 観月は飄々とした顔で二杯目のお茶を注いでいた。

「わけわかんねーよ」

「何がです?」

 独り言のつもりで告げたら、答えがあった。
 ぼやいた言葉すら拾う観月に、やっぱりなぁと思わされる。

「好きにはなりません。約束したんです」

「なんだよ、それ……。そもそもマネの話だって――高等部も……」

「私情を持ち込んだとでも?」

「それはねーだろ」

 俺は即答した。
 テニスについていうなら、観月は非情になれるだろう。
 絶対私情など持ち出さない。
 不二の件はアレだったが、それでもそのあと裕太に辛くあたるどころか、フォローに回ってる。
 まだまだ、計算づくなところはあるが、それでも観月にしては進歩だ。
 ――そういえば『傷つかないわけじゃないんだけどね』ってのヤツもいってたよな。
 可哀想だと同情はするが、こいつはいっぺんに二つのものを選べない。
 ただそれだけらしいのだ。
  
もそんなことくらいで心を変えるタイプではありませんよ。ルドルフを受けることは元々決めていたんです」

「そう……なのか?」

 「だから」と観月は続け、俺はすんなり聞き流したがよく考えるととんでもないことを言われていたような気がする。

「別に僕を追いかけてくるわけじゃない」
 
 自嘲気味な言い分が観月らしくて、コンマ数秒、俺は息を止めた。
 それから観月の執着にようやく気づいたのだった。
 ――さっさとツバつけて、俺のもんに手を出すなって言えばいいじゃねーか。
 そしてその前に、疑問に思うべきことに気づいた。
 俺はごくごく当たり前に通り過ぎていたのだが、は観月のことをどう思ってるのだろうか。
 ――知りたくねーな。
 こうなると、仲介には戻れそうもなかったが。
 



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