寮に帰るとすぐ観月さんを捕まえようとしたけど他の先輩達がいる中で話すのは気が退けて、結局その日のうちに訊ねることは出来なかった。
翌日、俺は学校で先輩と話す決心をして三年のフロアに向かった。
昼休みだから食べ物持参で。
部活以外で、学校で先輩方に会う機会は少なくて、階段を上りながらも妙に緊張してた。
ラッキーなのは観月さんのクラスが俺らのクラスのすぐ上――階段の付近にあること。
クラスには木更津先輩がいるのがネック――あの人何でも見抜くんだもんな――だけど、兄貴よりはマシだし、あの先輩は真剣なときには絶対人をからかわない。
教室のドアでうろうろしていたら、綺麗なメガネをかけた女の先輩が出てきて、次げた名前を嫌そうに眉根を潜めた。
一体、どういう生活してんだ?あの人は。
待っていたらほどなくして観月さんが出てきて、
「何か用ですか?」
「こんにちわ。あ、ちょっと聞きたいことが……」
しどろもどろになってしまった俺と、手に持ってる食堂のサンドイッチの紙袋を交互に眺め、
「屋上は寒いですね。じゃああそこにしましょう」
少しの間考えるように手を顎に持っていってから、淡々と自分の席の方に戻ってしまった。
――ん?移動するってこと……だよな?
聞かれたくない話なのだと思ったのだろうか。それとも何を話すか分かったのだろうか。
俺は緊張しながら、廊下の隅で観月さんを待った。
――『先輩とつきあってるんですか?』
教室の逆側、大きめに象られた窓のステンドグラスが観月さんとはミスマッチなあの先輩を想像させた。
似合ってるからじゃなくて、逆――あまりにこの学校に合わないように思えたからだ。
――でも、適応だけは早そうだな……。
そういえば部活も気づけば馴染んでいたのだと思い――
「ん?まてよ……」
最初のうちの彼女の言動を思ったとき、観月さんと喧嘩するシーンしか浮かばないことを不自然に思った。
――あれって……
観月さんの気遣い、だよな。やっぱり……。
あの気安さがあったからこそ伝播して俺らも仲良くやれたんだ。
ほんの少しの間だったが、自分に分の悪いことしか浮かばなくて、俺はがっくりした。
「何、落ち込んでるんです?部活で何かありましたか?」
頭をもたげていると、見当違いなことを心配する声と軽く肩を叩かれる感触があって、観月さんが戻ってきていた。
「さ、行きますよ」
前よりもちょっとだけ優しくなった観月さんの様子にびびりながら――周助ほどではないが、怒らせると性質が悪いし、優しいときは何かを企んでるイメージが強いんだよ。この人……――導かれるままに特別棟への通路を俺はスタスタ歩く先輩についていく。
着いた場所は音楽準備室だった。
生徒達も存在は知ってるが入ったことのある者などいないに等しい先生用の部屋。
尚且つ、うちの音楽教諭は物置にしか使っていないから思わず息をのむ。
――観月さんの行動範囲と特権の広さがよめねぇ……。
「ああ。鍵を預かっているんですよ。聖歌隊に入る代わりに好きに使わせてもらっています」
「はあ」
準備室の鍵を開けると、中は意外と狭く、練習用のピアノ一台と、教室用の机が二つ。
俺らに示し合わせたように用意されていた。
観月さんは気にせず奥の方に座り、並ぶわけでも向かい合わせでもなく、微妙な位置にあるもう一つの方に俺はサンドイッチの袋を置いた。
ちらりと伺うと先輩もサンドイッチだった。
――人気メニューだからな。
ぼぉっと見ていたら、「何ですか?」と訊ねられてしまった。
「あ、いや……その……」
「裕太君。君が用件があると言ったのでしょう」
「まったく……」と呆れ顔でため息をつく、いつもの観月さんに、俺は何だか力が抜けてしまった。
――そうだよな、相手は観月さんなんだから。
別にそこまで改まることもないだろう。
畏まれば畏まるほど話しにくくなるだろう予想もあって、俺はオレンジジュースの紙パックを啜りながら直ぐに声を返した。
「先輩とつきあってるって本当ですか?」
そして、一瞬観月さんの動作が止まったことを見て――確かめなければよかったと後悔した。
何か言おうと口を開きかけた観月さんは紅茶の缶のプルタブに手をかけ、一気に持ち上げた。
プシュと軽い音がする。
「つきあってはませんよ」
観月さんは「本当です」と描いた顔で言う。
嘘じゃないだろう。
でも、俺は素直に胸をなでおろすことは出来なかった。
観月さんにしては歯切れが悪かったし、深読みかもしれないと分かってはいても、『つきあって「は」ない』という台詞が不審だった。
――微妙だよな。
言葉サンドイッチを頬張る。
苛立ちが見抜かれたのだろうか。
観月さんこそ、気持ちを見透かされるのが大嫌いなはずなのに、今日の観月さんは落ち着いていて、俺の方を見てぎこちなく笑った。
「誰ですかね、そんなことを吹き込んだのは」
「噂ですよ。先輩が朝、寮で観月さんの部屋から出てきたって」
「そんなわけないでしょう。それで不安になったんですか?貴方は……」
「えっ?」
――ちょっとまて?今……
それは俺は読まれやすい性質で、周助にもばれてたし、観月さんは聡いから分かっていても不思議ではないが……
「何でも有りません」
質問は遮られたが、逆にそれが答えを示していた。
観月さんとの会話は黙り込んだ一瞬の間や、話を遮ったり内容を転換したりするときに、答えが紛れ込んでる。
――俺の気持ちは知られてる?
どういうことだろう。
だから遠慮して、「付き合ってはいない」といったとか?
――まさか、な……。
サンドイッチを口に入れたとき、観月さんが聞いてきた。
「どこがいいんですかね、あんな人の……」
「むぐっ」
――やっぱ分かってんじゃ……
喉に詰らせて、むせる俺に観月さんは無言で自分の紅茶を差し出して――俺のはもう飲み干してる――
「ガサツで、女らしくなくて格好つけて……何よりプライドが高すぎる」
と、そのまま言葉を続けた。
辛らつだなぁと思ったが、一理ある。
「だからですよ……。何でも一生懸命で、人の心を読んでて……俺、そういう人だから先輩が……あ、なんていうか、人気あるんだと思います」
ぎりぎりで誤魔化した俺に観月さんは何を思っただろうか。
そもそも観月さんはあの人のこと、どう思ってるんだろう。
ズバリ好きなんですか、と聞くべきだった。
後悔しても遅い。
今更聞き直すのも不自然だし、はぐらかされそうな予感があった。
「観月さんの好みって大変そうですね。やっぱり完璧な人ですか?」
気づけば俺は口走っていた。
遠まわしな質問に、最初こそ観月さんは構えたような素振りを見せたが、一度眉根を潜め考えこむような仕草をみせて――そのあと、そっと答えを教えてくれた。
「んふっ」と笑いながら。
「そうですね、僕くらい」
言ったよ、この人。
――と、俺が思わなかったのには理由がある。
観月さんは珍しく、お茶目な(って男に言う俺もどうかと思うけど)笑みを浮かべて、
「冗談です。……でも、ウルサイ女は全般的に嫌いですね。あえて言えば泣かない女がいい。意地っ張りで苛めたくなるタイプなんてどうでしょう」
どうやら本心からの言葉みたいだった。
「苛めたら泣くんじゃ……」
「だからいませんよ」
そこで会話は終ってしまったが、指定の細かさに一瞬ドキッとしたのも事実だった。
いませんよ、と言い切った先輩の横顔がやたら綺麗だったせいだ。
大人びているというべきかも知れない。
いつもの調子と明らかに違って見えて、声をかけようとしたら、
「そろそろ行かないと昼休みが終りますね」
さっさとゴミを捨てて、観月さんは立ち上がってしまい、何も出来なくなる。
俺は黙って、また観月さんの、今度は横に並んだ。
ここから教室への道はわかるから、今度はキョロキョロしないで済む。
廊下を右に折れて、三年の教室の前にかかると、俺は観月さんに挨拶をして、階段を下りた。
『意地っ張りで泣かない、苛めがいのあるタイプ……』
反芻して、先輩とはかけ離れていると確認する。
――先輩はなんだかんだでしっかりしてるし、可愛いし意地っ張りなとこもあるけど、苛めたいってタイプじゃないよな。
観月さんも苛めてるようには思えない。
あれは、対等な喧嘩だ。
ますます分からなくなった俺は、頭を抱えた。
『のこと、見てないんじゃない?』
最初に先輩のことを気になると、兄貴に伝えたときに聞き返されたことを思い出す。
「やっぱり、それって先輩のことなのか?」
解けない謎が一つ、増えただけだ。
取りあえず付き合ってないことは分かったのだから収穫かもしれないけれど。
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