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「好きな人がいるの」
それが歯止めをかけると信じて、私はまた一つ嘘をついた。
厳密には嘘じゃない。
今、この瞬間にひとつ増えたのは――「秘密」。
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練習に出るのは止めようと決めて、学校と自宅・塾の往復のみの生活が始まった。
クラスでは不二が時折からかうようなことを言うけれど、あれから(「つきあって」という冗談のことね)は特にとんでもない発言もなく、比較的平穏。
マネージャーの件は諦めてくれたらしいし、クラスの女子とはそこそこの付き合いだし、成績も確実に上がってきてるし……
――何か集中が切れてきてるけどね。
理由は明白でも、こちらから聖ルドルフへ出向くことは考えていなかった。
だけれど……
「……提出、ってじかに行かなきゃならんのか?」
日曜の朝一番、母親にたたき起こされて願書の付属品――なにやら書類を聖ルドまで持っていけと命じられてしまったのだ。
当然断れない。
――自分のことだしね。
意を決して練習の終了時間ぎりぎりを狙い、私は制服を着込んだ。
青学の制服でルドルフに行くことは、マネージャー補佐業やっていても珍しく、妙に緊張する。
――……単に会えるからかもしんない……。
浅はかに喜んでる自分が情けないなと思いながら、いつもの道を行く。
狙いどおりの時間に着くなり事務を目指すがさっぱり分からずテニスコートの方を見ていた。
自然と足がむいてしまいそうなところを何とか堪え、職員用の入り口を探し当てる。
そちらに踏み出そうとしたところ――
「」
耳慣れた声が呼びかけてきた。
ダーネこと柳沢発見。
そういえば、この間は恥ずかしくも拗ねてるところを見られたなぁ、と不安げに見やると、柳沢はさして気にせぬ素振りで、
「練習は終わりだーね。観月に会いに来ただーね?」
軽く言ってくれた。
ついでにさらりと流しながらも、
「仲直りしただーね?」
しっかりと突っ込んでくれるものだから、どうにも調子が狂う。
不二周助や木更津のような「腹に一物」だの「探りあい」だのに縁の深いタイプと違い、こう素直なタイプは……なんかむずがゆい。
――好意だって分かるから無碍にも扱えないし。
「別に喧嘩してないから。平気。……ただ最近勉強忙しくて会えてないし。今日にでも書類出しついでに観月に勉強みてもらおっかなぁとか」
――嘘!嘘……。
……あー何言ってるんだ、私。
心配されるとサービスしてしまう性格が仇になった。
これでは観月に会わざるをえないじゃないか。
楽しみというか複雑というか……
その瞬間、沸騰したように、頭の中でぐるぐる気持ち悪くなるほどの思考が渦巻く。
と、後ろからなにやら別の影が現れた。
赤澤だ。
「今上がったところだから観月ならまだコートにいると思うぞ?」
練習出てたのか、上にジャージを引っ掛けてて、いかにもな運動部スタイル。
一応、「……別に観月に会いに来たんじゃ――」と訂正は入れて、
「書類の提出」
右手のそれをかざした。
「受験、すんのか?」
「ん。家系的にこの学校関係の者が多いから、色々聞いてるし。こっちの方が私には合ってる」
「へえそっか」
「というわけで、書類出してくるから」
柳沢の方にも元気だよと笑いかけて、私は事務の方へ今度こそ歩き出した。
「観月には来たって言っとくから」
赤澤の声が追っかけてきたが、軽く頷くだけに止めておく。
付け足すのも、いつも私が「言いそうな」こと。
「会えたら、でいいよ。ま、元気だって言っといて」
伝えないでとも伝えてとも言わない。
そりゃ、会いたい気持ちはありすぎるほどある。
受験に恋は邪魔とかほざくつもりもない。
――でも、やっぱね。
ここで会って動揺するだけ動揺しても、何もならないのだ。
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だけれど……
――ごめんなさい。
……むしろこっちは上手く頼んでおくべきだった。
再び昇降口から出た私を待ち構えていたのは(偶然だろうが)裕太で――逃げる口実は何もなかった。
「久しぶり?元気だった?」
元気で何よりだし、兄貴への恨みつらみ以外彼に罪はないから、明るく話しかける。
「あ、はい。先輩こそ……あの……」
――なにやら言いよどんでるし。
まあ予想はついている。
そろそろ彼も煮詰まるだろうなぁという予感と、不二のさり気ない忠告があったからだ(「最近、裕太から逃げてるんだって?『うまく』タイミングが合わないらしいね?」とか何とか)
――観月のことは気づかれてないだろうけど。
さて、どうしようか。
考え込んでいたら面白い発言が横から飛び込んできた。
「すみませんでした!兄貴が阿呆なこと言って迷惑をかけたみたいで……」
「阿呆なって?」
「『付き合って』とか何とか。あれ、兄貴の冗談なんでまに受けないで下さい。……つーか、俺がいう筋合いじゃねーのに、兄貴のヤツ、『面倒だから裕太から釈明しといてよ』とか言いやがって……」
――不二周助の馬鹿……。
一瞬、さっきの感謝も忘れて、真剣にののしる。
全く単なる冗談に弟まで担ぎ出さないで欲しい。
……しかもこの話の運びもマズイのではないだろうか?
気づいた私はとっさに、
「平気。本気じゃないの分かってるから――本気だったらわかんないけど」
「嘘よ」と、冗談とも着かない笑顔を浮かべたときにはそう。
既に思いついてしまっていたのだ。
告白させないためにちょうどいいことを――。そして冒頭に戻る。
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「好きな人、ですか……」
凍りついた表情は出来る限り見ずに、なおかつ不二兄だと微妙に思わせつつも別の人間の可能性も残りしつつ――
「そう。――……本気で好きになってくれればいいのに相手の真意が分からないから片思い。ま、告白しないこっちも悪いんだけど……本当に好き」
言ったらすっきりした。
これで……後には引けなくなったのだけれど。
これは、観月が動いてくれる可能性を消したようなものだと分かってるのだけれど。
「それって――」
「ナイショね」
言葉を封じて。
たぶん、観月とは思われてない、そう確信しながら私はずるく締めくくった。
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