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事務から戻ると観月がいて、罰の悪そうな顔でこちらを見た。
「勉強……うちの英語は癖がありますからね。見てやれとせっつかれました」
なるほど木更津の辺りだろう。
それなら納得が行く。
「でも、来た以上徹底的にしごきますよ。今日は後数時間は平気ですから」
「塾は?」
私はともかく今日は観月が特講だったと記憶を漁る。
だが、観月は素っ気無く教えてくれた。
「受かりました」
「おめでとう――って……え?」
「選択肢は多い方がいいと、貴女が言ったんでしょう」
それは、試合のときの話で――あれ?試験の時も言ったっけ?と首を傾げていたら、
「上に行く特別推薦テスト、通りましたよ。次はの番だ」
一緒に行くため、とは言わない。
そうは思ってないし、私も思ってないと、観月には分かってる。
用意は万全だった。
手元に、薄い紙一枚。
「内部テストは持ち帰り可能」
「つまり、それ?」
「急いで数年分集めてきました。出題傾向は分かってます」
一人で集めた、と。
しかも真剣に分析してるらしい。
そもそも自分が受けるだったから当たり前といえば当たり前だ。
でも急いでって……
気にはなったが、それ以上に焦った。
それを出来る立場にいたのは自分だ。
――そういうところにこそ打算を働かせなくてどうするんだ、私?
『選択肢は多いほうがいい』
自分の言葉に目が冷めた。
ズルさにはなりえない程度に、稚拙ながら狡猾さを持っていたはずの自分が、ただの綺麗なお姉さんに成り下がりかけてるような気がした。(私と観月の間では前者の方が断然格上なのだ)
「それとも僕では役不足ですか?」
挑むように、勉強させようと笑う観月はあの告白にならない告白の前に戻ったようで妙に楽しそうだった。だものだから……
「ううん」
――恋愛のせいになんてしてたまるか。
私は同じくらいきっぱり微笑みを返す。
あとはもう勉強だけ。
カフェに移って、あるいは観月の部屋で数時間他の内容は一切しゃべらず勉強した。
幸い私達にはそれが出来たし、出来るからこそお互い居ても苦にはならないのだ。
それに、そんな傍目には殺伐とした空間でも、数ヶ月前に戻ったみたいにさっぱりしたやり取りは、何だか嬉しかったから……。
「受かって来なさい」
「当然でしょ?」
そんな風にいって別れたことも、そのときすっと忍ばせられたお守り代わりの対策メモも――センチメンタルを吹き飛ばして、元気付けてくれた。
取り合えず受験、なのだ。
――後のことは後で考えよう。
気晴らしに見た最後の映画の台詞に似たようなことを思いながら、帰宅後も、私は机に向かった。
観月のことは愚か、裕太のことはさっぱり忘れていた。
好きな人がいる――そう告げた自分の浅はかすらも。
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