本当(観月SIDE) 

 試験の日を見計らってきたのは不二に急かされたからではなく――勉強を見たものとして当然のことのつもりだった。
 ただ、勉強を見たのはそもそも赤澤と木更津にせっつかれたからで――
 
「何でここにいるの?」

 出てきた彼女に聞かれたとき、

「来たかったからです」

 そういうほかなかった。
 これでどうにかなるつもりはなかった。
 けれども俯いてしまった彼女の真っ赤な顔や、漏らされた僕にしか分からない心境の声に頭を殴られたような衝撃が襲った。

「駄目。好きな人がいるの……」

 辛うじて言葉にされた、意味のない呻きに、

「知ってます」

 そう答えて、出来るだけ冷静に務めていたけれど、「貴方がすきなのは僕でしょう」と本当は言ってしまいたかった。
 そんなとき、黙りこんだ彼女の名前がするりと口をついてでた。

?」

 どうしてこんな卑怯な真似をしたのか、分からない。
 ただ、もし別の人間の名前を答えられたらと焦ったのも、核心と同時に持っている事実の一面であって――……
 ショックを受けた彼女がやがて泣きそうな笑顔で、

「考えてることがさっぱり分からないし。秘密にしなきゃいけない相手」

 面倒なのを選んだ、と笑ったとき、物凄くほっとした。

 *    *  *  *  *  *  *  *  *
「テストはどうですか?」

 いつの間にか会話は元に戻ってしまったが、周囲の注目を浴びたまま僕らは手を繋いで校舎から離れるように歩き出す。気づけばコートの際に来ていたのはご愛嬌だ。
 ――癖とは恐ろしいものですね。 
 練習がなくてよかった。
 心底思う。

「おかげさまで」

「僕が教えたんです。当然でしょう?」

「スパルタ……。それに追い込みの時期一緒に居てくれなかったし」

 ――貴女がそれを言いますかね。
 呆れながらも前と同じペースに戻っている自分達が可笑しかった。

「こっちもテストだったんだから仕方ないでしょう?」

「そう、それ!教えてくれないし。数学ならみたのに、そうしたら貸しを作らずGIVE AND TAKEですんだ」

「……負けず嫌い」

「どっちがよ?」

 こんなふうに漏らせてしまうのもだからだ。
 、と名を呼んでしまった瞬間から僕の中で堪えていた【】は消えてしまい、脳裏に浮かぶ呼び方すら「」に塗り替えられてしまっている。
 ずっとそう呼びたかったんですよ、とは言えないのだけれど。

「面接」

 不意にが言った――もう、とは思えない自分を自嘲しながら、「なんですか?」と声には出さず表情で問い返す。

「助かったの。観月のおかげで――」

「何が?」

「前に本取替えっこで買ったでしょ?お題が本だった。好きな本を一つと、お勧めできる新書を一つ」

「……ああ」

 あの推理小説はトリックが分かってからも何度か読み返していて、自室の本棚ではなく鞄の中に常駐されているのだから忘れようもない。
 彼女もそうなのかもしれない。
 案の定直ぐにも白状された事実は、『読み返しすぎて内容の説明が楽だったうえ、驚かれた』というものだった。
 誰もいないテニスコートは静かで、黙ってしまった彼女とコメントできない僕とはそのまま沈黙を過ごした。
 テストは朝一番で昼を挟んで一時半には終った。
 実のところ、これで受かろうが落ちようがもう時間は十二分にある。
 この先を考えながら何となくぼうっとしていたが、やがてがぽつりと漏らした。
 



「さっきの話だけど、言えないの、好きだって」

「そうですか」

 言っていいか、自分に聞いてるのかもしれない。
 言わせてしまいたい――でも許されない僕は静かに頷いた。
 『いつまで茶番を続ける?』
 不二の言葉や、赤澤、木更津の問いかけが複合されて頭を舞うが、いざこうなるともうどうしていいのか分からなくなった。
 覚悟が半端なまま出てきてしまったせいなのだろうか。
 一つだけ落ちていたテニスボールを拾い、弄びながら言葉を続けるを盗み見た。
 泣きそうになっている。

「だから……」

「言わなければいいでしょう。例えばキスをして……もっとその先の関係になったとしても――」

「っ」

 前にそういったのは彼女の方。
 まるで、あてつけだ。
 けれども、自分がどのくらい真剣な眼差しを向けているのか、自分で想像がつくほと体がこわばってもいる。
 結論をせかせる気はないが、「その後は分からない」だなんていったが少しでも意識してくれてることは、ズルイがさっきので理解できたし――。
 確実に繋ぎ止めたいと願う気持ちに歯止めをかける為にも、自然と頬が緩むのを堪える為にも、いつもどおり意地悪なふりを続けてやりたかった。
 今、言えない自分にいいわけをしながら。


 それでも――
「そのまま好きでいればいい。間違っても不二になんか流されないで下さいよ」

 の為に口にしたつもりの、その言葉が、何故か懇願めいてしまったのは紛れも無い事実だ。

「ところで――」
 提案を持ちかけて再現に務めるのも、もうどこかで逃げられない予感があったからかもしれない。

 TO BE CONTINUED …… 最終章へ……
 



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