お祝い 

「皆がお祝いしてくれるそうです」

 いつもと同じ調子――そう思って可笑しくなった。
 だってこんな風に自然に話すのは久しぶりだ。
 ここのところ、ずっとどこかで緊張してた。
 私が大好きで、大嫌いな観月はこういう淡々としたヤツだったはずだ。
 
「どうしますか?」

 さきほどのやりとりも忘れたように――観月は私と同じように「言わなければいいでしょう」だなんて言った。「キスしても、その先に進んでも」って――平然ときく観月に、私は逆に問い返してみた。

「……観月はどうしたいの?」

「願い下げです。あなたをマネに追い込むようなことは止めてもらいましょう」

 本当はマネージャーにしたい気持ちはあると思う。
 それは私だから、でなくて、私という能力だけを純粋にみてのこと。
 それはそれで光栄だと思うのに、観月は珍しく強制しなかった。
 この機会にマネージャーにさせるべく、工作することも十分にできるというのに。
 ――珍しい。
 だけれども、どうしてかは何となく分かる。
 罪悪感と優しさ。
 結局のところ、観月は私に甘いのだ。


「かわりにどこか行かない?」

 私は提案した。
 我侭を一つ聞きましょう、と顔に描いてある観月に。
 本を買ったあの日のように。

「ご褒美ですね。いいでしょう。今からでよければ、どこへでも連れてきますよ?」

 ――日を改めてくれてもいいんだけどなぁ。
 思うがそれは望みすぎだ。
 ――あの日が最初で最後だったんだから。

「そういえば貴女はなんで部活やめたんですか?」

 観月は知ってる。私が運動部をやめたこととかそこで揉めたこととか。
 たぶん大体の見当はついているのだと思う。
 私はその推測に本当の理由を付け足した。

「手。怪我が癖になっててね。あれ以上続けてたらピアノひけなくなるから辞めたの。……意外?」

「いえ。――なら、弾きませんか?」

 *    *  *  *  *  *  *  *  *
「いいの?」

 ご褒美として音楽室を貸切にしてくれると言ったのは観月だった。
 まだ入学していないのに部外者が立ち入っていいのか不安になったが、特別棟は普通の校舎から離れていて、私が連れて行かれたのは音楽室ではなく正確には礼拝堂側の小さな予備室ということだった。

「ここで鍵を貰ってきますから待ってて下さい」

「うん」

 聖堂の職員室の前で観月は私に指示をした。
 やっぱり一人で青学の制服のままいることは怖くて、視線がさまよいがちになるが、

「普通の音楽室なら入り浸っているから入学したら貴女も出入り自由ですよ」
 
 冗談めいた言葉でいい、それでも怯えてた私を見ると、手を引いたままドアのところに引っ張っていき、背中に隠すようにして、

「観月です。鍵をお借りしたいのですが……」

 そう告げた。

「あら休みの日に珍しいわね」

 綺麗なソプラノが響いて、ひょっと一本に髪を束ねた女の人が出てきた。
 物腰も大雑把な感じで、だるそうな目をしていた。
 だが、私を見つけて目をきらきらさせたものだから、吃驚した。
 
「彼女?」

「い、いえ」
 
 ――何焦ってるんだか……。
 緊張が解けてくる。
 この人は、私に似たものを感じる。
 ――観月の苦手なタイプ発見。
 どう接していいか、わからないに違いない。
 好奇心がいっぱいの様子に、「友達ですよ。来年入れていたらよろしくお願いします」と会釈で返すと、お姉さんは(受かってたら教諭になるんだろうか?かなり若いのだけれども)

「あら受かってるといいわね」

 にっこり笑ってくれた。
 観月はその手からさっさと鍵を引ったくり、気まずそうに――照れ隠しだろう――私の腕を掴んだ。

「ほら、無駄話してないで――行きますよ、
 
 ドサクサ紛れに名前呼びになってることに気づきもせず、そのまま聖堂の裏側まで連れて行かれてしまう。こういう場所にはオルガンしかないものだと決め付けていたがそうでもないらしい。
 小さい部屋を開けて入ると、そこにはアップタイプながらしっかりしたピアノがちょこんと置かれていた。
 周囲にはちらばった楽譜と、無駄に大きいソファ。
 古い書庫に似た匂いはした(ようするは埃っぽい)が、とても落ち着いている。

「もう、あの人は何を勘違いしてるんだか……。教員の端くれとは思えませんね」

「仲いいね」

「無理やり聖歌隊に入らされたのもあの人のせいです」

「なるほど」

 その予想はたやすい。
 観月は慣れた調子で、窓を開けていた。
 ついでに裏側のドア?も――奥にあった扉は向こう側が外と通じていて、開け放つことが出来るのだ。直ぐそこは裏庭で人も通らないから問題はないらしい。開放的になっていいといえばいいんだが、
 ――これ見られたらどうするのよ……
 思わなくもない。
 まあ黙っておく。

「……でも、馴れないとしょっちゅう彼女と間違われるよ、きっと。外部から来たくせに行き成り観月と知り合いだから色々言われそう」

「呆れた人ですね。僕はそんなにもてませんよ」

「近寄りがたいとかいわれて、裏で人気あるタイプだよね」

「否定はしません」

「むかつく」

 本当に頭にくるタイプだ。
 嫌いにはなれなくて、拗ねたような表情で言ったら、逆に観月の顔が強張っていて……
 開け放ったドアを半分だけ戻して、こちらに来る様子にドキッとした。
 ピアノの蓋を開け、鍵盤をなぞる私が俯いてしまう前に。

「でも、好きなのは一人だ」

 飄々と言うのだ。
 言ってしまうのだ。

「一体、いつになったら」

 ――……言わせてくれるんですか?……――

 響いた声に「勝手に言えば」だなんて。
 可愛くないことを言っても、もう抵抗できるとは思えなかった。
 覗き込んだ瞳。
 座って視線の高さがずっと高くなってる観月の目がまっすぐ突き刺さった。

「なんで逃げるんですか?」




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