ご褒美(観月SIDE) 
 

「一体、いつになったら言わせてくれるんですか?」

 言うつもりのなかった台詞が口をついて出た。
 これ以上二人でいて、何もないはずがなかったのだ。
 さっさと帰らせればよかったのかもしれない。
 あの日の再現みたいに、「ご褒美」だ何だと言い出さずに。
 ただし、これ以上、嘘をついて詰らない仮面みたいな二人でいるのは気持ち悪かった。
 この曖昧さが誰を傷つけても気にはならないが、を傷つけてしまっているだろうことに、後ろめたい期待と苦さがよぎるのだ。

「勝手に言えば」

 行き詰った彼女が言う。
 その目が震えていた。

「だってもう観月は――」

 ――そう言えば、言ってませんでしたね。
 ポーカーフェイスの上手さはどっこいどっこいだと思いますが……。
 重要なことはいつだって交わして、それでも一緒にいると思っていたから。
 それでも――……

「最初から何も変わってなどいないでしょう?僕らの間では」

 ピアノの椅子にかけた彼女を見下ろすといつもよりも視点が低くなって、下から覗き込む泣きそうな目に吸い寄せられるように顔を寄せた。

「分からないだなんて言わないで下さい」

 触れるだけのキスをした。
 この気に及んで「好きだとはいってませんよ」と付け足してもきっともう届くだろう。
 優しくするつもりだったキスに痺れたのはこちらの方で、唇を離すとき微かに震えてしまった。
 の肩ごしに見慣れた二年生の姿を見つけ、しぃっと唇に指を押したて合図を送る。
 ――彼なら大丈夫でしょう。でも……

「恨まれるかもしれませんね」 

 気づいてないの様子に告げ、もう一度意地悪そうに笑う。
 そうでもしないともう頬の緩みが戻りそうも無かった。

「別に僕が好きなその一人が、貴女だとは言ってません」

「ズルイ」

のほうでしょう?散々逃げ惑ってくれて……」

「だって観月が――裕太が……」

 その先は言わせたくなかった。
 未解決の問題も、そもそも問題以前に問題を処理しようとしてしまった過ちも――今だけは忘れていたくて、

「わかってます」

 抱きしめて、続きを言わせないようにした。

「でも、あんな逃げ方卑怯ですよ?分かったでしょう?」

 ――温かい……
 本当に腕の中にいるのだと実感して、ようやく息が吸える思いだった。
 静かに目を閉じると、たった数ヶ月のことが走馬灯のように駆け巡り、

「傷つきました」
 
 拗ねたような声が出た。 
 ――こんな自分、認めません……
 でも心地よいのだから頭にくる。
 同じなのだろう。
 彼女も腕から抜け出そうと動くものだから、僕は必要以上に抱きしめざるをえなくなってしまった。
 離してやるつもりもないのだ。

「体目当てとか思われないように我慢する羽目に陥るし、近寄るわけにもいかなくて――なのに貴女ときたら不二周助なんかに近寄る」

「ごめん。でも不二はいいヤツだよ」

「認めません」

 こうしてこんな状況で一人に捕まって、捕まえられてしまっていることは認めたくないのだ。
 ずっと降参する気はない。
 ――精一杯の意地として、不二のせいにでもしておきますよ。
 邪魔なプライドもそのくらいで処理できれば上出来だろう。

「らしいなぁ」

 『でも、私も不二のせいだと思う』
 そうはつけたし、それなのに柔らかく笑った。

「まあ今回の件は、多少感謝してますが」

 満たされてどうする。
 この先があるのに。
 思う気持ちも今だけは向こうで、だが焦燥の念は基本的には消えず――休まらないまま、曖昧なまま安定してしまった僕らは何もいえなくなってしまった。

 やがて……嘘つきにならないように口を噤んで――
 それからお互いがこれ以上嘘をつかないで済むように……もう一度、静かに唇を重ね合わせた。
 声を奪うように何度も何度も。

「まだ言いません」

 しっかり話してから、と言外に匂わせてから、そのあと「実は」と打ち明ける。
 ――この人は言ったら怒るんでしょうが、言わなければもっと怒るにきまってる……。

「さっき金田君に見られました」

「……っ」

「きちんと説明しますよ」

 ――後で裕太君にも。
 さすがに最後の一言はまだ口にできなかったのだけれど、それでも通じただろう確信があった。
 抱きしめた首筋、肩に顔を埋めて「好きだ」と教えてしまいたかったが……
もっと言えば飽きるほど――せめて「大嫌い」の一言が聞きたかったが(自分と同じく、彼女の「嫌い」は「好き」の意味だと知ってる)抱きしめることで我慢した。




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