『卒業』(裕太SIDE) 

 予感はあったといえばあった。
 でも唖然としたのも本当なんだ。

 *    *  *  *  *  *  *  *
 青学とうちの卒業式は同じ日だったが、時間がずれていた。
 うちは高等部が午後にあるため、中等部は午前中に終える。ほぼ全員持ち上がりなので、内容事態も物凄く短い。(その代わり高等部は来客含めて何から何まで長すぎるという噂をきく)
 青学はわざわざ一週間中等部と高等部で日をあけてるらしい。
 兄貴に午後からだと聞かされた。
 ついでに「急げば移動間にあうからおいでよ」とか何とか誘われたが、冗談じゃない。却下だ。
 そのときはどの道いく羽目に陥るなぞ予想だにしなかったから、慌てて携帯を切った。
 
 礼拝堂(聖堂とも呼ばれてる)には既に二年が集まっていた。
 式には基本、二学年全員参加だ。
 三年の入場が終わり、証書や聖歌――式が進むにつれて、来年高等部で会える、今年だって会おうと思えば会えないわけじゃないと思ってはいても、先輩がたを見ると鼻の奥がつんとした。
 俺らだけでやってくことは想像すると思ったより寂しくて、切ない。
 ――本当に仲がよかったから……。
 赤澤部長(どうしても元、が付けられないでいる)がクラス代表で証書を受け取ったり、前の式典では聖歌隊側の列にいたはずの観月さんが送り出される側でつつましくもない美声を震わせていたり、柳沢さんが泣きそうになって、木更津先輩がなだめてる光景を見ていると、例年どおりの式典が今年は気分的にかなり違っていた。

 ほどなくして解散の時間になり、三年や俺らの学年の生徒がたむろし始めた。
 不覚にも涙ぐみそうになった俺の肩が誰かに軽く叩かれた。
 赤澤部長が探し当ててくれたんだ。

「おめでとうございます……」

 ぽんっと頭に載せられた掌は大きくて、俺らが三年になってもこんなふうにはなれないだろうなあと返す返す思わされ――そのせいで目じりが熱くなった。
 木更津先輩と柳沢先輩が、 

「また会えるダーネ」

「ほら、隣りの敷地なんだから」

 苦笑して、俺の周りを囲んでた。
 ――うわっ……恥ずかしい。
 なんとか泣くことだけは回避して、ふと見回すとノムタク先輩や他の先輩方、二年のテニス部がそこいら一帯に総結集してる状態。
 ――あれ?
 だけれど数名主要キャストを欠いていた。
 観月さんがいない。

「ああ、観月なら金田と話してたぜ?」

「あ、そうか」

 合点がいく。
 足りないと思うのは当然だった。
 ――観月さんには一番お世話になったしな。
 挨拶に行こうかと思ったら、赤澤部長が、

「一応、最後だしな。寮の移動準備も終ってねぇらしいから後で会えるだろ」

 そう引き止めて、そのあとふと思い出したように言った。 

「そうだ。裕太、打ち上げ来るよな?寮のお前の部屋に五時だから」

 ――最後までこの人は……。
 思うが諦めて笑っておくことにする。
 こういう役割もあと一年は回ってこなくなるのだ。

「ま、夜通しになるから最初からいる必要はねーし。届けは出しておいたから七時からは食堂も占拠できんぜ?」

「助かります。えっと、先輩も来るんですか?俺これから青学なんですけど、あっちも卒業式だから」

 よければ誘ってきます――というつもりだった。
 ――……てか正直そのために青学に行く気がわいてきた現金なやつだ。俺は。
 
「あっちも卒業式だっけか?」

 部長はすっかり忘れているらしい。
 木更津先輩が横から「忘れたの?」といつものごとく、呆れたツッコミをいれる。
 いつもならここで二段目のボケをかます赤澤部長に観月さんが本気で切れるが今日は生憎役者も足りなければ赤澤先輩もぼけなかった。
 それどころかその前に金田が戻ってきたため、返答も聞けないまま俺の話は流れたのだ。

 *    *  *  *  *  *  *  *  *
 金田の発した第一声は俺へだった。
 先輩に「おめでとうございます」と挨拶してから、すぐ急いで続けられる。

「裕太、観月さんから伝言。『【卒業】という映画知ってますか?悪いですが僕が拐いにいきます』だって」

 映画は分からなかったが「拐う」という単語にどきっとする。
 ――まさか、な
 何度目かになる疑惑に胸がざわめく。
 先輩方との別れのセンチメンタルな気分がとんだのではないが、焦ったような困惑したような金田の顔に触発されて、無性に言葉の意味が分かりたくなくなった。

「あいつ、またどうして極端に走るんだ」

 声に我にかえって顔をあげると、赤澤先輩が額に手を当ている。
 木更津先輩も何か諦めた調子で肩をすくめ、

「そんなことだと思った」

 今度こそ心底疲れたとでも言いたそうな様子見せた。

 ――『卒業』?
 記憶をたどり、主に兄貴の古い映画解説やらを思い出そうとしたが浮かばない。
 結局、核心を突いてくれたのは柳沢さんの一言だった。

「あー、『卒業』ってラストで花嫁拐うあれだーね?」

 ――つまり……

なら観月が迎えにいったって」      

「不二から取り上げに、だとさ」

 先輩方が口々に解説を加える。
 ――兄貴?先輩を?観月さん?
 こんがらがった頭でいる俺に金田が続けて、まとめてくれた。

「目下の敵は観月さんだったってことだ。間にあわないから話は向こう(青学)でって――」

 大体の経過が見えはじめていた。
 よくは分からない。
 ただ分かるのは観月さんが先輩を好きだということと、ここで待っていてもいけないということだけだ。

「先輩、俺――」

 行ってきます。
 言い終わらないうちに部長が暢気な声で、送り出してくれた。

「わーった。適当にやってるわ。何かわかんねーけど、観月の最後の嫌がらせだろ」
 

 最後の嫌がらせ。
 ――どういう意味だよ。
 兄貴なのか観月さんなのか、どちらにせよあの人のそばにいる人間なんて他に知らない。
 観月さんがもしもソウイウ意味で言ったのなら、何より性質がわるかった。
 
『本気で好きになってくれればいいのに相手の真意が分からないから片思い』

 ――観月さんも十分あてはまるじゃないか……。
 「付き合って『は』いない」といった観月さんの冷たい横顔が俺の脳裏に過ぎっていった。
 あの人は感情を殺そうとすれば殺せるのだ。
 たぶん誰かの為ならば……。




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