卒業(観月SIDE) 

 金田君を捕まえて真実を伝えたのは式の直後だった。
 聞かれて答えた、というべきかもしれない。

「この間はすみませんでした。秘密にしているのは辛かったでしょう」

 ――裕太君には言ってませんね。
 ぱっと見で判断できるくらいに、チームメイトの癖は覚えていた。
 気まずそうに首に持っていかれた彼の右腕――図星を疲れたときに彼はそうする――に感謝しながら、僕は手っ取り早く説明した。

「付き合ってはませんよ」

 ただ一言。
 これも『嘘ではない』。
 だが曖昧でいる気もまたなかった。
 これではこの間と同じ逃げ口上になってしまう。

「でも俺――……」

「告白もしてません」

「けど俺、友達には見えませんでした。……てかすみません。アレ……てか、キスしてるとこ見えたんで……」

 流石は赤澤をしかった少年だ。
 金田君はしどろもどろになりながらもきっぱり聞いてくれた。

「説明し難いですが……」

 友達思いな彼は、裕太君を思いやるだろうから全てを話してしまってもよかったが、どうにも言葉が浮かばない。
 ――を悪く思わせたくはないですしね。

「遊びではありません」
 そう付け加えるので精一杯の自分に苦笑する。
 青学の卒業式はもう少しで終る。
 出来るだけ早く行きたい気持ちと、逃げたい気持ち、両方が僕を焦らせた。
 だが、その前にどの道裕太君には言うつもりだった。

「自分から裕太君には言います」

 そして伝言を頼んだ。
 昔見たとき、「あんなこと格好悪くて出来ませんよ」と見下げた映画のタイトルに真意を籠めて。
 もしも裕太君が僕に挑む気があるのならば、きちんと向かい合うと、そんなつもりで――。

 *    *  *  *  *  *  *  *
 青学の門の前は人でごった返していた。
 回避して裏から入り、大まかな場所と、卒業式の状況を下級生達から情報収集した。
 不審がられたが彼女(正確にはまだ「候補」)を迎えに来たのだと説明したら面白がって教えてくれた。(後でばれたら本人に殺されかねないが、助かったからよしとしよう)
 教えられた式の会場――講堂のすぐ外は既に賑わっていたが、卒業生はまだクラスごとに固まってる感があった。
 別れを惜しんでいるのだろう。
 さっきまでのうちと似た光景に、場違いだと思うどころか親近感が沸く。
 ――こんな格好ですけどね。
 一人だけ紛れたルドルフの制服は目を惹いて、数名が目を見張った。
 中には知った顔もある(あの、ルーキーとか二年の二人とか)
 まだ三年はこちらの方までまだ来ない。
 しかし数名はさっさと輪から抜けていて、

「来てたのか?」

 後ろから声をかけたのは乾だった。
 ――さすがにデータマンは目ざといですね。
 予想外の人間の登場だ。
 僕は吃驚しながら「ご卒業おめでとうございます」と謝辞を述べ、同じようにこちらにお祝いの言葉を返した乾に、

「――ところで不二は?」
 
 ごくごく自然に彼の居場所を聞いていた。
 本当ならば会うつもりはなかった。
 だが、これで最後だろうことと、多分裕太君が彼のところに一番に訪れるであろうことを知っていた。(むしろ不二周助が弟を見つけられないはずのないことを熟知していた、というべきか)

 乾は携帯のメールをいじり、わざわざ彼を呼び出してくれた。
 そのまま列に戻っていく。
 待ちながら、時計を見る。
 時間はちょうどここに着いてから数十分経過しており、保護者も集まりつつある講堂を見るに裕太君が彼の元にいっていても可笑しくない状況をしめしていた。

「裕太ならもうじき着くって」

 到着した不二周助は開口一番にそういった。
 ついでににっこり笑う。
 嫌気が指すが彼は落ち着き払っていた。
 を好きではないだろうと分かっていても……いや、矛盾するがだからこそこの態度が頭に来る。間違えなく分かっていてやっているのだから。

「それにしても最後の最後まで君らは僕を巻き込むつもり?古い映画を持ち出してくれて。あれじゃ僕が宛がわれた婚約者の役じゃないか?」

「関係ないですよ。あの映画は最終シーンだけで十分です」

 ――言い訳はします。でも渡しません。
 ぴしゃりと告げる。
 部外者の割りに自ら巻き込まれてる不二の役柄を言いえて妙だとは思ったが、自分はレディにたらしこまれる主人公のような愚考は犯していない。
 最後に奪還する映画とは違い、彼女は最初から自分の手のうちにいたのだ。
 それに、あえて当てはめるのであれば、裕太君こそが何も知らない夫候補役だ。
 が気づいていたことを彼は知らない。
 ――彼の中では僕だけが彼女への思慕を誤魔化し、嘘をついていたのことになっているんですから。
 こちらは恨まれようが何だろうが構わないが、横から無言で攫われては納得も行かないだろう。
 遠回りしてきた今までを思っても、映画のように黙ったままにはしたくない。

 ――本当は、理不尽さなど恋愛以外にもいくらでもあるんですがね……。

 マネージャーにコマとして使われた選手も、そのケアに仕掛けられたマネージャーの女友達も、同じくしてそもそもが、その「理不尽」の材料だ。
 ――でもそんな計算ずくめの人間でも、ある程度認めているんですよ。
 例えば誠実という強さとか、あるいは真剣に思う気持ちとか。

「お手数おかけします」

 だからこそ、僕は不二に頼んだ。
 彼の弟が来たら不二周助――退いては同じクラスのの、目に届かない場所へ呼んでください、と。
 不二は「わかった」と答え、外のバスケットコートを指した。

「行くんだ?」

「すみませんね」

 必要とはいえ未だ裕太君には嘘をつくことにはなるし、傷つけることにもなるだろう。
 弟に激甘の兄に先に謝ると、珍しく柔らかい声が返ってくる。

「ううん。仕方ないよ。今回の恨まれ役は君に譲ろう」

 「僕がライバルだと思われちゃ面白くないし」と付け足す不二からは、本当のところそれでもいいと思っている節が見え隠れし、何を考えているんだかいまいち見えなかった。
 ――別に分かりたくもないですが。

「ありがたくないお言葉をどうも。それからご卒業おめでとうございます」

「君もね」

「高校では負けませんよ。宣戦布告兼ねてのお祝いです」

「分かってる。でも僕は負けない」
 
「望むところです」

 貸し借りをゼロに――そんな握手をして、不二にもう一度礼を述べる。
 徹底的に借りをつくりたくないせいもあるが感謝しているのだ。

「弟によろしく。――来年、高等部でも」

 不二は「弟を頼んだ」とは言わなかったが、表情から信頼ともつかない何かが読み取れた。
 こちらは今から裕太君に話すことで、裕太君の関係に亀裂が入らないことを祈りながら、

「任せて下さいとはいいませんが……」

 控えめに告げて――

がいるから心配はしてない」

「そうですか」

 あっさり戻った「いかにもな答え」に苦笑した。
 後はこれで裕太君だけだ。
 最終ラインが迫っているようだった。


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