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簡単に式は終ってしまった。
大地の歌の声の出ないパート――会話中は声が低めだからというだけの理由で、本来のソプラノからアルトに移された――をやり過ごしながら、まだ卒業の実感が沸かずにいた。
外に行くことを知っている仲がよかった子達には残念がられもしたけれど、実のところ近くに住んでる人口の方が多くてそこまでの愁嘆場にはなりようがなかった。思いいれのある友人はみんなまたすぐにでも会える(呼び出しに速攻で応じる・呼ばなくても来る)タイプばかりだったし、他はどうでもよかった。
――うーん……友達が少ないわけじゃないけど……
何となく味気ないと思わなくもない。
クラスには結局最後まで愛着をもてなくて、受験の為につぶれたラストの一年を少しだけ悔やみながら、式場(講堂)を出た。
それでも直ぐにばらけるはなく、結局周囲はクラスメイト、隣接には隣りのクラスがいる。
けれども、始めこそ友人見当たらず何もすることなしの状況にぼーっとしていたものの、隣接クラス(四組と五組)にいる去年のクラスメイトたちが口々に「何?お前外部進学なんだって?みずくせーじゃん」だの「早く言ってくれれば隣まで毎日通ったのにぃ」とか言ってくれるたび、段々しんみりしてきた。
――ここではここでいい学校だったかもしれない。
現金にもそう思う。
それでふと思い出したのはさっきから見かけない唯一仲がよかったクラスメイトだった。
「仲がいい」では語弊も多々あろうが、不二周助は最後の一年にいろどりを加えてくれたには違いない人物だ。
結局受験以降、「受かった」「合格おめでとう」の会話しかしないうちに、今日卒業を迎えることになってしまったこともあって、最後くらいしっかり話をしたいと思った。
――第二ボタンうんぬんでヤツがデッキレース参加させられないうちにね。
もてる人間は大変らしい。
既にここから覗ける範囲内に、手塚のファンやら不二のファンやらが微妙な塊を作ってるし。
ひとまず見なかったことにして不二を探していると、
「おめでとう。うまく言ったようだね」
「どこに行ってたの?……てか何が?」
意味不明な言葉とともに不二が登場した。
相変わらず読めない笑顔爆発のヤツに、「たまには笑うな!」と無理難題を言ってみたい気もしたが、この笑顔が見納めだと思うとそれはそれで切ないから黙って観賞して見た。
――うーむ。何考えてるかわかんないな、結局。
それから少しだけまたしんみりした気持ちがこみ上げてきた。
なんだかんだで、一番仲良かった人間かもしれない。
観月とは違う意味で私は不二が好きだった。
「なに、珍しい顔してんの?」
不二はにっこりしたまま、連日吐いた毒をまた曝してくれる。
「別れを惜しんでやろうと思ったのに、やっぱ不二とは別の高校でよかったわ」
「残念。高校に入ったら『友達からお願いします』って言い直すつもりだったんだけど?」
「いつからそんなナンパに宗旨替えしたの?」
「さあ、でもメアドと番号は聞いておいてね」
意外な言葉に思わずフリーズ。
――ああ、まあ友達続ける分にはいいけどさ。
執着しないタイプが珍しい。
それから気づいたのだが、
「……裕太から?」
震えた声に気づいたのか。
不二は「まさか」と笑った。
「そこまで非道じゃないよ」
――じゃあ誰から?
聞こうとしたときには既に遅く、不二はそのまま「僕は天使だから」とか何とか…… 意味不明な言葉を残して、少し離れた菊丸の方へ戻っていった。
……と。
菊丸がこちらにすごい勢いで手をふった。
――な、なにごと?!……こっち見てるよな。 まあろくでもないことだろう。
ルドルフのマネージャーやることがばれたのかもしれない(もう内定済み。観月から話を通してもらってる)
そうこうしているうちに、菊丸は不二に殴られ(痛そう)静まり、担任がやってきて最後の別れとかその辺の生徒達に述べ――基本的には解散の時刻となった。
数人の先生が去り、名残惜しむ担任とお母様方と、うじゃうじゃと湧き出した後輩達で講堂の前がごったがえす。
――さて、そろそろ行くかな。
最後に仲の良かった友人と話して、ついでにちょっと離れたところにいた不二にも軽く手を振って、背を向けたとき、
「!!」
菊丸がでっかい声を上げた。
――げっ……
注目されてしまった。
叫んだだけで菊丸は動かない。
――ん?
そのかわりゆっくりと右後方を指差した。
何?何?
一瞬のタイムラグとはいえ、人気の猫の言動だ。
注目がその先に移っていく。
私も視線を其方にやり――
「嘘」
絶句した。
確かめるように、菊丸の隣り、不二のほうをみたらにやりと笑われた。
――……はめられた……
「おめでとうございます」
式典で在校生が胸元にとめたのと同じ、ただしこちらは生の、花を一輪手に持ったまま駆けて来たのは観月だった。
「なんで……そんな……」
制服のままなのはきっと向こうの卒業式を終えて即来たせいだろう。
意味不明なことを言う私に、観月はふっと笑って、花を差し出した。
反射的に受け取ろうと手を伸ばしたら、そのままその手を取られ――
「うわっ」
バランスが崩れかけたその肩にさっと温かいものが触れる。
――……観月の腕……
「ちょっ、目立っ……」
「キャー」という歓声の前に、唖然とした人々の視線やあんぐり口を開けた幾人かの様子が、観月の肩越しに見えてしまう。(身長差があまりないんだから当然だ)
……バツが悪い。
俯こうとした私の耳元に、観月が、
「攫いに来ました」
言うが早いか、横からカシャッとシャッター音が響いた。
続けてもう一つ。
「ふっ、不二っ!」
観月は微動だにもしない。
よってきた不二は、少しだけ距離をおいたところで立ち止まって、
「安心して、後でしっかり観月の携帯に送っておくから。こっちは君の家にね」
――携帯のみならずデジカメ??
それを確認する間も、諌める間ももたせず、抱きしめていた観月が私の腕を掴んだ。
「なっ」
「注目されたままでいいなら、ここでもいいんですが……」
「だから何が?」
「全く……。まあ、勢いがないと駄目みたいですしね」
立ち止まった観月が覗き込む。
――距離、近すぎ……
引き気味になった私は不意にマフラーを直したあの夜ノコトを思い出し、ますますフリーズしてしまう。
今更何で照れているのだろうか。
観月は楽しそうに笑って、またも急接近をはかる。
首筋に寄せられた顔に、思わず目を瞑ってしまった私の耳元に――
「好きですよ、……」
『が好きなんです――』
ずっと聞きたくても聞けなかった響きが届いた。
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