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食堂で二人を見たとき胸が痛んだ。
すっげーむしゃくしゃしたり、自分が恥ずかしかったりと、ともかく冷静じゃないられなかった。
目の前でいちゃつかれたら泣けたかもしれない。
でも、先輩達はあまりにいつもどおりで――逆にそれが堪えた。
もちろん三年が卒業してしまうことへの寂しさもある。
でも先輩の横をちゃっかり陣取っている観月さんを見ると……
――これも「失恋」なんだよな。
納得できない気持ちもほんの一滴。
あの二人が変わらなく見えたとしても玉砕は決定なんだろうけど。(観月さんがあんなことをするなんてありえない。先輩の真っ赤な顔も悔しいけれど覚えてる)
それでもこのまま曖昧にさせておきたくなかった。
無言で引き下がることも、横からあわよくばと狙う真似も、俺にはできない。
――こうなったら、やっぱ言うしかねーか。
* * * * * * * *
観月さんが席を外したのを見計らって、俺は先輩に近づいた。
もう最初に席なんてばらばらで二年が用意したパネル上映とか、部長からの一言とか大まかな催しも一段落している。
余談だが、部長の演説はすごかった。
観月さんが書いたとバレバレの原稿を読み間違えまくって二年を笑わせておいて、アレだ。最後に付け加えた部長の言葉には悔しいくらい感動させられた。やっぱ部長はすごい。
……結局、また余計なことを言って観月さんに怒られ、それがあんまりに聖ルドではお約束の光景だったものだから皆爆笑するんだけど。
ところで……
「先輩」
「あ、裕太」
俺が控えめに声をかけると先輩は笑顔で振り向いた。
「先輩の合格祝いもかねて」と部員が宣言してくれたことが嬉しかったようで、上機嫌に見えた(それから幾分、観月さんのせいもありそうだ……)
「おめでとうございます」
「ありがとう。でも、受かってよかったわ。落ちたらみんなも困るもん」
すごいプレッシャーだったんだから、と彼女は快活に言い、拗ねたような顔をして見せた。恥ずかしくて誤魔化すときそういう感じになるのを俺は知ってる。
――元気だよなあ。
こういうところが好きだったから、今そういう顔をされてしまうとちょっと辛かったりもする。言いだしづらくなるから……。
――俺がどう思ってるか分かっちゃいないんだろうな。
途端、「馬鹿ですか」と先輩を小突いている観月さんを思い出して、俺は必要以上に慌てた。鈍感な彼女にあの人ならそういうに違いない。
すぐ前の席をみると、柳沢さんが今にも席をすすめてくれそうだったので、
「ちょっといいですか?」
切り出されるより、彼女を連れ出した。
寮の外はマズイだろうと、飲み物を運ぶ為でもあるかのように地下の倉庫前まで来て、立ち止まる。
「どうしたの?いきなり」
先輩は不思議そうな顔をした。
とりあえず人が来ないか確認してキョロキョロしていた俺は、一呼吸置いて、
「俺、先輩が好きでした」
何とか告げた。
心臓はばくばく言って、煩かったし、意図的にそうしようとした過去形は詰るし……ろくな告白でないことは、客観的に見て間違えない。
数拍おいて、先輩は首を捻った。
「――過去形?」
訊くのためらっていたようにも見える。
――ったく、痛いところ突いてくるよなー……。
俺は降参して、全て言ってしまうことにした。
「今もですけど――でも観月さんと付き合い始めたってきいて――」
「うん、ようやく」
「だから……こないだ聞いた片思いの相手って観月さんなんじゃないかと思って――そしたら俺……」
――『勝ち目ないから』……って……んで言えねーんだよ……
声がかすれて、これ以上出なかった。
始めからこうするべきだったのかもしれない。
半端な過去形に落ち着けてしまうなんて――。
俺は今更後悔してる。結果は同じなのに。
「ん。……ありがとう」
通じたよ?と先輩は照れたように言った。
先輩はあくまで爽やかで、それで流されてしまうことが実は切なかった。
あんまり動じていない。
馴れてるのかとも考えたが、想像がつかない。
――観月さんのときは真っ赤になってたのに……。
俺は悔しくて、どこかすっきりしなくて……急に言いたくなった。
こんなこと言っても無意味だし、言ったら格好悪いと思ってるくせに口をついて出てしまうこともあるのだ。
「俺じゃ、駄目ですか?兄貴みたいに『かわりに泣かせないから』とか、言えねぇけど……」
分かってる、観月さんを如何に好きなのかなんて。
よく見てれば何で気づかなかったのか分からないほどに、先輩は観月先輩を探してるのだ。
困ったときに――今こういうときにも多分心のどこかで……。
――『好きで居ても望みはないですか?』
このまま好きでいてもいいかというのは未練がましいし、その方がきつくなりそうな予感はあった。だからそう聞いてすっきりしようかと思ったのだが、俺は途中で言葉を飲み込んでしまった。
「観月に殺されちゃうよ?」
俺にとっては気まずい沈黙の後、怖くなって顔をあげると、先輩はそう言った。
少し冗談めかした言い方がらしくて、だけれども目は真面目だったから俺は次の言葉を待った。
先輩は簡潔に「多分無理」と先ほどの答えをくれた。
「観月じゃなきゃ駄目とは言わないけど、そばにいる限りは気づけば観月を選んでる気がする」
『は僕を選ぶんです』
あのときの観月さんの言葉には観月さんの希望も入っていたと確かに思ったのだが、今度は違う。「一緒にいないと不自然なんだよね」と木更津さんがぼやいたことも、赤澤部長が「似た者同士だよな」といった意味も……今までの記憶の断片の全部が全部、二人の絆を見せ付けてるようで、俺は居たたまれなくなった。
言わなきゃよかったとも思えないが、言わなきゃよかった――こういうときの気持ちは矛盾するもんだ。
――これで終らせなきゃ。
そう思う。
――でも……
「………」
声がでなかった。
「観月、裕太のことを大切にしてると思った。観月流のやり方だから分かり難いし冷たいところもあるけれど――それが分かってる裕太が私は好きだったよ。今も好きだ」
いわれてしまえば、俺は意味もなく頷くしかなかった。
結局、観月さんを分かってるのは俺ではなくて先輩で――。
先輩のおかげで観月さんがそれまでより見えた俺を、先輩は評価してるに過ぎない。
そういえば兄貴との試合の後、観月さんも俺も微妙に戸惑っていた時期があった。
あの時、気づけば先輩がいて、補修以上に俺に観月さんの凄さを見せてくれたんだった。
――観月さんがいなければありえない恋だった。
もう、出会う順番すら問うことはできない。
「けど、ずっとそばにいたいのは、悪役やっちゃうくらい信念が曲がってる観月の方なの」
言い切った先輩がいつもより強く見えたのも、多分俺には見えてなかっただけで、こういうところを見越して観月さんは先輩をルドルフに連れてきたのかもしれない。
――俺が好きになることは計算してなかったんだろうけどよ。
今までの優しくて意地っ張りな先輩全てが幻想だとは思えねーし、兄貴の「みえてないんじゃない?」に頷くことも出来ない。
でも、今いる先輩を、観月さんは知ってるんだということは、素直に認められた。
ようやく心の中のつかえが取れた気分だ。
――まだ忘れるなんて無理だ……けど……
俺は息を吸って、頭を下げた。
「ありがとうございました。俺、先輩に会えてよかったです」
「来年頑張って。それから再来年――また観月をよろしく」
「それ逆ですって」
「そう?」
――こういう人だったよな。
笑えてきたから、「先輩もいるんですよね?」と聞いたら、「マネージャー、もう春休みから入るよ」といつもどおり明るい声が返って安心した。
「うん。じゃ、戻ろっか」
「あ、はい」
「ばらけないと怒るでしょ?不思議がりそうな馬鹿澤もいるし。――先に行くけどいい?」
「はい。俺、ちょっと足りない飲み物買ってくるんで」
気を使わせないようにさり気なく配慮してくれる先輩が好きだった。
最後にもう一度だけ胸の内側で呟いて、俺は空気を吸いに一人、寮を出た。
涙が出そうになるまでは数分と持たなかった。
――兄貴の馬鹿やろう。
全て知ってた周助に何度目かの悪態をつく。
そうでもしないと泣き出してしまいそうだった。
分かっててふられにいった兄貴も、恋愛じゃねーのかもしんないが先輩を気に入ってるのは事実だろうからよしとする。
可哀想なヤツだ、と無理やり唱えて心を落ち着けた。(これくらい許しやがれ)
空気はまだ冷たくて、時間もそこまで持たせられない。
不自然にならないよう、自販で、せめて自分の分だけでも本当に飲み物を買おうと思いたった。
コインを放り込み、ボタンを前にとき、スポーツ飲料が目に入ったが敢えてよけた。練習中いつも飲んでた先輩のドリンクを思い出すからだった。(同じメーカーの粉を使ってた)
――もう少し時間はいるよな……。
会えなくなることが今はほんの少しありがたい。
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