現実を知る (SIDE不二周助)

 裕太に彼女のことを聞いたのは偶然だった。

「え?ちょっとまって……今なんて言った?」

 思わず名前を聞いて止まったのは彼女と僕がクラスメートだったからであって、(少なくとも最近まで)特別親しくなかったはずのその名前が今や別の学校になってしまった弟の口から出た純粋な驚きのためだ。

「だから。観月さんの塾の友達だけど、兄貴のクラスだって聞いたから」

「へえ観月の……」

 友達か。
 あの観月にそんな友達がいたとはね。
 それ以前にその友達が彼女だということが僕を驚愕させた。
 「んだよ」と裕太が不機嫌に唸る。

「わかりにくいとこあるけどいい人だぜ。観月さんの言葉に泣かない女始めて見た」

「それ、褒め言葉じゃないよ?そもそも観月が酷いんじゃない?」

 あ、むくれてる。
 なんで、裕太はそんなに観月のことを庇うかな?
 自分が酷いことされたと知らないから?
 いや、さすがにわかってるはずだ。
 あの日、試合の後赤澤君が謝りにきたからまず間違えない。
 出来るだけ見張るとも誓ってくれたしね。(守れるとは思えないけれど)

「で?」

 ソファに寝そべって、ポッキーを齧る裕太を「行儀悪いよ」と嗜めてから、ジュースのグラスを手に声を投げた。

「なんだよ」

 邪険そうに返す言葉に、

「僕に話すってことは何か知りたいんでしょ?」

 にっこり。
 できるだけ丁寧かつ穏便な対応を心がける。
 『拗ねるなよ、ガキか?』と思わないでもないが、弟はやっぱり弟で、

「別に。どんな人なのかなと思っただけで……。なんか、兄貴のこと騒がなかったし、珍しいタイプだったから」

 少し困ったふうの顔つきが、やたらと可愛く見えてしまったりもするものだから。
 それで意地悪いことを言って、姉さんに冷やかされる。
 例えば、
「観月にきけばいいじゃない?」
 こんなふうに。
 裕太は予想通り顔をゆがませるかと思ったけど、わりと普通。(それはそれで残念)

「『知りませんよ』って言われた」

「ふうん」

 それは珍しい。
 あの観月のこと、知らなきゃ連れてこないだろう。たぶん遭遇した場所は練習だろうから(それ以外に裕太と出くわすとは考えがたい)余計不思議だった。
 観月は嫌いだけど、生真面目さや神経質さは可哀想なほどで……嫌いだからゆえにその特性は読みやすい。
 どうしてだろうか?
 少し知りたくなってしまった。
 ちなみに今更だけど、裕太が聞きたがる理由はわかってる。
 「興味」があるからだ。恋愛には絡まない程度の純粋な好奇心。
 じゃあ、観月は?

「……まさか、ね?」

 僕は考えを打ち消す。
 そんなはやらない青春ドラマみたいなわけないじゃない?
 確かに、クラスでテニス部にキャーキャー言わない人間のうちでも彼女はずば抜けて変わっている。
 始めて存在に気づいたのは彼女が友人から受けた恋愛相談を蹴ったとき。
『ああ、あれは無理。わかるから、やめといた方がいいと思うよ?』
 キツイといって、の言葉に泣きたくなる女の子の気持ちでもないけれど。
 僕には微かながら言葉の後の「タイプが合わないし」という理由づけまで聞こえてしまっていた。
 しかも同感。
 噂されてるのは僕だったしね。
 付き合うなら直接言ってくる子か自分から選ぶから、の読みは間違いどころか大当たりだ。

「兄貴?」

 不可思議そうに裕太がこちらを伺った。

 ――僕に似てる子
 そういってしまえばいいんだけど、彼女に聞かされた周囲の評価に「何それ?」と笑う程度には違和感を覚えていたから、ふと言葉を止めて……

「やめた方がいいと思うよ」
 合わないから。

 と同じ台詞を口にして。
 しまった、無自覚の相手に……たきつけてしまったかもしれないと焦った。

「何がだよ?」

 口を歪めた裕太にほっとする。
 そうだね、出来ればとは近づいて欲しくない。
 僕に似てるから、それでも、は『違う』から。
 一つわかるのは自惚れじゃなくて、確信。
 彼女はもしもと迫られたとき、裕太と僕とだったら、たぶん僕を選ぶタイプだ。
 しかも、周囲の女の子たちとは違って、毒があるから僕が良いと言うだろう。
 そこだけがリアルに思考を押さえ込んだ。

「ん?」

 ふと100パーセントのジュースのすっぱさに我に返る。
 あれ?
 可笑しなことを考えてないだろうか。
 そもそも裕太が彼女を好きなのはもう……

「そうか……」
 兄として嫌だったから見ないふりしていたのかもしれない。

「おい、なんなんだよ?」

 尋ねる頬を染めた君――……思春期だね……。
 なんて単純な――。
 思い当たった可能性とその確率の高さ(乾にきいたらきっと80%は越えるだろう。自信がある)に、僕は絶句した。
 これはもう一度会えば、あれだ。
 きっと確実に好きだと思い込むだろう。
 だからせめてもの助け舟を出した。この際観月は関係ない。

「僕に似てるらしいよ?」

「誰が?」

が。本人が申告してきた。周囲からもそういわれてるらしいんだ」

「へえ、でも、俺苦手なタイプじゃ……」

「裕太は僕が苦手?」

「っ」

 そう、ごまかしてしまえ。
 あるいは、ここでストップさせてしまえ。
 僕はもう一声。 

「じゃなきゃ彼女を見てないんじゃないかな?よく話したことはないから断言できないけど、はあれで結構キツイよ。観月とやりあえるんなら尚のことだろう?」

 つけたしたが、裕太は静かに頷いた。

「……知ってる」

 ふうん。
 キツくてもいいんだ。
 そうだよね、裕太。
 君は結局僕を嫌えないんだ。
 あれ?
 また僕は思いかえす。
 「お兄ちゃん子だなぁ」って「何となくわかるよ」って笑った彼女には、「そんなことない」と否定したはずなのに、いつのまにか同じ結論を出してやしないか?
 やっぱり似てるのか。
 だから裕太が懐く?
 血を分けず、なお男女の差があれば、そうなってしかるべきなのかもしれない。
 ちょっと切なくなりながらも、僕は彼女の指摘に感化され、もうちょっと自信をもってみることにした。 ――彼女が好きなら僕も好き?あってるはずだ。
 兄貴の顔で教えるのは……?

「身長が僕と大体同じか、若干低い。成績はよくて図書委員所属だったと思うよ。放課後借りたとき係やってたからね」

 取りあえず撤退する方面へ行かせたい事実は変わらないけれど……。
 でも、きちんと情報提供はしようと思ったんだ。

「サンキュ」

「どういたしまして」
 そう、兄貴顔で答えて。
 しばし、止まる。
 もう一人、出てきた名前が脳裏を掠めた。
 こちらは確信しようがない。(僕とは正反対のタイプだから)
 が、一応。ね?
 
「――観月にはナイショだよ?」

「え?」
 なんで?じゃないだろ?と思いながらも、
「僕の大切なクラスメートの個人情報だからね。知り合いだという理由で情報収集されてすきに使われたら、さすがにいやだろ?」
 なんて誤魔化しても、嫌な感じは拭えない。
 違うタイプだったが、僕はそこはかとなく感じていた。
 ねえ裕太、もしかしなくてもその獲物、観月の狙っている餌なのかもしれないよ?
 僕に似ているから彼女なら平気だと思う反面、胸騒ぎがする。
 僕ら(彼女と僕)が時々抱く「似てないのに……」という(お互いに対する)呟きに、根拠があるんだとしたら、観月がそれを暴く鍵になるのかもしれない。


    *  *  *  *  *  *  *
 次の日、朝一番。
 僕は練習から戻って、を捕まえた。

「観月と知り合いなんだって?」

「あ、うん。裕太から聞いたの?」

 「私も知らなかったよ、兄弟いたって言ってたけど裕太だったとはね」と彼女はいい、

「こっちも意外だったよ」

 「裕太と知り合いだなんて」と僕は呟く。
 でも、内心の問いは一つ。
 ――どうして観月なんかと仲がいいの?
 はすぐに返した。

「観月がいるからね」

 ――だからそれは何故?
 は答えない。
 首をかしげて、笑う。
 曖昧に。
 それからやっぱりこちらの考えがわかったかにして付け足してくれた。

「不二、観月のこと嫌い?」

「そうでもないよ、(特に身内に)酷いことさえしなければ」

「それ、本心だね。私もそう思うよ。でも意味は違うかな?
  アイツの場合、しといて落ちこむ駄目なヤツだから……」
 「悪役にはむかないのよ」なんて、それこそ見たことない顔見せて。

 不覚にも僕は、もしも裕太が彼女を好きでなければ、もしも観月の話題でなければ好きになるかもしれないと思ってしまった。
 似すぎてるから恋にならない(というか「なれない」)のは承知の上。
 でもそれくらいいい表情で、一瞬呆気に取られたのだ。
 何か入り混じった表情はけっして笑顔の類とは呼べなかったのだけれど。




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