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「観月さん」
「何ですか?裕太君」
「あの……ありがとうございました。それからまた高校でもよろしくお願いします」
「こちらこそ。来年も頑張って下さいよ」
会話は普通だが、彼が何を言いたいのか話したがっているのかははっきり見て取れた。
さっきを連れて出たことも知ってる。
戻ってきてすぐ珍しく素直に「好き」と囁いた彼女。「自分だけ、いい役のままなんて最悪」と拗ねた表情をした彼女―― 何があったのか、全て分かっていた。
正直なところ、こういう状況に馴れておらず、どうしていいか分からない。
この前の台詞への恥ずかしさもある。
「あ、あの……」
「こないだは取り乱しました」
先に謝ってしまった。
後悔はないが、後ろめたい気持ちがないのとも違う。
「俺、先輩のこと、好きでした」
裕太君は飲み物を注ぎながらそう言った。
耳を塞ぎたくなったが、ちらっと――奥で赤澤と金田君と話してる――に視線を走らせた途端、が此方に気づいてまた目を逸らせたことで決心がついた。
「過去形ですか?」
――違うに決まってるじゃないですか。
皮肉のつもりもなかったのだが、どうにも意地悪くなってしまう。
さして気にしない彼が僕には不可解だった。
まっすぐで――あんな後ですら、の協力はあったが何となく上手くいったのだって結局は彼の気質によるものだ。
「悔しいし、まだ見んなとか言われてもつい目が言っちゃうけど……先輩の言うとおり、先輩はもう選んでるから。……観月さんの横に居る方が先輩っぽいし――」
「どれもですよ」
演じるといったも、完璧にそんなこと出来るタイプではない。
僕と同じで、徹底できない性質だ。
――は裕太君が好きですよ。
ただ、僕らは自分達を哀れんでいるから……似てるとそう思ってそばに寄り添ってしまっていたから。
今更なのだ。
自分達は違う生き物なのだと分かっても、この先どうすれ違うか分かっていても……
――僕らは僕らを選ぶんです。
目をあえて、もう背けようとは思えないが仮にそうしたところで気づいたらそばにいるような気がする。
「知ってます。だから……一緒にいないと先輩の一部が欠けちゃうと思うから」
そのとおりだ。
――ただし、それはでなく、僕の方です……
がいると弱くなる。
――だから嫌だったんだ。
顔をしかめたのが分かったのだろうか。
裕太君は慌てて、
「あ、マジで何かしようとか横から盗ろうとか思ってないです……てか、観月さんのことは本当に世話になったっていうか……すげーと思ってて……だから……」
釈明なのか何なのか自分でもわからないであろう言葉を繰り返す。
その様子が、ときおり僕の怒りを静めるときのようで、既に懐かしかった。
「仕方ないですね。何、情けない顔してるんですか?」
「すっ、すみません」
捨てられたイヌみたいだ。
最初にあったときの戸惑いそのままの彼が微笑ましい。
空気はなごやかなものになっていた。
僕は最後だから、と言い聞かせて、彼女にも言ってないことを口走っていた。
――たまにはいいでしょう。
もちろん、多少の計算もある。
「言っておきますが、僕はを泣かせますよ?酷く扱うし、喧嘩だらけですし、間違えなく無理やり何かする自信もあります」
「むっむりやりって……」
「仕方ないでしょう。あの人は強情で、意地っ張りでどんなことでもイエスが言えないんだから。泣かないで我慢するのが好きなのは分かってますが、一度あの海より深いプライドをどうにかしないと駄目になるでしょう。僕も好き好んであの人を犠牲にする気はない」
素直に犠牲にならないと思いきや喜んでなってしまいそうなところがあるのだから、は手に終えない。
これは予防線だ。
あるいは宣戦布告だ。
……いわば、自分に対する。
「はあ」
曖昧に頷く裕太君をいいことに最後の卑怯さで告げた。
「それでも手を出さないでもらえますか?はほだされはしませんが充てつけに裕太君を使うくらいのことはし兼ねません。でも――帰って来るのは僕の元だ」
滅茶苦茶なことを言っている自信もあった。
だが、事実しか言わない。
――泣き落としみたいなもんですね。
そんなたちの悪い女だと暴露しておけば、逃げるでしょうが……。
悪役にさせる気はないし、綺麗なお姉さんを保たせていていいと思うが、これくらいは許されるだろう。
――あんまり憧れてもらっても僕が困ります。
「何にせよ、この先ずっと手放す気はないですから」
「観月さん……」
「だから、安心してテニスに打ち込んでください。高校に来て腕がなまっていたら容赦しませんよ?」
「……先輩こそ……」
「?」
「先輩を攫われないように覚悟しててください」
「……言いますね」
諦めさせるどころか、火をつけてしまっただろうかとも思ったが、そういう気はなさそうだ。
安心して、僕は差し出された手を取った。
自然に握手して、僕は遅くなったのでを送りに、と席を移動する。
直前。
「俺はともかく、兄貴はちょっかい出すと思いますんで」
とんでもない言葉に凝固した。
「……兄さんの躾もよろしくお願いしたいものですが……」
「無理です」
――そういうところは確り返事しますね……
とりあえず、不二周助には依然注意が必要だ。
僕は冗談とも言えなそうな気持ちで――だが、先ほどから肩の荷がおりたような心もちで、の名を呼んだ。
「送っていきますよ?それとも泊まりますか?」
「っ……」
少しだけ報復も兼ねて気軽に聞きながら。
――イエスならイエスで、サプライズですしね。
数分後、ひやかしと彼女の叫び――案の定は怒った。でも頬が赤いから本気ではない。可愛いものですね――の中、会場を後にすることになる。
帰り道、裕太君の話もしたが、特に問題もなかった。
自然の流れだ。
ただ、不二周助の番号を教える教えないの問題では若干揉めたけれど。
「僕が知ってるからいいでしょう?」
ちなみにそういってしまったせいで、今後不二のメールは全て僕を経由するようになり……
これこそが嫌がらせだと気づいたのは一週間もしないうちのことだった。
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