ドリンクをつくるという作業は意外と大変だ。
味付けうんぬん以上に、正直コレって……
「力作業よね……」
そうなのだ。
部員全員分のボトルクーラー(中サイズ)にそれぞれドリンクを入れるだけなのだが、その前の準備段階から水(当然ミネラルウォーターだよ、この人達!)を持ってくる、適度に冷やす……などなど持ち運びを伴う作業がほとんど。
話に伺う『氷帝学園』とやらじゃなくてよかった。きいたところあそこの部員は200人はくだらないらしい。正レギュラー・準レギュラー・平に分かれてるらしいが、それにしてもそんな量こなすのは無理だ。本当に幸運なのよ、うん。正式なマネージャーじゃないし。
重い水筒(ただの水筒じゃない、何人分も入って下の蛇口から出すミニタンクみたいなやつだ)に、冷蔵庫から取り出して、水道で冷やしておいたミネラルウォーターを詰め込めて、蓋を閉める。
それが四つ。
まずは二つと、必死に持ちあげて、コートに向かおうと方向転換したそのとき、
「」
聞きなれた声は上の方から飛んできた。
コートの方からかけてくる人影。
階段を下りてきたのは見慣れた正式マネージャー・私にとっては塾の旧友。
「あ、観月。どうしたの?」
「貴女って人は馬鹿ですか?」
「ひどっ」
謂れのない謗りに、反射で答えると、観月は頭を抱えた。
あれ?
まだ制服だ。
今日は補強組はスクールなんだっけ?
「今来たところ?」
悪口も忘れて尋ねたら嫌そうに顔をしかめて、これだから馬鹿はとでも言いだしかねない調子で、「当たり前でしょう」と声が飛んだ。
「じゃ、それはいいとして、何が――」
馬鹿なの?
聞こうとしたが先手を打たれたのだろうか。
「二個は無謀です」
瞬間、重なる手。
観月は片方を左手に奪って、
「もう一往復ですね」
スタスタと歩き出した。
そうか、もう一往復しないと、四つは運べないもんな。
「ひっくり返されるよりましです」
お礼を言ったら文句が返ってきたが、変なところ女の子扱いする人だと思う。
それが自然だから、別にいいんだけど。
(含みがあったら面倒だが、観月に限って哀しいほどにないだろう)
「そういえば、毎回この持ち運びって観月がやってるんだよね?」
それぞれの一つ目を置いて、二つめを取りに行きながら話をする。
後の作業――粉入れとか詰め替えとか――は簡単だから私がやるのは暗黙の了解。
部外者が休日コートに侵入させてもらって、何もしないっていうのは対面もよくなければ、具合も悪い。何より自分の気分的に嫌だ。
言わないうちに観月が仕事を押し付けてくれたおかげで助かってたりする。
試合ならまだしもボレー練習なんて見てても暇だし。
けが人も毎回出るわけじゃない(出られても困る)
「一年生に任せることも多いですよ」
「他にマネージャーいないんだっけ?」
そもそもマネージャーっいっても向こう(海外)のチームシステムでのマネージャーだから、無駄な作業は別に放ってしかるべきか。
「ええ。でも手伝いますよ。チームメイトですから雑用は皆でやる、基本でしょう?」
「そっか」
「まあ、雑用係という意味のマネージャーも、いてくれると助かりますけどね」
「私か?」
「使えませんが、いないよりましです」
「容赦なさすぎ!」
そんな阿呆な話をしながら用意をした。
なんのかんので、詰め替え作業の前まで観月は手伝ってくれた。
クラブハウスで詰め替え作業をしつつ、悔しいが黙って作業する観月は格好よかった。
口を開けば文句ばかりなのに、静かなときは優しいのだ。
本当は脳裏にちょこっと不安があったり、『綺麗なおねえさん作戦』がまずい方向に行きかけてるような気がちらほらしてたりして、具体的に何とは言えないのに何か話したかったが黙り込んだのもそんなワケ。
「ところで、。いつまで此処に来るつもりですか?」
「え?」
大体仕事が終ったあたりで、観月は思い出したかに尋ねた。
「さっきも言いましたが仕事してくれる分には構わないんですが……」
「いいの?居ても」
「今追い払ったら他のメンバーに怒られますよ」
それでも自分がNOといえば来ないことを、観月は知ってるだろう。
これは遠まわしな許可だ。
何かとひっかかりはある。
裕太のこととか……。
観月が危惧してたことだけはもう分かってる。
裕太が私に深入りすることを、だ。
「いいの?」
だって、面倒だよ?
もしそうなったら、というか、微妙になりかけてるっぽいし……(自惚れかもしれないが、まあそこまで内情ばれてないから憧れ程度にはなっちゃっても可笑しくないよね)
言葉の意図が伝わったか、観月の答えを見つけようと、顔を覗き込んだ瞬間だった。
ドアががしゃりを開く。
入ってきたのは部長。
練習開始時間らしい。
「おい観月」
「アップは終ったんですか?」
「そりゃこっちの台詞だろ。お前、制服のままじゃねーか」
「すぐ行きますよ。赤澤と違って支度は早いですしね。何より午前中存分に動いてきましたから」
「へえへえ。なら先に始めてっぞ」
「メニューは昨日と同じどおりで」
「わかった」
赤澤退散。
えっと、何話してたっけ?
まあいいか。
支度の終ったドリンクを運ばせる暇はない。
「後は私でもできるよ。急いで着替えて」
「じゃあ、すみません……。後でまた話しましょう……」
観月もせわしなく出て行く。
ともかく準備優先。
すっかり手馴れた様子で救急箱を取り出し、テーピングテープとコールドスプレーが切れていたから予備をロッカーから補充した。
休憩用のポットを置いて、練習用ボトルのドリンクを数回に分けて運び始めた頃、コートからパコーンスコーン景気のいい音が響いてきた。
さて往復何回でいけるか……。
両手にもてるだけ持って、私はクラブハウスを出た。
* * * * * * * *
「休憩!」
部長の声が聞こえる。
休憩用ドリンクを準備をしなくてはならないから、私はクラブハウスに向かった。
コートの方を見たら観月が誰かと話をしてた。
誰かなと覗き込もうとしたら、観月がこちらを向く。
気づいた様子に、手伝ってくれないかと期待して手を振ったら、スゴク嫌そうな顔をされた。
いつものことだから気にせずハウスに入る。
ドリンクの水筒を持ち運ぼうとしたとき、息を切らせて観月が入ってきた。
――どうせ手伝ってくれるなら、冷たい顔しなくてもいいのに。
思うが、観月は観月だ。
「これ」
「出してきます」
水筒を手馴れた様子で受け取って、観月は出て行く。
ただ、ドアのところで、振り向いて思い出したように、
「さっき『後で話しましょう』といったこと、覚えてませんか?」
「え……」
「だと思いましたよ……」
観月は諦めたかに言うとドアの方に向い、
「、前言撤回します。やはり貴女はここには――」
続けようとして止まった。
ううん、凍ったという表現が正しい。
「先輩、手伝いますよ。…あれ、観月さん……」
左手に持った水筒を私はとっさに観月から奪う。
観月が何を言おうとしたのか、『さっきの続き』ならもうわかってしまった。
――やはり貴女はここにはもう来ない方がいいでしょう。
正しい。
今の態度を見たら観月の言いたいことは分かった。
不二(兄の方)と話をしたとき気づいていたから。
此間喫茶店で観月が危惧してたこと――裕太が私を好きになること。
私が、じゃない。
出来るだけ冷たく。
でも傷つけないで。
だから、ここに来ないで、会わない方法がベターだと言おうとしたに違いない。
「持たせてすみませんでした!あーもうっ、数分って言ったじゃない。観月の意地悪」
水筒は二つ。
一つは観月。
もう一つは私が持つはずだった。
裕太の名乗り出はありがたいが辛い。
ここにいて、そういう扱いをされたくないこともある。
それ以上に……
――ごめん。二人になるのはマズイ。
観月は多分引き下がるだろう。
そうじゃないと「観月」じゃない、早い話不審すぎるから。
でも、二人となれば、私が意識してしまうし、そうしたら反対に裕太をたきつけてしまいそうだ。
恋にはなっていない彼の心を、知らせてしまうなんて嫌だ。
関係なくいたい。
とっさに判断して、観月の水筒を奪い取る。
口を開こうとする観月をさりげなく視線で静止して、それから裕太に、
「平気。一人でやるの馴れてるから」
笑顔を向けた。
観月ははっとした表情でこちらを見た。
――これは多分……。
私が裕太の気持ちを知ったこと、わかっちゃっただろうな。
「そうですね、これくらい出来なければわざわざ見学させてあげてるメリットがありません」
意地悪なことを言う顔は少し複雑そうで、そんな観月に裕太の前で「悪役」をさせてしまうことに多少胸が痛んだ。
観月がきついのはいつものことなのに……。
なんで「悪『役』」だなんて思うんだろうか?
考えれば簡単で、余計嫌になる。
このプライドが高いふりをした臆病者に『その理由』を知らせたくなかった。
観月は私に甘すぎるのだ、局地的に。
――今は一緒にいたくない。
裕太と観月が何か話してることを何故か私はスゴク嫌な感じだと思った。
折角うまく言ったんだから波風を立てたくはなくて、水筒を手に私は急いでハウスを抜け出した。
実際は「意地悪」とか観月に悪態ついたり、「ありがとう」とかやり過ぎない程度に裕太をフォローしつつ……。
用意を終えてしまえば、こちらも本格的な休憩になる。
観月は機を伺っていた。
私は出来るだけ裕太の前では話したくなかった。
それに、平静を装って裕太と話す観月をみてたくなかった。
「赤澤、ごめん利用されてくれる?」
部長を見つけて、駆け寄る。
「休憩したいの、観月から逃れて」
「どうしたんだ?お前も観月も。なんか変だぞ」
本気半分に赤澤のもとに逃げ込むと、心配そうな表情でのぞかれた。
可笑しな話、この人が部長だと改めて思い知らされる。
観月はあれで余裕ないとき、本当余裕ないから……。
そう、例えば今みたいに。
「別に。ちょっとでいいからここにいさせて」
「ん?なんだ?」
こういうときは動物的な勘なぞ働かせなくていいのだよ、君。
そのまま何とかなりそうだったが、一応言い訳でもしようかと思っていたら、横から思わぬヘルプが入った。
「どうせまた観月が言い過ぎて、勝手に凹んでるんだろ」
「木更津……そのとおり!……ちょっと宿題を忘れて移させてもらったから」
「ああ、それでお冠になった観月がお前に……ん?何かしたのか?」
「赤澤。あの観月だよ?パターンは分かるだろ」
自分が散々やられてんだから。
木更津はナイスフォローを続ける。
「あー……悪ぃ。大変だなお前も」
「って何だ、それ」
あはは。
空笑いじゃなくて本笑いになったのは言うまでもない。
よっぽど毎度観月に文句言われてるんだろうな。
苦労してる意味では同志だ。
でも今は違うから。
「平気平気、赤澤よりはまだ扱いがいいし」
「ひでーな」
「あはは、でも本当のところそうでしょ?」
そうかと赤澤は頭を掻いた。
微妙に思い当たったらしい。
「けど、観月、悪いやつじゃねーし。お前のこと結構気にしてるから」
「ああ、此処に来ることね。部外者だから仕方ないよ」
「役に立つから離したくないんだろ。俺らも……真面目な話、には感謝してんだぜ」
「ん。ありがと」
本当に嬉しかったから、私はお礼をいい、
赤澤はともかく木更津に、
「それ、こっちの台詞」
笑われてしまった。
――木更津。君知ってるんじゃないの?
問いかけたくなるのを我慢する。
相手の表情が『知ってても答えない』と語ってた。
「ま、こっちも楽しいしね。同等に扱ってくれるのが嬉しい。休日には手伝いに来させてもらうよ」
「観月に怒られに来るだーねー」
いいタイミングで出てきたアヒルがまたしても余計なスイッチを踏んでくれて殴りたくなったが、どの道これはもう避けられないことなんだと妙に実感が沸く。
観月はまだ分かってないが、ここは観月中心で回ってるところなのだ。
というか、私は観月の付属として認知されてるのだ。
取りあえず、「アヒルに言われたくない」とシャウトつきで言ってごまかす。
ある意味、癒し系だね、柳沢って。
「嘘だーねー。いつもには助かってるだーねー」
「呼び捨て禁止」
気軽に呼ばせないです。
観月だって呼びなんだから……。
切なく思い出したりして……
「あーでも観月も呼び捨ててねー?」
だから私は赤澤のツッコミに凝固した。
「そうそう、だからうつちゃっただーねー」とか「って呼びやすいしね」とか聞こえるが、もうそんなことスルーして、頭の中を駆け巡る。
――観月が私を呼び捨て……?
「え?」
行かない方がと嗜めた不二兄の言葉が浮かぶ。
『 綺麗なおねえさん 続けられる? 』
そのままの偶像で――。あるいはうまく冷めるまで。
――不二周助、君の言うことは正しい。……それができなかったほど、観月に会いたかったのか、私は?
分かったがもう遅い。
現状確認すれば、なじみすぎて、今急にいなくなるわけにはいかなくなってしまってる。
ならば、私に残された道は適度に『お姉さん』を続けるしかないってことだ。
でも――その自信も今打ち砕かれた。
「観月が?」
「え?違うのか?」
「あ……ううん」
それっていつの話だ?
記憶ないよ、名前で呼ばれた。
「練習中とか部活ン時は公私混同しないように呼ばないっていう話。お前ら、昔馴染みなんだろ?」
「あ、まあ」
こっちは知ってて、向こうは知らない――初等部最後の……
受験でこっちに出てきてた観月を一方的に私が知ってるだけの……
「赤澤」
私は代表格に聞いてみた。
「それって、みんな、結構知ってる?」
「さあ、裕太に聞かれて話してたが、他のヤツはしらねーんじゃねー」
『裕太に』
それだけ聞ければ十分だった。
私は観月に、「何でそんなこと言ったの?」とは聞かない。
聞いたら嘘にされてしまう。
その言葉に、ちょっと確信したから、「その」可能性を消させないよう黙っていようと思った。
――好きなんだよ?それって……多分……。
観月は私のこと好きだったりしちゃうんじゃないかとか思っちゃえるよ、それ……。
そういえば、制服のままアップはいいからって言って、一緒に手伝ってくれるあたりも期待させてくれてる。
こないだの喫茶店での会話がふと浮かぶ。
『裕太が貴女のことを話すんです』
あのヤキモチも……もしかして?
「観月ってさ、女に冷たいと思ってたけど、には容赦はないけど冷たくもない。幼馴染とは初耳だね」
これは木更津で。
「そういうのいいよな。あいつ、地方出身だろ?ってことは、むしろ幼馴染ってよりこっち来てすぐ知り合った最初に知り合いとか?」
これは赤澤で。
私はもう
「うん、そんなところ。でももう何年も前のことだし。観月も言ってなかった?名字だと勘違いしてたんだよ、最初。そのまま癖になっちゃったの」
「想像つくかも」
「そ、だから、もう今は『』。出来るだけそうしようって」
「あー、あいつらしいわ」
他も頷いている。
ついでに釘を刺した。
「でも、これは他の人には言わないでよ、観月怒るから」
「……だな」
ドサクサ紛れだが、この先矛盾がでないよう、嘘をつくので精一杯。
たぶん、観月が『そんなこと』を言い出すなんて、もうないのだ。
その前に、私が蹴りをつけてしまうから。
観月も『そんなこと』をした自分を後悔してるはずだから。
結局、その後、練習が再開され、観月とは休み中話さないで終ってしまった。
今日に限って塾の再テストがあったから、私は一足先にコートを抜ける。
道は大分慣れてきていた。
それでも観月は「送りましょうか」と言い続けてきたのに、今日は言わず、
「後で」
塾で会いましょう。
すれ違いざまに今度こそ聞こえるように一言告げる。
さっきクラブハウスでみたいな入れ違いがないように、と。
私は頷かなかったが、一拍遅れて、口に出せたことにほっとしたような観月の息をしっかり聞いていた。
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