|
『、悪い……急に先輩に呼ばれて……』
『仕事が入った』とどこの中間管理職ですかと言いたくなるような留守電の要件に、履きかけたミュールを脱ぐ。
伝言が簡潔なだけでなく、音も荒いのは、移動中に無理やりいれてくれたからだろう。
仕方ないなぁと溜め息がもれた。
久々の休みはそんな一言でつぶれたけれど、どれだけ部活が充実していて観月が欲されてるか分かるからむしろ良かったねと言いたいくらいなのだ。
春休み中頑張ってデータ能力を見せ、試合や練習での打ち合いをこなして先輩に認めさせた成果が少しずつ現れてるのなら及ばずながら手伝ってきた身としては嬉しい。
「……ただ、ね。だからこそクラスでくらい話したいんだって……」
月曜に顔を合わせても作られた反応にかえって悲しくなるから、気が沈む。
部活中と帰りの校門まで(寮が隣りだから)、ほんの少ししか「」用でいてくれないのが切なかった。
せめて他人のふりはやめて欲しいのに。
「仕方ない、下に顔出すか」
たまには手伝いに行ってもいいだろう。
落ち着いたはいいけれど雑用係になれ切った挙句マネージャーまで消えて裕太の代はだいぶ大変らしいというし。
裕太が気づかない間に勝手に不二が送ったっぽいメールも来てた(どうなのよ?兄貴……プライバシーの方は。……てか、裕太も裕太で家にあんまり帰らなきゃいいのに。いじられてるよ……いろいろ……)
ミュールから、運動靴に。
おろしたてのワンピースから、動きやすいジーンズとキャミソール&パーカーに。ついでに一応ジャージももって、数分後、玄関を飛び出した。
* * * *
「で……なんでこうなるか」
「僕がいたら悪い?」
顔を出したのが間違えだったのか。
裕太も金田君も喜んでくれたし、新しいメンバーにちゃんとすべきことも伝えられたので安心した矢先、諸悪の元凶こと不二周助が出てきた。
「兄貴?」
後ろからやってきて、その影を見つけ、頭を抱えた裕太の反応が普通だ。
――そうだよね……
ただ弟の様子見に行けというほど、こいつ(周助)は弟思いじゃない。
むしろ、いじりにくるついでのネタ、か。
「次ルドルフと練習試合だから先輩に連れてこられたんだよ」
「やあ裕太、元気だった?」と白々しい声(&笑顔)が飛ぶ。
――黙ってていいよ、うん……裕太。
横を見るに絶えず、思わず心の中で強く頷く。
「不二先輩の兄貴?」「え?マジで?」「ってか、あの人って……」などなど好奇心たっぷりの後輩に、[兄貴]だ[弟]だで切れなくなったのはえらいが、裕太……針のむしろ……。
結局(やつが兄だという)あまりの悲惨さに、やむなく、不二(兄)を引き受けて、先に帰っていいよと、裕太には別れを告げた。
ついでにいうと、当然だけど、流石に二ヶ月以上たって、裕太との間にわだかまりはない。
最初こそギクシャクしてたものの、普通にしてたら裕太も裕太で慣れたみたいで「観月先輩も時々きてくれるんで」なんて会話してたし。一件落着だ。
「で、不二……普通一年はついてこないでしょ」
――なんで、君がここにいる?
カラカイ半分、観月にメールしてたけど相手をされなくなったらしく連絡が途絶えてたみたいなのに……
二人になったのを見計らって、悪態をつく。
後輩の前で無理に可愛い子ぶったりはしてないが、これで結構緊張するのだ。ただでさえ新人が多いだけにまだなれてなんかいない。
不二は、気にする素振りもなく、首をかしげて「なんでだろ?」なんてやってる。
「先輩に、一緒に行くか?って聞かれたんだよ」
とぼけてるが、これで騙されるもんか。
――そういうふうに仕向けたんだよね……たぶん。
とはいえ、裕太の希望だろうと信じて疑わなかった私も悪いので、まあため息に抑えておく。
「に久々に会いたいって思ったのは事実だけど、まあ半分くらい偶然かな」
「……そう」
「何となく先輩につき合わされそうな気がしてたから知り合いの一人や二人巻き込もうって思ったのは本当だけどね」
「――君ね……」
運命かも、と、減らず口を叩く不二も懐かしいので、放っておくことにした。
偶然なんて滅多におこらない。多くは必然のうえに無理やり誰かが成り立たせてるものだ。
不二が私を呼んだのも、ルドの日程を知ってて、かつ、自分が他に用事がないうえ、むしろ誰でもいいから知り合いを捕まえたい状況にあったからだとしても、これくらいの理由なら可愛いもの。
ついでに、聞き出してみれば、どうやら青学の練習は午前切り上げで、打ち合わせも終わったので昼でも食べて帰ろうという話だったので、納得した。
「ルドから青学の距離を考えれば確かにちょっとあるし、いっそこのあたりで食べたいけど、先輩は彼女もちで、君は一人あぶれるって……?」
「裕太につき合わせるんじゃ悪いかなと思ったしさ」
そういう配慮ができるんならこっちの配慮もしてくれてよくない?
言いたいことがぽんぽん出る。
なんのかんの……こんな会話、まだルドじゃできないし、気安い空気に飢えていたのかもしれない(赤澤や木更津やだーねとはするけど、それだって部活んときと……たまたま用事があるお昼くらいだ)
「ていうか裕太ならその前に断るんじゃ……」
「うん」と力強く返事されてしまう。
しかも
「だから観月も誘ってみたら?っていったんだけど」
巻き込む第一候補は、恐ろしいことに彼とは……。
自分の所業を忘れたか、あるいは、相変わらず「観月好キクナイ」な態度を取ってることを自分で楽しんでるのか(後者の可能性大)
「嫌がりそう……」
ぼそっと呟いたら、
「うん。却下された。本人からも」
別に気にしていないと顔に書いて答えが戻る。
――……ってまって……。
嫌な予感がする。
裕太が断ったということは……いい。
だが、観月本人から?
ということは、つまり……観月は知ってるんじゃないか?不二が来ることを。
――反対に、不二が敢えてここでその話をするってことは……
「」
一瞬、時が止まるかと思った。……とそれは大げさか?兎に角、聞きなれた声が後ろからかけられて、さっと振り返る。
そこにはお約束というか何と言うか噂の人――観月がいて……
「タイミングがいいな」
――やっぱり。
不二は分かってて立ち話を始めたんだ。
すぐに睨みつけるも、どこ吹く風で、「観月、君と一緒にお昼食べるのはちょっとなぁ」なんて言い始めてる。(てか、食べること決定か?)
でも、観月はまたげっそりするかな?なんて横を見て、……――びっくりした。
目がかち合うより先に、冷たい指先が触れたんだ。
もちろん、不二の、じゃない。
「行きますよ」
決定事項が告げられ、聞き返す間も無く手を引かれる。
横から仕掛けた張本人は、「行っちゃうの?残念」とひらひら手を降り、ずるいだのと口を尖らせた(多分ポーズ)が知ったことか。という気分になってくる。
不二は、ここまで観月が動くと予想しなかったのか、取り繕われたものの驚いた表情をみせてはいて……それはざまあみろといいたかったけれど、それどころじゃなく心臓が煩くなった。
――どのみち王子様が現れた以上魔法使いに用はないけどね。
魔法使いというかどっちかっていうと悪魔だよな?なんて思う間もなく……ふと気付くことは――
「……ね、観月。先輩、おいてきたらまずくない?」
よく状況は読めないが、観月が優雅な登場ではなかったことから考えてまだ校舎に先輩が残ってる確率は極めて高い。
たぶん、ルドルフと青学の打ち合わせをこっちの校舎でやってたんだろうが……一年前ならまだしも、彼もまた一年生だ。
心配してもう一度同じことを聞き返そうとしたら、
「大丈夫です…」
直ぐ横で嘆息された。
息が頬をかすって、くすぐったい。
不機嫌な観月は気付かないでそっぽむいてしまったけど、
「とっておきのゴシップを提供したんだ。これで何か言われても知るもんか」
すっかり年相応の顔で――いつもの済ましてるんじゃなくて――その耳が赤いのも多分気のせいじゃない。
「……ゴシップって?」
「今更迷惑がってもきくものか。折角遠ざけたのに近付いてきたのはでしょう」
――そんなこと頼んでないって……。
突然触れられた核心に――いつかは利かなきゃと思ってたことに……触れられて、戸惑う。
――ゴシップを免れたくて遠くにいた?……で……もう今さっきばらした?
不二に妬いたから?と……聞くこともできず、口を開くが声のかわりにただただパクパクと唇が動くばかり。
呆れたコメントでも来るかと思ったが、それも来ず、
「――なら、もっと早くこうすべきだった」
繋れた手すらなれないのに、確かに距離があったのに――一足飛びで飛び越えて観月は私の身体ごと腕をひきよせる。
――今日は予想を裏切られてばかりだ。
校門出てわりとすぐ……しかも普段と別の校舎側のだ。
噂は必須だし、下手すれば先輩が数メートルに近づいているかもしれないのに、なんでこんなことするのか。
聞こうと顔を上げれば思いのほかに、顔のアップが大きくて……
「っ」
抱きこまれた腰をいやらしくならない程度に引き寄せて、一瞬、その熱を与えてきた。
何もこんなときにしなくても……
思うが、慣れないだけに(だってまだ……… … 回目?…………と、まあカウントしてしまうところで何か悟って欲しい……)抵抗どころか、脳内が爆発しそうだ。
「……何か……言ってよ……」
落ち着いたらしい観月がさっと離れてくれちゃったせいで、沈黙が痛い。
強烈に嬉しい気持ちと、どうしようもなく泣きついてしまいたい気持ちが交互に押し寄せるが柄じゃないので、呼吸をおちつけた。
「……もっとしたいけれど我慢します」と不穏な言葉もきこえたけれど、それすら疑わしい(……とまでは思わないけど、やっぱり心配にはなるんだ私だって)から、ぽつりと……
「クラスじゃ無視するのに……」
泣き言をもらしてしまった。
これには嫌われたくないから、私の方が慌てた。
観月がうざがらないとしても、こんなことを言ってしまう自分が嫌だ。
ただでさえ目立ってしまって、たぶん観月も気をつかってくれてるし、過敏にもなってるのだから、もう少し我慢して……休日で補ったりしようと思ってたんだ。
――そりゃ、今日は駄目になっちゃったけど……
でも、部活でこそっと先輩に隠れて……っていうのも有りかな?と現金なことを思う自分も本当だから、余裕で頑張れるっていっても嘘にはならない……
でも……
「今のなかったことに――」
と、早口になる私に、
「そっちこそ」
観月は真っ直ぐ顔をあげて、
「昼、赤澤たちと……その……――」
「やきもちだ……これじゃ」と苦笑したから思わず、
「本当は観月と一緒にいたいよ。べったりって訳じゃなくても折角だし……たまに出いいから」
堪えてた半面告げること自体に抵抗があったことがするりと口をついて出た。
はっとした顔で、観月も、
「学食だと目立つからは嫌だと思って」
と、ごく普通に受け答えてる。
それが一番いいたいことじゃないのは分かっていたし……多分気を使ってくれてたところでそのことを言う人じゃないのを私は知ってた。
――だからこっちから言うしかないんだよ……
不二にかき回されたり、ちょっとしたことくらいで周囲が気になってしまうくらいなら、もういっそ全部洗いざらいはいてしまった方がいい。
私だって、最初からそのつもりだったんじゃないか?
――もしかしなくても、デートだったとしても多分それとなく言ったはず……
覚悟を決めてしまえば後は早い。
「今更。それと……あんまり心配しないで。彼氏もちが多いからお昼は別だけど友達もいるし、女の子らしいの、あんまり得意じゃない。観月のことも話してないよ」
――言わずと観月の扱いが違うから分かるって。とは言わないけど(照れるし……怒りそうだ観月が)
でも、そう。
それだけで十分うれしいんだ。いいじゃないか。
だから、取りあえず言うだけ言って、「安心して」と悪戯に付け足してみる。
――心配してくれてるのは分かってるよ?って、言えちゃう自分どうなんだろ……
思うけど、別にいいじゃないか。
ようやくペースが戻ってきた。
――外野がどういおうと核心しちゃうのは傲慢かもしれなくても……本当のことは本当だって、反応でわかったから……もう……
さっきまで不安になってはいても、観月に嫌われるとは一ミリも思ってない自分に笑えた。
観月はむっとしたような表情と、呆れるとも付かない顔を向けているけれど、
自惚れすぎた? と思わなくもなかったけれど。
「なんでそう簡単に……」
――どうやら違うらしい。
小さいボヤキの後、覚悟を決めるように、息を吸い込んで、
「喜ばせないで下さいよ。いろいろ足りなくなる……」
こちらをちらりと伺い見ながら、そう呟かれる。
抱き締めてくれるかなという淡い期待をよそに観月は俯いてしまった、
――いっそ、覗きこんでみたらどうなるか?
……と、予想よりも期待をもって動いたら、
「え……」
髪にふれた手はつかまれ、
「不用意だ」
本気で怒られる。
「試すなら容赦できない。近付かずにいたもう一つの理由をは理解してなかったようですね」
桜の花が風にふいて目が入りかける。
怖いなんて思うつもりはなくて、でも身が竦んで……ようやく意味を知る。
だからといって、譲れないこともあるから、
「それでも近くにいる」
宣言する。
確実に近付いた距離はうまくつめられるか分からなくて、模索中でも――心地よく、切なく距離をはかりながら遠くにいるのはもうごめんだ。
それなら、外野が気になろうが、多少逸れようが好きなときにそばに居る方がずっといい。
「注目されて嫌だったら逃げて。こっちもそんなに騒がれたいわけじゃないから、いつもとは言わないし、適当にやらせてもらうけど」
でももう遠くにいたくはない。気も使われたくない。
意味が通じたのだろうか。
「……浮きますよ?」
提案に、観月はちょっと驚いたみたいだったけれど、しっかりと頷いた。
「今更だよ。……ていうか、あんまり社交的じゃなくて、好きな人にしか優しくしたくない」
幻滅する?
無言で問えば、
「知ってます」
すぐに、勝ち誇った表情に戻る観月がいて、そこではっと我に返る。
――これって……大層な告白じゃ……
(だって、観月にしかとくに優しくしたくないっていってまわってるようなもんだ)
ただ、まあたまには素直になるのも……不二がきっかけなのも癪だし、不二に邪魔される程度だったって言うのも癪だけど、必要かなと思ったから、一度だけ真意を確かめるように、
「……また秘密にしたい?」
駄目押し。
あんなの嫌だったと、分かってるからこそ。
「馬鹿言わないで下さい」
その答えを求めて。
結局「あんまりからかうと痛い目を見ますよ……」と、観月が視線をさまよわせていったから、無意識にまた覗き込んでいた私は慌てて側を離れた。
別に嫌なわけじゃないけど正直色々まだ覚悟も出来てないのが本当のとこ。迫るのはいいが、迫られるのは苦手だったりするし。
そのまま、仕切りなおしでデートになったが、その後は普通で……普通すぎて拍子抜けしたけれど……今はこれで十分だ。
* * * *
「にしても……不二周助には一本とられました」
帰り際……実は門限ぎりぎりで危ないっていいながらも観月は私を近いのに送ると言い出した。
嬉しかったから、止む無く従う(なんか日本語が変だけれど、そうとしかいえない)も、観月は急に立ち止まって、苦虫を潰したようにぽつりと告げる。
「またメール?」
「……ええ」
いつもなら内容は教えてくれないくせに、正直だ。(それ以前にメル友化ならぬ不幸のメール化してる不二のメールもどうよ?と言いたい)
「『危ないジンクスがある』そうですね」
「……え?」
――「……早く解決できてよかった」ってつまりそういうこと?
別れるんなら三ヶ月目かな?と笑っていた不二の冗談が思い出されて、頭痛がする。
でも、観月にとっては……あるいは周りの気を使ってくれてた人(結構居たと思う……今考えれば)にとっては、よかったのかもしれない。
私にとっても。
「卒業式に、不二って『僕、エンジェル』とか抜かしてたよ……仲を取り持ったからって……」
ばかげてるかもしれないが、それもまた真実なので怒れないのが不二の怖いところだ。だから観月だってメールをむげに出来なくなってるんだろう。
嫌そうにしかめた顔をあわせて、ふっと笑った。
こんなことが、クラスでも同じように出来るんなら、やっぱりそれって嬉しい。
別段馬鹿っぷるになりようもない意地っ張り通しなんだから、敢えて避ける必要なんかない。言ったらいったで「さあ?」とからかわれて、今後もちょくちょくこんな手を使われるようになりそう(で癪)なんだけれど……それになれるのだってそう時間はかからないと思いたい。
それに……
「……そういえば、はなんで来てたんですか?」
「あ、裕太たちを見に行ってたんだ。やっぱりマネージャーがいないからって」
「っ」
そんなつもりもなく、嫉妬されてしまったみたいだから、お互いさまってやつだと思う。
「大丈夫。マネージャーがやってた仕事は教えてきたから」
「……ほどほどに。……それから、明日からは、たまには学食でご一緒しませんか?」
驚いたのもあって甘い空気もそこそこに別れてしまったけれど(頷きそびれた)
でも、たぶん翌日から何食わぬ顔で一緒にいるようになる。
――それで赤澤に叱られるんだ。木更津にも。
変に迷惑をかけた張本人は今回は観月だから、こっちにはそこまでいってこないだろう。
なんだかんだクラスでも、周りが協力して話させようとしてることに、観月は気付いていない。根掘り葉掘り聞く子もファンの女の子だけじゃなくて、観月を潔癖だと勘違いしてる男子がまざってたりして……結構好かれてるんだって驚いたのに。
そういう新しい交流も持てるかもしれない。
何にせよ……
「休み時間もね。部活のことだって話したいこともある」
「それ以外でも」
決めてしまえばなんてことはない。
結局色気より作戦だの、練習の話だの……いろんな人がまざってわいわいやる前のルドでの光景になる。
この学校に完全に溶け込めたと感じはじめた頃には、皆に構われてなかなか二人になれないと観月がぼやきだしているのだけれど、それはもう少しだけ先の話。
END
|