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『、悪い……急に先輩に呼ばれて……』
タイミングが悪く捕まらない彼女に留守電を入れて、
「行くぞ、観月」
「はい!」
先輩に続き、急いで寮を出た。
休日だからと許された私服だが、の気に入っているダウンジャケットはあえて避ける。
――気分の問題ですが。
が特別なんだと本人に分からずと示したいときがある。
「に頼んでもいいんだがあいつ、外部だしな」
「まして青学相手ではやりづらいでしょう」
これも半分は私情のような気はするが、通った提案だ。素直に享受してもらおう。スピードをあげた先輩に追いつくべく速度アップをはかりながら僕は頷いた。
補強で取られたスクール組は僕らの代からで、学校側から策士を期待されていた自分はわりとすんなり上の学年に混ぜられたが内情はそうはいかない。
よいマネージャーを連れて来たことも僕の功績になったが、付き合ってる立場がある限り微妙だ。別れる気はない以上それなりの成果は出さないとに対しても不名誉になる。
それでも春いっぱい頑張ってデータと練習試合での結果とでようやく認められつつある。
も……大ざっぱなところはあるがテーピングの腕のよさと持ち前の明るさ(というより外面ですかね)で何とか溶け込んでいる。
――それにしても……よりによって青学ですか。
打ち合わせに出て来るにしても一年はないだろうし立場を考えればデータのための乾君か代表の手塚君だ。
でもならば何故ヤツに会わないと分かりながらこんなに胸騒ぎがするのだろうか。
一昨日のメールのせいだろうか。
* * * * *
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
余裕のある笑みを浮かべたあちらのエースは人懐こい性格らしい。
どことなく山吹の千石や六角の佐伯を彷彿とさせる爽やかな風貌の優男だった。
邪魔な前髪をかきあげる動作が様になる。
彼はそのままうちの先輩に向かって、「そっちも一年を連れてくるとは驚きだなぁ」なんて、絡んできた。
笑い合っているところを見るに旧知の仲のようだ。
……が、取り残された一年同士の顔合わせは最悪だ。
むしろどうしようもない。
――今日だけは仮病を使ってでも休むべきでした……
目の前で一癖も二癖もありそうなエースのお気に入りはほほ笑んでいるが――。
――目が笑ってないんですよ、あいつは。
不吉なメールの後この仕打ちとは一体どうなってるのだろう。
「久しぶりだね」
「ええお久し振りですね」
出来れば会いたくなかった、とは先輩たちの手前さすがに言えない。
「へえ不二、来るかもしれない知り合いってコイツか、強いのか?」
「うーん」
曖昧に濁す辺りがむかつく。
――ええそうですよ。僕は負けましたとも。君にこてんぱんに。言えばいいでしょう。
「ま、いっけど」
エースはあっさり引き下がってくれて、結局恥はかかずにすんだが。
ついでに、うちの先輩がすかさず、フォローしてくれた。
「観月はプレイは正確だぜ。派手さはないが、参謀としても使える。――両手間で悪いことさせちゃってるが、コーチにもなれる有能株だからな」
――そんなふうに思われてたとは……
不二も意外に思ったのだろう。
癪に触るが珍しく目を開いて驚いているようだった。
……と、ここで紹介と雑談は終わり、来週の打ち合わせが始まる。
こちらも向こうもゴールデンウィーク目安に強化合宿を目論んでいて、最終日に練習試合をしようという話だった。
ふざけてはいてもこういうとき先輩はやはり先輩でこちらからは修正と確認をするだけで新しい提案もなく話し合いは進んだ。
案の定というか何というか不二はただ頷いているだけだ。
――まったく……何をしにきたんだか……
だが僕はここで気付くべきことに気付けなかったのだ……。
「じゃそういうことで。……そういえばお前んとこ女マネ取ったんだって」
帰り際、嫌な予感的中かと思うような方向に話が転がり出してようやく不二の狙いを悟る。
「ああ、一年に誰か連れてこいっていったらマジな話予想外に使えるのがきてな」
への評価は嬉しいが……さきほどより楽しげに見える不二が空恐ろしい。
「なんで連れてこないんだよ。見たかったじゃん。な?不二?」
「はは」
――はは、じゃないだろう不二め……
ついでとばかりに「ところで昼一緒にたべる?」って一体何なんですか?いきませんよ。
それより話の流れが怪しい。
「いやさ、は途中編入の元青学だからあんまり良くないかなと思ってよ」
「マジ?!おい、不二知ってただろ?てめぇ」
――まずい……
ばらされて困るとも言いがたいが一応先輩たちにはとの関係はふせておきたいのだ。
ぎろりと睨みつけてみるが、相変わらずききやしない。不二は堂々と、
「元クラスメイトなんで……実は今日も昼会えたらなあと思って弟に連絡してもらってるんですよ」
「へえ、てことは弟君はうち?」
「来年お世話になります」
「てか不二、そのマネージャー狙いかよ?」
「?本気か?」
和やかに話しているが……。
――……ちょっと待て?なんて言ってた?
……を……呼び出した?
「不二……」
何がしたいんだ、お前は!
――終わったらに連絡するつもりでいたのに、どこまで邪魔すれば気がすむ?
堪忍袋の尾がきれそうになるがここできれたら後がややこしい。
――それになら不二の本性もばっちりよめているから少なくともついていくことはないはず……
考えこんでいたら、唐突に話がこちらにふられた。
「ねえ観月、というわけで借りるけどいい?」
「なっ」「あ?」
声をあげたのは僕じゃない。
「ちょっとまて、不二が狙ってんじゃ――」
「てかなんで観月(うちの)に許可とんだよ」
慌てる二人より慌てたいのはこちらだ。
「そういうことで先に失礼してもいいですか?」なんてちゃっかり出ていく不二を尻目
に、「もしかしなくてもお前!」と青学の方までつめよってきてるし(子供ですか、この人たちは……)
そうこうするうち、このままだと不二は間違えなくを連れだしてしまう。
――やむを得ない。
ゴシップは提供するから今日は許してもらいますよ。
静まったところを見計らって告げる。
「彼女は不二には靡きませんよ」
「けどあいつもてるぞ」という喚き声はスルーして、逃れられる態勢を整え、バックを肩にかけながら渋々答えた。
「……は僕のですから」
悲鳴が上がるがもう知ったこっちゃない。
「ライバル?」だなんて失礼な……。向こうは遊びで、こちらは実質二年ごしだ(告白は最近でも)
「失礼します」
混乱に乗じて不二の後を追う。
自ら危険な三か月目を演出してくれなくてもいいだろう。
不二とのわだかまりはだいぶ溶けたと思ってはいたが、沙希を使われてはどうしようもない。たとえ遊びであろうともだ。
部室を出て、コートを抜ける。校舎の影から近道をして校門にでれば、
「」
二人の間を割ることができて……「タイミングがいいな」といいながらまだ、「観月、君と一緒にお昼食べるのはちょっとなぁ」なんてからかう不二がいて……
だがそれを戒めるより先、僕はを引き寄せていた。
冷たい指先に用意であたたかくなったのか、の温もりが伝わる。
「行きますよ」
答えもきかず、「行っちゃうの?残念」だのと馬鹿げたコメントをよせる不二を無視し、ただ手をひっぱった。
「……ね、観月。先輩、おいてきたらまずくない?」
「大丈夫です…」
心配そうに覗く顔が近い。
好きだと確認するように耳元に囁けば、くすぐったそうにするがいた。
――無防備すぎて心臓に悪い……
目を逸らす。
こんなふうに思ってると気付きもしない彼女でも、あの人たちは下世話に勘ぐってくれてるだろう。その想像すら許しがたい。
「とっておきのゴシップを提供したんだ。これで何か言われても知るもんか」
「……ゴシップって?」
今更だ。(分かってるに違いない)……というか、それより先、ますます近付く距離に……思わずが全ていけないんだというような気になってしまう。(勝手な思い込みであっても、参る。これ以上近づかれたら持つ気がしない)
「今更迷惑がってもきくものか。折角遠ざけたのに近付いてきたのはでしょう」
あまりの言い草に声のかわりにただただ口をパクパクさせる彼女をみて、理不尽な怒りはすぐおさまったが。
「こんなことなら、もっと早くこうすべきだった」
身体ごとひきよせてしまえば心配は減り、介入しかけた不二の影も消えてしまうのだ。
暖かくて柔らかい、自分にはない感触を楽しみながらほっと息をつく。
校門出てすぐ――誰にみられるともしれない場所で何をしてるんだ?とふと我にかえる
も……
「?」
覗きこむ、何も知らない……その癖全て許していそうな表情に悔しくなって――
「っ」
貪るまではできそうになくても、奪いたい衝動を叩きつけるように、僕にしては強引なキスをした。
……なれない様子が、
「……何か……言ってよ……」
怒ったふりでごまかす辺りが……。
――好きだと思う。
心底。
確認するまでもないが、そう心で唱えて、その途端にもっと……もっとが欲しくなる現金な自分がいた。
「……もっとしたいけれど我慢します」
ぽつりともらしてしまった声は思いのほかに大きく響いて、がそれに驚いて目を見開いた。「ズルイ……」と漏れる声は甘い。
「クラスじゃ無視するのに……」
――っ……
胸をつかれるとはこのことだ。
「今のなかったことに――」なんて慌てて訂正されても、信じてやるものか。
――無視なんて……したいはずがないじゃないですか……
どれだけこちらが我慢してるか。と……卑怯な言葉が飛び出しそうになって……
「そっちこそ。昼、赤澤たちと……その……――」
誤魔化そうとすればボロが出た。
「――やきもちだ……これじゃ……」
ただの……。
――分かっているのに……。
彼女の方が我慢をしていて、それでも側にいたいなんていわれて……嬉しくて……なのに……
言葉が上手くまとまらず、上手く告げられない。
側にいたいのに、いなかった理由は彼女のため。
――いや……本当は違う……
もう気付いてしまった。
なのに……
「本当は観月と一緒にいたいよ。べったりって訳じゃなくても折角だし……たまにでいいから」
そんな可愛いことを言うから……
「学食だと目立つからは嫌だと思って」
自然に受け答えながらも、心臓がばくばくと鼓動をうっていた。
「今更。それと……あんまり心配しないで。彼氏もちが多いからお昼は別だけど友達
もいるし、女の子らしいの、あんまり得意じゃない。観月のことも話してないよ」
――知ってる……
それも一つあって、不安だったのだが……よく考えれば分かることだった。
「安心して。心配してくれてるのは分かってるよ?」
そう悪戯に笑うは強くて、綺麗だ。(周囲から見て特別でなくたって自分にとっては一番なのだと思う)
だから、こそ……なのだ。
「なんでそう簡単に……」
だから、遠ざけたいと思う、もう一つの理由があった。考えてなくても多分存在的に。
覚悟を決めて、用の顔を作る。
……いや、我慢できず、表情が歪んでしまうだけだ。
彼女にだけは取り繕えないのが観月はじめという人間だと、……まだ彼女自身知らないだろう。
「喜ばせないで下さいよ。いろいろ足りなくなる……」
何やら考えるそぶりのを先に取り押さえて、小さい疑問符を消すように髪の毛に触れた。
手を掴み、やりたいように………調整した痛みを与えながら、
「不用意だ」
しかりつけた。
「試すなら容赦できない。近付かずにいたもう一つの理由をは理解してなかった
ようですね」
言葉が漏れる。
――そうだ……いつからか……
欲しい、と思ったことはそれは……もちろん前もあった。
でも、彼女が手馴れた素振りで本当は無防備なだけの子供だから……――それを理由にふみきってこなかった。
――怖いんですよ……
桜の花が風にふいて、彼女に纏いつく。
別段細くも幽霊のようでもないはずなのに、これが一瞬で、もう次の瞬間には彼女がいなくなるような気さえするのだ。
不安なのは、だけじゃない。
壊す方がずっと怖い――
「それでも近くにいる」
そう、真っ直ぐに見る目が……いつだって欲しくて……でも反対にこの目に避けられたらどうなるかと思ったら身がすくむのだ。
それくらいなら、少し斜めに距離をとっていた方がいいと思ったのかもしれない。
クラスにうまく溶け込むならそれはそれで…… と思うことは、僕と距離が少しあいても……という強がり、か?
だとしても、もう遅い。
「注目されて嫌だったら逃げて。こっちもそんなに騒がれたいわけじゃないから、い
つもとは言わないし、適当にやらせてもらうけど」
――強い……
眩しくて目を細めそうだったが、少しだけ迷って言葉を選ぶ。
「……浮きますよ?」
「今更だよ。……ていうか、あんまり社交的じゃなくて、好きな人にしか優しくした
くない」
「知ってます」
――そう……そんな彼女が選んだのが自分じゃないか?
まだ完全に理解してるとも付かないけれど、その全てを独占したい気持ちを許してくれるのなら、素直に受け止めればいい。
急に紅潮した頬が何を示すかわからなくても……
「……また秘密にしたい?」
と、きかれれば……
「馬鹿言わないで下さい」
――二度と離すものか。
覚悟は決まった。
好かれてるのだと心地よく思いこめたのをいいことに、ふざけて、
「あんまりからかうと痛い目を見ますよ……」
一歩だけ距離をとるを上手く逃がす。
さすがに近づきすぎていたことに、彼女も気付いたようだ。
笑うと、いつもどおり――でも数箇月ぶりに思える怒ったような声が聞こえて、おかしさが増す。吹き出すのを抑えられなくなった。
――もう少しこのままでもいいでしょう。
側にいれば、おいおい……解決することもあるのだから。
* * * *
「にしても……不二周助には一本とられました」
仕切りなおしのデートの帰り、いつもなら寮の門限を考えて早めに切り上げるが、今日は彼女を送りたくて、申し出た。
少し渋ったものの、も喜んでる……と思いたい。
が……、帰ったら……と思うとふっと疲れがこみ上げた。
――不二さえいなければ……
ありがたさもあるが、アイツには引っかきまわされている気がしてならない。
「またメール?」
「……ええ」
――何が三ヶ月……だ。
思いながらも当てはまりかけていた自分が癪に障る。
「『危ないジンクスがある』そうですね」
首をかしげた後、少し不安そうにした顔をみると……どうやらこれは……
「……早く解決できてよかった」
――三ヶ月で離せるのならあんな思いはしなかった……
だからこそ、思う。
「卒業式に、不二って『僕、エンジェル』とか抜かしてたよ……仲を取り持ったか
らって……」
――そんなものなくたって……もう平気ですよ。
余計なお節介メールが来ないように、今度はこちらから惚気でもメールしてやろうか?と思った。(いいアイディアかもしれない)
ちなみに、何故がきたのか?きけば予想どおり「裕太の応援」と答えがかえってきて、少しばかりむっとした。
不二兄もだが、裕太が気にならないといったら嘘になる。
――練習してるか、もですが……
「大丈夫。マネージャーがやってた仕事は教えてきたから」とは言うが、「……ほどほどに」と皮肉を返し(通じてないだろうが)
――やっぱり……本当に送るか?
邪魔されるより効率もいい計算が出ているのだから、思い立ったら吉日だ。
――惚気、なんて柄じゃありませんが……
せめて、したいこと、を口にくらいしてもいいだろう。
「」
小さい呼びかけに「何?」と首をかしげた彼女に、
「明日からは、たまには学食でご一緒しませんか?」
嬉しそうにOKを貰うまで帰さないくらいのつもりで提案をし……
早速翌日から行動に移すのだ。
初めてしまえばなんてことはない。
結局のところ、僕との周りには、赤澤や木更津や柳沢、金田が集まりわいわい練習の話だのテストの話だのを始めることになる。
見慣れた一年前の放課後の光景。
ただ、の横に当然のようにいて、笑って許される権利があるのは……ことのほかに心地よいものだった。
そのうちに……今度は二人になれず悩むようになるのだが、それはもう少しばかり先のこと。安心しきってしまう不安もあるが、そばにいる、と約束したから、今日も公然と沙希を甘やかすのだ。冷やかす先輩や奴らの方が恥ずかしくなってしまう程度に。
「――不二にプリクラでも送りますか?」
「は?」
――不本意だが、馬鹿っぷるになってしまった方が不二周助には堪えるんですよ……
……さすがに、本当にべたつくような関係は、僕とには出来ないのだけれど。
気まぐれで漏らした一言に
「なっ……」
焦る彼女はそれはそれで楽しいから、本音半分に甘い言葉を漏らすのだ。ごくまれに。横で呆れる木更津や以上に凍る赤澤を無視して。
END
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