Vampire requiem 2 SIDE Kikumaru〜

【SIDE 英二】
 もう一度だけ会いたい。
 会って話をしたい。
 思いはやまなくて、それでも許されなくて――
 会うべきか会わざるべきか。
 どうやればうまく別れを迎えられるのだろう。諦められるのだろう。
 一人悶悶と悩んでいたら、部屋の明かりがともされた。
 小さな蝋燭。
 ――不二だ。
 
「何だか英二、数十年前に戻ったみたいだよ?
 ……ヴァンパイアなりたての子供みたい。
 まるで人間じゃないか」

 不二の言葉の意味が分からないまで落ちていない。
 哀しいかな、確かに本当にそうだった頃なら理解できなくても、今は分かってしまえるんだ。
 俺は基本単純で、けどさ、思うんだよね?
 月日ってやつは嫌でも無邪気さを奪うから。

「それでも英二は英二だと思うけど」

 自嘲して笑う不二だって、結局はその年月か――あるいは吸血鬼名家っていう重みに変えられてるだけで、同じなんだよ。
 不二が介入しないことはしってる。
 だからこそ、恐れてることも。

「さよならって言わないでそのまま出てきちゃえばいいじゃんか」

 別れは勧められたくなくて。
 だが、それ以上にこのままだと彼女まで巻き込んでしまいそうだ。
 執着が強すぎるよ?
 小さく呟いた不二の危惧は、同時に俺の不安でもあった。

「それ、君に出来るの?」

「……」

「数十年も悔やむ覚悟があるならどうぞ」

 永遠ってそういうことだよ?
 不二の悟った声が、いつもよりも苛立ちを大きくした。
 んなこと知ってるってーの。
 最初の恋で懲りた。
 だから――

「分かったよ」
 
 俺はあの子を諦めるんじゃなくて、あの子に振られなきゃならない。
 自分で持っていくんじゃなくて本気で。
 それは簡単なことなんだ。

「な、不二。――吸血鬼って民間にしられてねーんだな」

「思ってる以上にね?」

 これが俺なりの合図。
 不二は――何かあったらもみ消すくらいする気で、待機してるし、俺をフォローしてくれるんだろう。 
 けどさ、そういうのばっかって格好悪いんじゃん。
 幕は自分で引きたい。
 のためにも、自分の為にも。

「振られたらさ、悲しむかな」

「ふられるのはこっちだろ?」

 そう笑う不二が憎たらしくて、とはいえ何処か誇らしかった。
 ――不二も苦労したのかな。
 ちょっと思ったりして。
 同志っていうの?
 あ、でも、言ったら、「はは」って笑われるから言わない。

「俺、行って来る」

「やさぐれてる菊丸のが餌は食いつくよ」

「そうだったな」

 女=餌には苦労しねーけど……
 ――考えるのはやめだ。
 行かなきゃ。
 マントを取り出す。
 何ヶ月ぶりにつけただろう。
 ダークスーツに、黒。裏地に緋色の入った正装。
 最初は似合わなかった闇色が今はしっくりきているのを、屋敷の鏡で確認した。
 ――闇をすべるもの……その僕として生きる物……
 先祖の教えは思い出す。
 今実際統一してんのは、恐らく目の前のコイツだけど、でももっと奥にある何かを見据えるように、俺はマントの裾を払い……

「待って」

 窓を開ける直前、今の主に指先を捕まれた。
 古の主従の契約のように、唇をあてて、不二は笑う。

「英二、最後のヒント」

「何?」

「どうしても、うまく振られらられなかったら好きなようにしたらいい。喰らい尽くすも、身体を貪るも、血を頂くも――僕らにとっての摂取は人間には『愛』になりえないから」

 ぞっとするほど低い声に、不二が何を考えてるかは知れなくても――

「わかった」

 離した指先を同じように舐めて、誓う。
 そうだ。
 ――が欲しい。
 仲間にはしたくなくても、仲間にできなくても……。
 ――そう思うこと自体、ヨゴレてんだから。


 *    *  *  *  *  *  *
【SIDE 人間】
 彼の正体をもう知らないとはいえなかった。
 ただ、本当に吸血鬼がどんなものか、私は分かっていない。
 『ねえ無知は罪だよ?』
 笑った不二が本当に怖く思えたのは、私も彼の言葉に真実を見出しているせいだ。

「あのね、英二」

 すぐ後ろ、ベランダの端まで来ている影に、振り向かず告げたら、

「ゲームセット。俺、のこと嫌いじゃない。すっげー好き」

 妙な告白が戻ってきた。

「なら――」

「けど、このままでいられないんだ。それに悲恋ぶる気もない。何年たっても一緒って縛られるのいやだし。俺、身体は変わらなくても変わってくじゃん?」

「………」

 言葉を許さない力。
 種族の差なのか、意思の差なのか量れない。
 ただ口を噤む他なくて、でも――

「抱きしめていってもどうしようもねーけど」

「分かってるなら」

「言うな!」

「やだ」

「お願いだから……」

 これが最後なのだとわかった。
 英二が――吸血鬼が私を餌にして、したふりをして、離れようとしてることも。

って馬鹿?」

 指先が首筋に触れる。

「それでいい」

 唇が首筋に触れる。
 そのままささくれた指に、きゅっとゆっくり力を籠められた。

「駄目。馬鹿だから……むちゃくちゃにしてやりたくなる」


「っ……すればっ……」

 急きこむことも許さない、愛撫みたいな力加減に涙が落ちた。
 ただし生理的な涙でしかなくて、泣く気にはなれない。
 泣けたのはいつか。

「したくない」

 本気でそう囁かれてしまったから。
 やだ、とは……。

「したくねー。そんな価値ないんだよ。永遠って……」

 辛いのか、とか尋ねたら無神経で。
 愛を叫んでどうにかなるほど甘くなかった。
 そもそも状況に浸るように、負けたくない。
 声が背中をそばだたせ、足に力が入らなくなりそうな中、私は必死に堪えていた。

「私にはそこまでの価値はなかった……の……?」

 それを越えても得るような価値。
 夢みたい。
 ロマンチックで泣けてくる。
 結局私も馬鹿な女の子なんだ。
 他と同じ。

はこの一時だけで気持ちによってさ。悲恋染みた思い出をひきずればいいよ」

「泣きそうなくせに」

「………」

 掠め取る唇の熱が残酷なほどに事実をつげる。
 食事でないキス。
 もっともっと深くしてほしいのに、触れるだけの接吻。

 ――嘘つき。

「忘れさせる魔法とか、もっとスマートなやり方で出来なかったの?」

「今までは後腐れなくきた。やさぐれてる方が女は寄り付くからには感謝してる。これから食いっぱぐれなくて済む」

「……好きだよ」

「俺は嫌い」

 さようなら。
 首から指先が離れる。
 耳元に一度だけ触れる唇と、見えなかった顔。
 でも、その瞬間、冷たく伝わった首には傷一つなくて――後にそれが涙だったと思い知らされるのだ。
 一生忘れない涙だと。


 *    *  *  *  *  *  *
【SIDE 英二】
「結局、何もしなかったんだ?」

 だろうねと無言で呟いた不二の心の奥が、今は透けてみえた。
 また一歩。ご同類に近づいちゃったみたいだ。
 王様になんてなりたくねーってーの。
 不二はその代わりになるヤツでも待ってるんだろうが。

「んー……後腐れない方がいーじゃん」

 俺には豪華すぎるソファに寝そべって、チョコレートバーを咥えた。
 ついでに、後はワインか。
 これでも、ま、飢えはしのげる。

「はは。もてる男の復活だね」

「んにゃ、どうだろ。俺、やさぐれてる?」

「うん」

「餌が群がるくらい?」

「うん」

 飢えはもうしのげてんだよ。
 ていうか、しばらくはもう要らない。
 餌=女なんて。

「男よりマシじゃない?」

 笑う不二の言葉遊びにのっかって、

「そりゃそうか」

 そんなことをいいながら、次に捕まえたのは餌にはならなくとも正真正銘の男=ご同類(吸血鬼)兼家主なんだけど、そんなことをこのときはまだ知らなかった。
 ただ「明けない夜はない」、そう笑った彼女を思い出さないように、それでも「明けない夜はないから」と自分に言い聞かせるだけだ。

『永遠って辛い……?量れないから、答えられないよ』

「辛いよ……」

『私なら後悔しないのに』

「後悔しないように……生きてるから」

 だから別れただなんていわない。
 ふられたんだよ、俺は。

「英二、うざったいから黄昏てないで?」

「ひでー」

「新しい玩具なら用意してあるからさ」

 不二は励ましてくれてるのか、何だかわかんない。
 が、これが俺の世界。
 俺たち――吸血鬼の――……

「んー」

「気が向かない?」

「うんにゃ。で?何?今度は?どっかの王室でも襲うの?」

「いいや……今度はさ、……世界で遊ぼう?」

 スケールは無駄にでかくて、終われないからえんえんとループする狭い世界……
 明けない夜はない……。

END
                   





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