【 SIDE 菊丸よりも少し前】
「あの……不二なら、からかってただけだから気にしないでいいよ」
呼び止めたのは、後ろで話しかけずらそうに何度も往復する彼――菊丸の動きがあまりに不自然だったからだ。
不安そうに覗く顔に思わず、ヤヤコシくなるのも承知で指摘してしまった。
「そう……なの?」
「うん」
――おかしな事になってる?
でも、実際彼を放置したとしても事態は悪くなることはあってもよくなりそうにない。
「は不二のこと、その……気にしてたり――」
「しないよ」
ぴしゃりと切るようにいってしまったのは周りの視線に気付いたせいだ。
遠ざけるつもりが、不二が話題になったもので、余計に見られてる。
菊丸は困惑した表情を浮かべ――私は何もしてないのにいじめてるような気分になる。
手持ち無沙汰に窓枠に寄り掛かるも
――参ったなあ。
持ち前の明るさで人気を取っている彼の、いたたまれない表情といったら、そのまま去ることを許してくれそうにない。
「ふう」
溜め息の一つ後、
「事情、聞いてない?」
さすがに話していないだろう見たてで口を開いた。
曖昧に頷くクラスメイトに軽くセクハラ手前でからかわれた旨を伝えると、大方の事情を知ってたからあまり意味はなかったが。その間に(告白じゃないと安心したんだろう)外野の女子が減ったのは収穫だった。
それにしても不二は何をしでかしてる?
「うーん私が怒ってるか心配してるんならお門違いだよ?」
何でわざわざ友人がお出ましになるか分からない。
そんなに私を引っ掛けられなかったのが悔しかったのか?
「話しかけられてびっくりしたのは事実だけど、別に何かあったわけでもないし。不二が仕方ないやつだってわかったくらいで――」
本当のところ一番どうしようもないのは、分かっててその馬鹿に引っ掛かる自分だから、無感動を装った。
* * * * * *
放課後、教室の外がやたら騒がしいのは、土曜で部活直前だからかだと思っていたら、ご丁寧にもクラスメートが「テニス部の合同練習で美形がきたから!」と叫んでくれた。
大方予想はついていたから、素っ気無く答えたんだけど、実は興奮してる。
美形云々はさておき、誰が来るか知っていた。
前日に、連絡は貰っていた私は、校舎を飛び出て一目散にコートを目指す。
テニスコートにもテニス部にも縁がない(例外が出来ていても、練習は見ていないし、実際不二が、テニス部と結びつかない。感覚的に)から、緊張もへったくれもな
かった。
だから後で聞いた話、コートに着いたとき、周囲に人がいないのはラッキーだったらしい。(いつもは女の子でわりと溢れてるんだって。遅かったら目立ってたよと注意された)
もっとも、目的はくだんの「青学テニス部」ではなく……
「亮ちゃん、本当に来たんだ!」
この幼馴染なのだ。
「元気だった?すっごい久々」
思わず腕をひっぱる。
飛び付きたいところだけれど人目もあるし、そこまで身長差がないのでやりづらいから堪えた。
「そっちこそ。淳の方には入り浸りだって……?」
「うーん、まあ……」
「本人がぼやいてたけど」
抱き締めた腕をすぐ離すのは、この微妙な意地悪さ加減のせいだ。昔から素直に懐かせてくれないのがこの幼馴染で、わりと容認してくれるのが片割れだった。
絶対楽しがってる!と思うから反発は示しておく。
「そこまでじゃないよ。時々……三日に一度くらいかなあ……て多いのかも……でも…」
――結局考えた末負けちゃうんだけど。
案の定亮ちゃんは「はいはい」と手でふり払う仕草を見せた。
それでも、
「考えこまないでいいから」
――素っ気なく優しいから好き。
甘やかされたのだと気付いて、ついつい口元が笑んだ。
* * *
練習は2時半スタートということで、紙パックのドリンクを買いがてら、前庭――ピロティに移動した。ここならばコートも見えるし、部活で残っている生徒も滅多に来ない。
本当は部活も用事もない身としてはさっさと帰宅してお昼ご飯にありつきたい。でも、わざわざ遠出してきた幼馴染みに折角だから話してけば?と誘われては断れるはずもなかった。
それに相手が昼食食べ終わってるうえ、練習までの時間潰しをさがしてるだけだとしても、会えて嬉しいんだ。
「いきなり朝メールくるわ、あっちゃんからもきいてないわ……びっくりした」
「ああ、練習試合は明日だし今日電話しようと思って……。決まったのもおとといで、淳は寮だからこっちに泊まりでも許可を取るには厳しい時頃だったから話し忘れた」
「相変わらずだなぁ」
ぼやいた声にも、いかにも木更津亮その人といった具合で反応すらしないが、無性に嬉しい。
ぐう。
タイミングよくなってしまったこちらのお腹の音には、「そっちこそ相変わらず食いしん坊」と、ばっちり反応してくれるが。
それでこそ木更津亮、と思ってしまう辺り、昔のいじめられっこ体質(双子にからかわれて育った性質)は健在らしい。
「は、そろそろ昼食べに帰る?」
「わざわざ『昼食べに』って強調しないでって……。けど、今日は流石に、何も持ってきてないし、夜まで待てないから帰る」
「じゃあ、明日来て」
「うん」
約束は簡単にしたんだけど……。
――えーと……相手は……。
「青学はダブルスペアが固定じゃないし、こっちもシングルスかもしれない」
要するに――
「不二と当る可能性もあるけど、は応援してくれる?」
「……え?不二?」
「クラスメートだって淳に聞いたから」
「ああ」
――嘘……。なんか……。
誰かからきいた?それとも……?
何もないなら、あっちゃんよりも寡黙な亮ちゃんは、わざわざ言わない。
けれど、それを指摘できようもなくて、小さく唇を噛んだ。
何にせよ、私が応援するのは決まってるのだ。
「関係ないよ。亮ちゃんたちが出てるのに、他の人の応援はしない」
本心から言う。
ちゃんと伝わったんだろう。
ちょっと罰が悪そうに、笑って、亮ちゃんはいつだけのあっちゃんみたいに、「はい」と手を差し出した。どっちか、迷っていて止めたジュース(結局オレンジにしたんだけど、グレープフルーツも飲みたかったんだ)を寄越したのは多分偶然じゃない。
「飲まないからにあげる」
誤魔化したって、信じてあげない。
どれだけ、自分が甘やかされてるか、知ってる。
だから、亮ちゃんのその会話も、あくまで「心配」であって、嫌味ではないと分かっていた。
「亮ちゃん、不二は……」
不二の存在は……。
何て説明するつもりだったのか?
――分からなくなったのは、だーねの言葉を思い出したから?
言うより先に、亮ちゃんは手で私の口を塞いで、
「ちょっとからかってきたんだろ?過剰に怒ったりしてない。青学とは付き合いが長いし、仮に敵としてあたっても私情を持ち込むと思う?」
「――思わない」
「なら……」
「うん。応援にいくね」
「たまには、自分だけ集中してみてもらいたいしな」
「え?」
「っていうのはサエの真似」
――サエさんって……そんなに気障なのか。
実のところ、数回口をきいたはずがあまり覚えていない(格好いい人とは思うけど、なんのかんのやっぱりツインズ以外には人見知りなのだ、私は)
失礼になるかと聞き流せすことにする。
でも、亮ちゃんにはばればれなんだろう。
「、興味がないことはとことん覚えないな」
「否定できないよ……それ」
「ああ。だろうなと思った」
だから、と亮ちゃんは続けた。
「離れてる間に、興味をもったもののことも聞かせてよ。試合の後でも。直ぐに帰るわけじゃないし」
「あ、うん」
そうか、時間があるのか、とその時は思っただけだ。
離れてる合間に〜に含まれる意味なんて考えもしなかった。
その瞬間は確かに不二を忘れてた。なんのかんの特別なのは双子なのだ。
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