【SIDE菊丸】------菊丸側翌日 練習二日目 前半-------
「彼女きてるにゃ」
普段のならば、人ごみの中では絶対に埋もれるだろう。
それでも気付いたのは、彼女が笑っていたからだ。
ただの笑顔でなく――安心しきった、身内にしか見せない表情は、まるで「恋人専用」のようで、ちょっと話に近づくのははばかられる。
「敢えて話しかけて妬かせようとしなくても明日は何とかなるだろ」という佐伯の言葉の意味がようやくわかってきた。
――木更津と本当にどういう関係?……ってわざわざ聞けないよなぁ。佐伯がいうなら「ソウイウ関係」じゃないんだろうけどさ。
それにしても、剣呑なのは不二だ。
「ああ、それは当然だろ?は木更津の幼馴染で……従妹なんだって。佐伯から聞いたんだ」
淡々と声を返してくれるが、興味がないというわりに、情報が詳しい。(いつもの不二なら本当にどうでもいい話題は覚えてないし、敢えてふれずに通り過ぎるはずだ)
「だからかぁ、仲良さそう。いいなー幼馴染」
じゃれついたりするタイプに見えなかったが、彼の腕を引っ張って……更にボトルまで渡してるのだ。
男はギャップに弱い。
不二も、たぶん。
――でも自分以外の男が原因で変化するってのもなぁ……
すくなくとも俺なら面白くない。
――平然としてるが、不二もそうなんじゃ?
その程度で影響されるほど、ポーカーフェイスのクラスメイトは甘くなかったが、それでも、自分のぼやきに一言も返さずさっさとコートに入る不二は「らしく」ない。
オマケに、さっきから彼女をまっすぐ見ようとしていないことに気付いていないのだろうか。
入ったコートもまるきり逆側で――なおかつ何時も気に入って使っている方とも違う。
「……荒れていないか……?」
いつのまにか、横に……戻ってきていた手塚がぽつりともらして、再びコートに戻っていく。無意識の呟きだったのだろうが……
――大石や乾でなく、この堅物部長にまでぼやかれてるって……不二、重症すぎ……。
普段それとなく自然と受け流す人間だけあって、今日の不二はかえって周囲の空気を濁している。
明らかな不機嫌なのだが、指摘されればますます意固地になるか、無理やり笑顔を作るだろうことは明らかで……六角はともかく青学のメンバーは皆が皆気付いて関わらないようにしているようだった。
* * * * * * *
そうこうするうちに不二があまりに浮いて見えたので――止む無くダブルスに誘って(まるで大石みたいに、空気調整してる自分に自分でもびっくりだったけれど、他のみんなが声をかけないし、止むを得なかったと思う。この場合……。大石は大石で向こうの部長と話してるし。乾もだんまりを決め込んでるし)
「いいけど折角だし、偶には敵になってみない?」
なんて、嬉しいんだか嬉しくないんだか分からない提案(どっちかというと不機嫌な不二は相手にしたくないけど、これで機嫌が直るかもしんないから……気持ちも半々)を引き受けた。
結果はぎりぎりで……やっぱり佐伯と不二ペアには勝てなかったけれど、木更津がわりといいやつで意外だった。そういったらにも怒られそうだが、無愛想だとおもってたらかなり気持ちいいやつだった。これはいい発見。
そして、帰りがけ手前、
「次はルドルフだよ」と佐伯が教えてくれた、うちの日程表(手塚からきいたらしいが良く出来ると思う。俺は他校の日程……きけるきがしない)に、ふと……
――それって……
まずいんじゃ、と言いたくなるのは、さっきまで流れでダブルスを組んでた双子の片割れが「については、淳の方が重症だから」と、いちいち教えてくれたせいだ。
「まあな。吉と出るか凶と出るか。偶には懲りた方がいいって言っただろ」
年季が入ってるライバルは突き放すタイミングをも心得てるのだろう。
――でも俺じゃフォローなんか無理なんだって。
半端にしかけず、どうにかしてくれ、……と頼みたいが、佐伯はにっこり笑って断る予測もつく。この辺り、さすがは不二の幼馴染なのだ。
「昨夜揺さぶりはかけたから今日はちょっと不貞腐れてるけど、不二はそこまでメンタルが弱い奴でもないさ。放っておけよ」
「放ってって……クラスも一緒なんだよ俺」
「はは、知ってる」
「佐伯ぃ〜」
「淳が嫌でもぶつかるから、それで気付くだろ。動けないなら動けないで不二が悪い。お膳立ては完璧に終えた。俺らが出来るのはここまで」
はっきり言い切られれば、それはそれで納得できてしまう。
でも……
「アンタ、不二と話してたじゃん?今日は声かけないの?」とナイスな発言をしてくれた女友達に「関係ないよ。クラスメートより幼馴染だし。近くの他人ならまだしも、遠い他人と近くの親戚なら……ねえ?」と軽々返すを見るに……
――不二、これ……落とせるのかにゃ……
「あー、絶望的?」
「『駄目そうじゃん、不二をフリーにしちゃ』」
お決まりの台詞を取り上げると、「ほとほと困ったやつ」とろくでもない火付け役は頭をかいてくれて……
「とにかく玉砕してもらうなり何なりしないと、気持ち悪いことこのうえないし、きっかけくらい作るか?」
新たな提案をしてくれた。
自分本位でわるいとおもいつつも、同意だったから、俺は不二を何とかの前に押し出しにかかる。
「なあ不二」
呼びつけて「何?」といらだつ彼に告げた。
横で佐伯は面白そうに見てる(不二をいらだたせてる自覚はあるみたいだ。話をさっさと終えるには、ここに自分がいたほうがいいと言い出したのは佐伯だった)
「がみにきてるの珍しいし、ちょっとからかってみないかにゃ?」
「え、でも……」
「クラスメートがきてたら、チーム36を応援!基本!基本!……なのに、神崎ったら、木更津べったりだし、俺同じチームなのに一言も声かけてもらってにゃい」
「あーそっか。そういえば……」
「へえ。不二がギブアップ?からかうんなら徹底的にするとおもってたけど意外……」
む、とした空気が少し伝わる。
プライドだけは高いから、と断定してくれた張本人は平気そうに、微笑んでるけど……
――これじゃ、俺が針のむしろだから!
さっさとすぎてくれ……と祈る瞬間がすぎ、
「そうだね。一声くらいかけようか?英二」
「あ、うん」
ようやく当初の予定どおりの展開となった。
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