劇場サディズム  【よく分からなく……】
【SIDE

 遠のこうとすればするほど、気付けば側にいる。
 答えを知っていても、分かりたくはない。

 *        *          *      *
 試合もするから見に来てと、久しぶりにあった従兄(兼幼馴染)に言われたら、それはもう……行く他選択肢はなくて、まだ早い時間からフェンスの向こうにスタンバイしている自分がいた。

 ――まるで誰かのファンみたい。

 なぜだろう。
 ルドルフではしょっちゅうのことで、気安さがあるのだけれど、ここでは妙によそ行きな気分で……逃げてしまいたい衝動に駆られる。
 たとえ狙いが亮ちゃん(身内)であると言い聞かせても。
 それは……

「……」

 ちょっとした瞬間にこちらを伺っている菊丸氏(なぜか昨日から猛烈に私を探求中。きっかけは困ったクラスメート&チームメイトのちょっかいの心配らしい)と自棄に目があってしまったり……
 ――見えていい位置にいたくせに。
 目を背けるどころか、気づかないふりをしてると、(珍しくも)悟らせてくれる不二をみかけるせいなのだろうけれど。

 特に重症なのは、不二より菊丸の方。
 もともと特に教室で口を利く方でもなかったから、意外なのだが、彼は彼で気を使うタイプなのかもしれない。
 昨日何度か言いよどんでいた【謝罪】は、不二の代わりのつもりなのだろう。そして、菊丸自身、「不二本人」がしないと意味がないと分かっているらしく――結果開きかけた口を閉ざす仕草を繰り返す。

 ――どうしようか……もう……。
 気を使ってくれるのも分かるから何もできない。
 ため息を一つ落として、持ってきたアクエリアスのボトルを抱えなおした。 炎天下で溶ける算段、凍らせてきたボトルは素手でつかむに痛くて、汗を拭うように持ってきた未使用のタオルを、私は巻きつけた。
 遠くの方で亮ちゃんがあっちゃんとは違う、でも綺麗なフォームでサーブを放った。

 *        *      *      *
 青学と違い六角は適当にアップを任されているようだったが、そのうちに合同練習が始まる。
 何となくしかテニスについては分からない。
 とはいえ、小さい頃から見ていたのだから否応なくどれが「上手い」のか程度の判定はついてしまう。
 もっといってしまえば綺麗なフォームには、ちょっと齧った素人だからこそ目を惹きつけられる。
 一緒に軽いラリーをこなす二人に目が行くのは当然だった。
 もっとも見た目だけで彼らは魅せてくれるから、と亮ちゃんは冗談めかしていってたけれど。

 ――サエには惚れるなよ、って……。

 一瞬、目をやってぎょっとした。
 続けなければならないはずのラリーでフェイントをかけて、ボールをコートの反対に落とすのは……ちょっとどうかと思う。
 「爽やかさと裏腹に性格は悪いんだ」という亮ちゃんの言葉が信じたくないながら分かった。
 でも相手(不二)も相手で、平然と打ち返していたのだが。

 ――しかも、君もフェイントですか……(やっぱり性格悪そうだ)
 
 どうなの?それは…… 
 練習の主旨を大分裏切って、水面下ほとんど試合と化してるBコートをボーっと見ていると、横にぬっと影が割って入った。
 
「クラスメートの応援か?それとも幼馴染か」

 ほとんど透けない眼鏡(というか単純に背がデカくて目が見づらいせいで逆行男とか呼ばれてるんだと思う)は、乾以外にいない。
 おなじ長身でも、手塚生徒会長(部長より生徒会のイメージが濃いのは、テニス部ファンでなく、私が一介の生徒だからだろうか?)は、気配を殺したりはしない。
 それに、そもそも乾とはクラスが同じだったこともあるが、生徒会長とは会話もろくにしていないのだから当然の予測だった。

「亮ちゃんのこと知ってるんだ?」

「さっき聞いた。珍しいな」

 誰から聞いたかは予想がつく。
 不二ではないだろう。
 こちらに視線を向けている菊丸の焦りが何となく見て取れたから予想は当ってると思う。
 ついでに、「珍しい」の投げかけは、恐らく……練習の見学が、だろう。 

「そう?結構いってるよ。ルドには」

「自分の学校応援しろとはいわないが、それも意外だ」

 ――滅多にこないもんね……私。
 だから乾とも会わなかったのだ。

「そんな応援者の情報なんか欲しがる人いないのに、難儀だねぇ。乾って」

「それより久しぶりだな」

「クラス変わってからぶり?応援にも敢えて行くほどじゃないからな。本当会わなかったか……。避けてる気はないんだけどタイミング悪いよ」

 もっと細かくいえば、さすがにルドに出入りしてる手前もあって(大した事興味ないから分からないけど)データ収集命の彼とあえて接触するのは気が咎めたのだ。
 勿論嫌いじゃないし、私の取り留めない話し方で直ぐ理解してくれる「楽」な御仁なので、こうして話せてよかったと思う。
 ただし……

「好きになったりしないのか?」

 図ったように、こういうことを聞いてくるのはどうかと思う。
 毎度、乾に困らせられるのはこの類の唐突な質問だ。
 本人には意図があるんだろうが、それがイマイチ読めない。

 ――今回の発端は、菊丸かな?
 昨日答えたばかりなのに、そこまで心配なのだろうか。
 一体どれだけ不二は女生徒を陥落させてひどい目にあわせてきたんだ?と思わず疑ってしまう。

「テニス部を?まさか」

 ついでにいえば、「好き」といわれて、「乾がどうして聞くか」を考えるより先に浮かんでいた人がいた。

 ――だーねとの会話の影響は大きかったみたい……

 木更津淳その人が、よぎったことは紛れもない事実だ。
 ただ好きかどうかと聞かれれば当然「好き」だから戸惑ったけれど、乾の意図する「好き」なのかどうかは……やっぱり微妙にずれてるとおもう。

 ――乾なら分かるかな。 
 と、横を見れば、高い身長に少しだけ首が痛くなり、再び俯く羽目に陥る。

「なんか身近に有りすぎて見てなかったからかな……。ねえ乾おかしなこときいていい?」

 こくりと頷かれた気配に、

「あっちゃんのこと、好きだと思う?」
 
 さっきの質問と同じくらい唐突に聞きかえす。

「幼馴染だろう」

「うん。だから好きなんだけど」

 何度か考えて――答えはほぼ出てるけれど核心もない。
 ただ何となく乾の考えてることへの返答にもなるような気がしたから、そこで黙り込む。

「……わからないが」

 乾は「無理に好きになることはないだろう」と言い、私は「なるほどやっぱりちがうか……」と、やけに納得した。
 でも……

「菊丸はお前に不二を好きになって欲しそうだぞ」

 「うーん……それはちょっと……」

 ――どうなんだろう。
 それこそ微妙だ。

「嫌いじゃないけどね」

 誤魔化し半分に笑っておいた。

 *        *      *      *
 その後もたまたま会った友達には、
「アンタ、最近不二と話してたじゃん?今日は声かけないの?」
 とあっさり言われ、首をかしげることになるんだけれど……。
 
 ――そんなに私が分かりやすいのか?
 そうは思えない。
 かといって単純に、親密に見えていたのだとしたら、やはり計算づくの不二は嫌な奴だと思う。

「関係ないよ。クラスメートより幼馴染だし。近くの他人ならまだしも、遠い他人と近くの親戚なら……ねえ?」

 苦笑しながらも、それでも試合が見たかったので彼女に従って(ラッキーにも亮ちゃんとの試合だったので)フェンスを抜け、横のベンチに座った。
 けれど、そこではやはり、不二は無敵で……

「すごい……」

 ――こういう特技ってずるい……。
 嫌な奴だと思いつつも、あっという間に目が離せなくなってしまった。

 ――あっちゃんや亮ちゃんもだけれど、不二は確かに上手い……

 シングルス向きなんだろうなと思わせられる彼特有の技にも目を奪われるけれども、それ以上に、楽しそうにサエさんに目配せをする不二は、いつもより悪くなかった(ちなみに何となく亮ちゃんの口癖で「佐伯」君より、サエさん、のイメージだからそう呼ぶことにする)
 もちろん、亮ちゃんのことも見てはいたけれど、自分が誰をどれだけ見つめていたかは否定できない。
 ――だから……。

 試合後、戦っていた二人(クラスメート)から、
「今度の相手、ルドルフだけどはくる?木更津と幼馴染だってしってたけど今度は先手打って『クラスメート』の応援に誘っちゃおうと思って」
 だの、
「そういうこっと。36メイツなら俺らのことも応援してほしいにゃ?」
 だのと言われ……
 挙句は、

「駄目かな?」

 あからさまに疑念を抱かせる本人の「一見謙虚そうな」提案を持ちかけられたのだけれど――

「あっちゃんの方が優先だから駄目」
 
 そう言いつつ「そろそろ集合だぞ」という大石の呼びかけや、「ひでぇ」と素直に漏らす菊丸も気にせず、ただ不二を見つめていた理由は分かってる。
 
「応援しないと負けるから?」

 さらりと告げる辺りが不二の嫌味なところで、「うわー自信過剰」と呟く自分に、またも彼は、

「自信なんてない。だから応援してほしいって……言ったら……信じる?」

『好きだって……言ったら信じる?』
 重なるような台詞ですら真っ直ぐに言うが、それだってきっと意味はない。
 ――たぶんあのときと、重ねてるのは自分だけ……。なのに……
 
「どうせ行くし。応援してほしいならそういえばいいのに」

 ゆがんだ笑顔になったかもしれない。
 でも、思わず降参してしまいそうだった。

「木更津には負けないと思うよ」

 そう告げる不二の、挑むようなまなざしに惹かれることはまだ認めたくないのに。
 本気になることってあるんだ、とこっそり驚愕したことや、「ごめん」ともう一度呟かれた(恐らくは無意識な)言葉も気づかないふりをするけれど。
 全てを無視して、亮ちゃんのもとに戻るけれど。

 それで亮ちゃんの「好きな人でもできた?」という問いかけや、言いよどんだ自分を敢えてスルーしてくれた後の
「そのままお子様でいれば?」
 一言の優しさで、今はまだいいと、言い聞かせながらも気分は晴れなかった。

 ――だってねえ、乾。不二を好きになるのは無理だよ……

 それでも、見てしまうのはなぜ?

 答えは識っていても……分かりたくない。



 ダイジェストです。
 この回はあくまでまとめ&つけたしなので ……ということで勘弁を。
 これで 木更津んところ…… ようやく 二章の予告 に繋がる……。

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