劇場サディズム  【良いワケがなく】
【SIDE木不二兄】

 彼が来たことに気付いたのは、観月の意味ありげな視線にぶつかるよりも先のことだった。
 「僕は手塚君と打ち合わせがありますので」と、しゃあしゃあと、こちらに【彼】を押し付けた観月は、例の件(昔のことを取り出すようで悪いが裕太の怪我のことだ)なんて忘れたようにさっさと退散してしまう。
 変に執着されなくなったのは……楽ではあるが…

「木更津……。そうか、ルドルフとは今度試合なんだっけ。ようこそ」

 ――居心地はすこぶる悪いな……。

「……観月が……そっちの部長と話してる間暇だから……その……暫く待たせてもらいたいんだけど」

 彼、木更津淳も同じなのだろう。
 歯切れの悪さが、裕太から聞く彼とはかけ離れて感じた。
 ふと、
 ――そういえば、弟の先輩だった……
 事実を思い出し、丁寧に返す。

「うん。いいよ。君には結構裕太が世話になってるみたいだし、暇つぶしにこっちとしても付き合いたいところだから」

 こういう礼儀はしっかりしていたい性質だ。
 木更津の方も、きっとそうだと思う。
 既に妙なシンパシーがあるのは、【彼女】のせいなのか。
 取り合えず「水道にいきたいんだけどいい?」と移動を促してみたら、すぐ真意を悟ったようだ。
 黙りこんではいても、視線が、すぐそばを通った女生徒にいっていたから、通じるものがある。

 ――に見られたくないんだ?

 その過保護ぶりに頭が下がる一方で、きっと彼ならば後で彼女に挨拶しにいくのだろう想像もついた。
 隠し立てしてまで、あえて僕に近づくような熱血漢ではないだろうし、彼はなんのかんの、冷静な、中立的な立場でいたがる。
 ついでにいえば、

『人でからかうのはお得意でも、そこまででもなく……そして最終的に大切なところでは絶対嘘はつかないタイプ』

 これが裕太の評価だ。

 ――嫌になる……

 には、重ねられていない自信があったが、木更津は少しだけ自分に似ていると思っていた。
 そのくせ、対峙すると、分かる差(こと)がある。

 ――最後だけは似ていない。

 大切なところで嘘はつかないタイプ――
 自分がそういいきれないのは、いつだって百パーセントでいたくとも真剣に向き合い切れない自分自身を意識しているからだ。
 要するに僕は、最終的に大切なところ、が何なのか、いまいち理解できていないんだとおもう。
 こういうふうに、自分を見つめ返すときですら、他人事の気が強い。

「ここでいいや。あっちにいるとサボってると思われるしね。折角なんだから、ちょっと休憩につきあってよ」

 水道横のベンチに相手を促し、自分は軽く蛇口をひねった。
 なまぬるい水を口に含む。
 アップが始まった部員からは死角で、例外の手塚や大石、監督は今観月と談議中。
 彼と話すことなど、共通の知人――裕太と……それからのことくらいしかないし、要望どおり部室で待たせるのもありだけど、それじゃあこっちに利益がない。
 そうでなくとも…………

 ――この場所の選択は正しい。

 裕太のことは、まだしも……彼自身がNOを言おうとの話題にふれざるをえない、予感が確かにあった。
 男二人で、彼女でもない女の話なんて、と思うけど、開き直って言えば、『自覚してしまったものは仕方ない』
 なんのかんの自分が彼女に引きずられつつあるのもまた事実だし、木更津だって彼女を放っておけやしない。

 ――彼が、を好きかどうかは、ちょっと分からないし……そこまで必死でもなさそうだけど……。
 どっちにしろ、裕太はわかりやすいから……いろいろばれてるだろうしね。

 不二周助――裕太の兄が何をしてるかは分かって警戒されてる。
 そんな現状は観月に言われる前……彼をみたとたんに理解できていた。 
 裕太の好きな相手だからという理由で彼女に近づいた僕を、知られてるかもしれない。あるいは彼女自身が、木更津に「何だか分からないが近づいてくる変なクラスメート」として語っていたのかも。

 ――可能性は高い。
 ……ややこしい、な……

 それら全てが自分の手でまいた種であっても、鬱陶しく思えてしまう。
 かといって、少し前のように彼女と接近しないでいる自信もなかった。
 佐伯が気付かせてくれたこの余分な好奇心は、まっさらになるとは思いづらい程度に成長していた。

「ところで……」

 こういううだうだした感情に付きまとわれることも、お互いドライでない関わりをすることも望んでいない。だけれど、仕方なくなったからこうして向き合っているのだと、今更ばかばかしくなってきたから口を開く。

 ――結局、直球が一番か……。
 悩みつつも、思いっきり、

「本気じゃなかったら殴る?」

 真正面から告げていた。
 あまり口にだすつもりなかった台詞。
 木更津の答えは、とうに知れている。
 予想どおり、ベンチにかけた彼は、やれやれと首を上げて、

「まさか」

 許すの許さないのいう立場にもない、と涼しげに答えを返してくれた。

 ――やっぱり……好きってわけでもないんだろうな。
 
 そう思って安心をする自分は、反対にやっぱり彼女を好きなんだろうか?

「でも、不二」

 ふと気を抜いていたから、そうして続けられた言葉に、僕はすっと何か冷えるものを感じた。
 
「裕太は知ってるのか、分かる?」

 ……自分の兄が神埼に近づいてるってことを不可思議に思うんじゃない?
 
 木更津の言い分はもっともだ。

 ――なんでそんなことを……?
 聞くまでも無い。
 それはつまり――牽制。

「偶然じゃないなら、それはどうかな?」

 付け足された「ルドに問題を持ち込むとまた観月が切れるし」なんていうのは、ただのオマケだ。
 木更津は、ベンチから立ち上がり、「そろそろ行く?」と声をかけて、それで何もかも終わったような顔をしていたが、こちらはそうもいかない。
 薄く、唇を持ち上げて、何とか笑んでみせても、どこか息ぐるしく感じた。
 半端な状態で、からかって手を出すな。
 そういわれた方が気分が幾分か楽だった。

 別に裕太に遠慮するつもりはなかったけれど、三者から指摘されるのは違う(佐伯は第三者とは言い切れない。身内だし、なんのかんのこちら側にいるから)
 ましてや、裕太にも近く、の幼馴染を長年やっている相手からともすれば。
 いくら彼が、八つ当たりだったかもしれないという表情をみせたとしても、関係なかった。
 問題は、実際自分でそう納得してしまったからだ。
 
 ただの憧れだと笑おうと、本人にとっては本気の恋だ。
 まして『先輩の相手』だから、と諦めようとしている裕太には、言い訳も、何も信じてもらえそうもない。
 非難は必死。
 そして、そうまでしてを手に入れようと思えない自分がいる。
 誰かのような……例えば観月のような、執着は理解できない(嫌いじゃないが、気に喰わないのは多分その辺りに原因があると、最近分析できてる)。
 かといって、完全に消してしまえないから、表に出せる名目のときだけ怒ったり傷ついたりできる自分がいる。(例えば裕太のことも、試合や他もろもろがあったから……であって……その状況を知らされても状況や相手次第では直接僕が出て行ったりせず、裏から手を廻す程度にとどめたと思う)
 
 ――大義名分がない場合は?
 ましてや、自分自身が原因なら?

 当たり障り無く、現状に甘んじることしか出来ない。

「安心していいよ。もうをからかったりはしない」

 ――手を出さない。
 納得してしまえるだけの理由や、罪状を得てしまったから。
 悲劇ではなく、ナチュラルに、近づかないでしまうこの先の自分に予想がついたのだ。
 つげた声は、聞かれず……
 木更津はそのまま指し示すままに、部室の方へ向った。
 そして数日後、試合の日、冗談みたいなことに、偶然ながら自分は風邪を引いた。



 ひとこと。
 不二に対する見識にはそれぞれ差があると思うので、ここでは、
 原作から勝手に想像した、「本気になれない&本気になりたい」の矛盾ひねくれもの& 結構面倒くさがりめ推奨。
 駄目な方はスルー推奨。
 ちなみに、この二人、真っ当に「ライバル」でもなく……
 そもそも自覚したはいいけど、本気(本当)かどうか確信もてない不二と、恋愛とは思えない木更津推奨。
 別のこと考えながら、薄く関わってるつもりが……それぞれの引き金になってる感じで、ここをきっかけに次の章に続く続く。

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