劇場サディズム  【余暇はどこ?】
【SIDE 

『甘いもの。好きなんだって裕太から聞いた』

 言葉の意味がいまだにわからない。
 何がって……ねえ?だってほら、わざわざ休日に会うのは何だか……気がひける。
 幾らお礼といわれても……

 ――またからかわれてるんじゃないかな。

 そう思っていたのに……

 *        *      *      *

「待った?」

「待ってない」

「そうだね、僕の方が実は早かった。本を買いにいってたから結果的に遅れたんだけど」
 
 「そこの本屋から見えてたから」……なんて……セオリーからずれた会話で始まった休日。
 私服の不二は始めてで、思ったより普通で吃驚した。
 何枚か重ねたシャツに軽いジャケット。シックにもストリート風にもならない感じが不二に似合ってた。下は古着風のジーンズでイメージよりずっと活発かもしれない。
 でも多分これって高いと思う。(ジーンズもビンテージなのかも……。なんか凝った色合いと破れ加減……?が絶妙で格好よかった。

 ――興味がないからあんまりわかんないんだよね、こういうの。

 ただ、その一見ベーシックっぽい、少年と大人の中間っぽい服は、妙に似合っていてズルイなぁと思った。
 さっきから、何人かが振り返ってる。
 手塚みたいに、強烈でもないが、この人もやっぱり整ってるんだ。
 今更ながら実感させられる。
 相手も相手で、こっちを見て、「へえ」と漏らしてたが……率直にいって私の格好はボーイッシュな方で可愛げが足りないと思う。
 お誘いの理由はお礼で、狙いは甘いもの。
 ……そうは言われても、何が待ってるか分からない。
 動きやすさと、意識しない程度の格好……と考えた挙句、結局普段着にしてしまった。
 その中でも、実は前にあっちゃんが気に入ってたやつなんだけど。
 男の子の視点って違うから大切だとか……意識しないようにとか考えている時点で、やっぱり何処かで、意識しているのかもしれない。

 
「具合はいいの?折角のオフなら休んだ方がいいんじゃ……」

「なまっちゃうから駄目。それに折角だからこそ遊びたいし。――お礼がてらつきあってよ?」

 ……と。断る理由がなくて、何故か本当にデートのようなことになってしまっていた。
 
 *        *      *      * 
 二人ともお昼は食べてたから(というか私は朝が遅かったから)そのまま不二の希望で、映画を見ることにした。

 ――……といいますか相談せずに連れ込まなくても……。

 「どれでもいい?」と聞かれて、つい頷いた自分が憎い。
 アカデミー賞女優も出てて、ぎりぎり年齢指定もクリアしていたその作品を不二はさっさと選んでくれた。
 ミステリー……が嫌いじゃないとばれてたのも何だか悔しい。
 席に着くと勝手にポップコーンとかもってきて、差し出される……しかも食べたかったキャラメルなのがまたなんとも言えない。
『女心の分かる人っていいよね?』
 言いたくなる嫌味を堪えて、周囲を見回す。

「考えてなかったけど、学校の近くって変な噂立ちそう……」

 そう思って焦ったのだ。
 ただ演目が良かったのかあんまり女同士の組み合わせはいなくて……カップルと、年輩に絞られていたから安心して、腰掛けなおす。

「不二ってフォローしなさそう……」

 カップルだらけも気まずいっちゃ気まずいが、ここで嫌がったら負けかな?と思いなおして、開き直ることにした。

「……というか、僕は誰かと付き合ったりしたことないから」

「嘘」

「本当。部活ばっかりで。ちなみに青学で今いるのって後輩くらいじゃないかな。乾あたりは上手くやってるかもしれないけど、手塚と大石は有り得ないね。結構部の事でいっぱいいっぱいだよ」

 ――……あ、これは本当だ。

 ルドをみてるから余計分かる。
 それでもいる人にはいるが、よっぽど上手くしない限り練習づめの部活では、彼女は作れないだろう。
 とくに、フォローしなきゃならないような子は。

 ――……そうか。見られても私ならフォローしないですむから、適当にピックアップしてくれたとか……?

 それならば納得がいく。
 聞かなかったけれど、不二は、

のことは、見捨てないよ」

 と薄く笑った。(どこまで本音か分からない)

「だから、連れてくる子もいないかわいそうな僕に付き合ってやってもいいだろ?お礼こみでおごるから」

「奢ってくれるのはケーキだけで十分。私もこれ見たいし、怖いの……苦手だから……一人じゃちょっとね?見づらいので、ありがたい」

 と、敢えて私が深入りしないポジションを上手く取ったのに、「はい。お茶でいい?」などと、わざわざ買ってきてくれた飲み物を渡してくれる辺り、この人は女の敵だ……。
 それで幕までの数分、間が持たないのではないかと真剣に危惧したのだけれど――

「そっちこそ帰宅部って放課後何してるのさ?」

 話題は続いていたらしい。

「本よんだり……勉強したり……映画も行くよ。あとは見学とか……」

 嫌がらせだとか、からかってるとか……気付いたら忘れていて、ナチュラルに会話が進んでいた。

「暇人」

 そうぴしゃりとキツイことも面と向かっていわれるのなら、もう嫌味には感じない。
 水面下でからかわれるより、ずっと楽な関係だ。

「休日遊びに行くの……ややこしいって思ったんだけど……慣れてないし……クラスのやつとも滅多に学校外じゃつるまないから――でも……」

「うん?」

 幕が開いて本編が始まる前、広告にざわめく周囲にまぎれ、不二がぽつりと告げた。

「悪くないな」

 そう思った。
 例えば数日前まで険悪だったり、からかわれてたりした関係でも、と。
 この時点では。

 *        *      *      *      :
 問題に気付いたのは、幕があがって少したってからだった。
 
 ――……え?

 怖い……
 ただそれだけのことだ。
 いや、でも本当に怖い。
 予想以上の迫力と、後ろから迫る音……血のりの鮮やかな赤に、目を開きたくなくなってしまった。
 其処までとは思っていなかったから、誰かと一緒なら〜と言ったのに、これでは無理だ。

 ――せめてしがみ付ける相手ならって思うけど……でも……

 あっちゃんたちですら羞恥心が勝つのに、何で不二の手なんて取れようか。
 なのに……
 映画を見る気があるのか?疑って横を覗いても、不二の目は画面に釘付け。
 だというのに、不二の手は、そろりと押し寄せてきて、私の指先を掴んだ。
 
「……っ」

 次の人殺しが起きる予感に、恐怖に負けてついぎゅっと握ってしまう。
 すると、手は静かに力をこめ返してくれて……

 『しーっ』

 そうとでもいいそうな感じで、唇に反対の手を当てて、不二が微笑んだ。
 直ぐに戻って画面に集中しているが、心底楽しそうだ……

 ――はめられた……

 これはミステリーではなく、クライムアクションという名前のホラー映画にちがいない。
 私が怖がると見越して、コイツは、きっとこの映画を選んだのだ。
 手は大方、煩くなると迷惑だから、「いやがらせ」含めて重ねられたのだろう。
 今時これくらいできゃあきゃあ喚くなよ、といわれるだろうが、嫌いなもんは嫌い。怖いもんは怖いのである。
 跳ね除けるどころか、もうこれ以上目を開けていたくもない。
 ……三人目が死んだところで、意識を放棄して目を瞑った。
 ところが問題なことに、かえって音だけの方が怖いのだ。
 ――そういえばここの映画館は十号館だけドルピーサウンド?とかいっていたっけ。
 意味はわからなくても何となく感じられる。
 ――多分それって音質がやたらといいこと……。
 耳も塞がないと……と思い手を離そうとしたが……そこはさすが不二……。

 ――絶対……確信犯――。
 
 片方話してくれそうにない。
 それどころか、先ほどまで知らん振りだったくせに、今度こそちゃんとにこっと笑って見せた。
 恐怖に麻痺しかけたところで、今度は引き寄せられる――恥ずかしいのなんのいってられず、仕方なく肩に頭を押し付けない程度……ぎりぎりに、不二の肩に近づいて画面の光景から逃げた。
 周囲へは馬鹿ップルと映るだろうが、もうふさいでくれる耳には感謝せざるをえない。
 本当に、一切駄目なのだ。ホラーというホラーが。 
 ……とはいえ、残虐なシーンは数分も続くはずはない。
 すぐに平気だと、不二は離してくれて、手は汗が乾いてすうっと冷たくなる。
 何度かそれを繰り返したし、思わずきゅっと手を伸ばしてしまい……横で笑う気配にむっとしたりもした(で慌ててなかったことにして引っ込めた)が、何とか終わりに差し掛かった。
 もっといえば、途中ちょっと気まずいラブシーンがあって手を離すタイミングをうかがってしまったりともう……失態だらけなのだが、忘れたいので忘れることにする。
 どうせ、不二は気にしていないだろう。

 ――からかってるのなら、反応しない方がいいし。

 冷や汗だらけの数時間がすぎて、結局全ての謎が暴かれ、最後の説明に見なかった殺人のシーンの意味も大方理解できた。
 いい映画だと思う。
 悔しいが、これはうちでも一人じゃ見られないから、多少無理につれてきてもらってよかったかもしれない。

 ――でもこれじゃまるで……デートだよ……

 参ったことに、映画館を出て、目的の甘いものに向かうのに頭の中はそんなフレーズでいっぱいで……甘いものどころの騒ぎじゃない。
 突付かれて無理に成長させられた想いに、泣きそうになる。

「行くよ?」

 荷物を取られ、促されて日の元に出た私に、不二は馬鹿みたいに楽しそうにしてて……

 ――やだなぁ、深みに嵌ったりして……?

 ラブロマンスでもないから映画のせいにも出来ず、ため息と悪態が零れた(このへんが、だーねと喧嘩になる所以。結構口が悪いのだ、私は)

「不二、趣味悪い……面白かったけど、知ってたでしょ?私が苦手そうだって」

「さあ?」

「すっごい楽しそうでムカつく」

「そう?……だから払うって。それにお礼はちゃんとするからっていっただろ。行くよ」

 ここから近いんだ、とか、姉さんの好きな店で……とか。
 言葉よりも、その背中に集中してしまって……歩くのが早いから手を繋いでくれないのかなとか。乙女なことを考えかける自分がすごく惨めだった。

 ――あっちゃんなら、そうしてくれるんだろうけど。

 でももっと困ったことに、そうしない不二がすきなのだと思い知らされるのだ。
 嫌がらせ以外優しくされても、どうしていいか分からないから、これくらいがちょうどいい。

「後で本屋よっていい?」

 だから普通に、休日にしたいことを開き直ってすることにした。
 気持ちを切り替えて。

「いいよ。何か出てるの?」

「漫画。……残念ながら暇人だから読むの」

「うわ、根に持ってる?、心狭いよ」

「怖いの寝られなくならないようにするのには、ちょうどいいってだけです。誰のせい?」

「僕」

 ――「僕」じゃないって……。
 なんか言い方が可愛くて……けど、そぶりが嘘っぽいから思わず笑ってしまう。
 まるで前からの知り合いみたいだ。
 からかわれるのも、これ以上不二を気にするのも嫌なわりに、この空気が好きな自分がいる。
 一番いい、曖昧なポジション。
 あっちゃんに、「心配かけてごめん」と心の中で謝りながらも、「部活だらけの日々になっちゃうのが名残惜しいよ」なんて茶化す不二の言葉を聞き流す。

 ――彼女っていうより、仲間みたいな……友達ってかんじがいいかもしれない……。

 正直付き合いたいとか、女の子扱いしてほしいとか思ってはいないのかもしれない。
 からかわれても好きだったからではなく、ちゃんと見て欲しいから。
 どこかで好きだと思っても、それ以上に、こうして向き合えるのなら満足な自分がいる。

 ――あっちゃんの代わりじゃないし、他の誰の代わりでもない。

 好きではあるけれど、この気持ちは上手く表現できない。

「なんか、腐れ縁の幼馴染みたい。……あっちゃん以上に容赦ないよ、不二」

 帰りがけに告げた言葉はどう受け取られたのだろう。
 まさかその言葉に、不二がにごった目を見せるとは思いもしなくて……むしろ、ちょっと恥ずかしいこと言ったなぁと思った私は、

「あ、ごめん。馴れ馴れしくなりかけたけど、敵だった!うん」

 なんて誤魔化した。
 不二も笑っていて、からかわれたことはこれでチャラになったと思った。

 ――別に不二は私を好きだったわけじゃないし、好きにさせようとしたんじゃないんだから。
 
 悪い人なんていない。
 ちょっと意地悪で、ひねくれてる不二も、なんのかんの裕太君の心配をしてたろうし、まさか私が不二を好きになってるなんて思ってもいなかったにちがいない。
 だから、気にしないでいいよ、という意味を込めて笑ったんだ。
 実際、からかわれたことで傷ついた弱い自分は消えかけてたし、それで仲良くなれたのは、ラッキーだったと思って。

 まさか、その言葉をまに受けた様子を見せなかった不二が、別のところで気に病んでいようとは思いもしなかった。
 不二の方こそ、この休日が、半分デートのつもりだったなんて……まさか。



 攻守 逆転現象はそろそろ……。
 甘め……。あえて甘め……

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